140字小説(ついのべ)2023年4月分
おっ父は、獲物を狩ってきては、旨いところだけ食べて残りを捨てる。捨てた部分をオイラたち兄弟が食う。長いことそう思ってたが、最近わかった。おっ父は肉の固いところを食って、柔らかくて旨いところをオイラたちにくれてたんだ。いい話だろ? 「人食い鬼に囚われて聞く話じゃなければね」
20230424
村の本家長男には、神社で祀っている神の名から漢字一字を貰って名付けるのが決まりだった。僕は貰えなかった。父が母の不貞を疑っていたという噂だ。ある夜、神社に雷が落ちて全て焼けた。その年、一字を貰った村の若衆が皆何らかの理由で次々亡くなった。僕は死ななかったが、父が逝った。
20230420
近所の空き地に女の幽霊が立っていた。哀しげに地面を指さして。もしや死体が埋まっているのではとそこを掘ってみた。だが掘っても掘っても土ばかりで、しまいに硬い岩盤が現れて、諦めて帰った。数日後、酔っ払った男がその穴に落ちて死んでいたという。最後に見た女の幽霊は、笑っていた。
20230420
月へ行く最後の船が地球を発った。船は老朽化しており、 月には廃墟寸前の基地しかない。廃線になるのも仕方ない。僕の恋人は最後の思い出にと船に乗った。搭乗口で手を振って見送った翌日、地球に戻ってきた船に彼女の姿はなかった。どんな記録からも消えていた。彼女は月に還ってしまった。
20230418
猫はときどき近所の神社に遊びに行く。人が『神』と呼ぶ存在がここにいないことを知っている。ここ以外にも多分いないのだと思う。ただ、昨年亡くなったバアサンや、何百年か昔に死んだ青年とかを見ることはある。猫をなでて嬉しそうな顔をする。人間という奴は本当すぐ迷子になるなと思う。
20230413
「あなたが落としたのは金のスマホですか銀のスマホですか」「金でも銀でもないただのスマホです……」「あなたは正直者ですね。ご褒美に金のスマホも銀のスマホもあげましょう」「通信できない……」「ただのスマホも返してあげましょう」「水没して壊れてる……」
20230413
未来からやってきたロボットに命を狙われたり守られたりした。遠い未来で、私の存在は重要なファクターなのだという。「私はいったい何をするの?」「あなたは化石として発見されるのです。太古にニンゲンという生物がいたという動かぬ証拠です。それを明るみにしたくない一派がいるのです」
20230412
そこには小さな祠があり、地元民が供える花が絶えなかった。開発で辺りはすべて更地にされた。祠があった場所の購入者は祟られるだろうと人々は噂したが、そうはならなかった。購入したのはかつてこの土地に住んでいた人間で、彼はそこに小さな花屋を建てた。毎日一番の花を定位置に飾った。
20230412
「君に墓をたててあげよう」作家は約束した。彼女が一番好きだと言った自分の小説を改稿した。内容は殆ど変わらない。脇役が一人増えただけだ。彼女と同じ名前の。この小説を君の墓にしてあげよう。もう何も怖がらなくていい。さあ、安心しておやすみ。
20230412
嫁入り先の義母が人形だった。何か事情があるらしい。夫は親戚筋からの養子だった。毎日『義母』の着物を整え、食事を用意する。美しい人形であった。光のさす方向によって優しい微笑が見えることもある。「百年たてば……」義父が洩らしたことがある。百年たてば、何がどうなるのだろう。
20230412
「古代の王の墓の発掘現場にたまたま居合わせた母がそこで早産になってしまい墓の中で生まれてしまって、王の生まれ変わりだとあちこちのカルトに狙われる生活を続けてるけど僕自身はいたって可もなく不可もなく普通の人間なのでつらい。好物は卵かけご飯です」「あ、うまいよね」「よね」
20230412
緊急に必要な本が見つからないと話すと、教授がとある屋敷を紹介してくれた。家じゅうに本棚が並び、大量の本の中に探していた本もあり、ぶじ借りることができた。「あの家は何なんですか?」「本棚のどこかに小さな壷がなかったかい」「ああ、本の隙間にありましたね」「骨壺だよ。家主の」
20230411
ふと思い立ち一人で旅に出る。三日で帰る者、十年しても帰らない者、様々である。帰ってくるときはそれぞれ綺麗な石だの棒だの骨だのを拾ってくる。帰ってきたらじきに死ぬ。拾ってきた物が墓になる。昔、青虫を拾ってきた者がいた。彼の墓はやがて蝶になって飛び去った。美しい墓であった。
20230411
公園で大事な書類を落としてしまった。拾い主から「返して欲しければ手数料を払え」と言われ、財布を開くと「アホか」と怒られた。幼稚園児の甥に相談すると「仕方ないな」とドングリをくれた。そのドングリで、公園のヌシは満足そうに書類を返してくれた。ヌシは毛深くて黒くて尾があった。
20230409
親友は外来妖怪駆除を生業にしている。大勢の人間が世界中を頻繁に行き交う昨今、『わけのわからないもの』を引っ付けて運んできてしまうのである。「危険じゃないの?」「繁殖する前に駆除しねえとな」人間もいつのまにかこんなに大繁殖してて本当に面倒だ、と語る。親友は、人間ではない。
20230409
名前も知らない遠い親戚の『遺産』が転がり込んできた。放棄の期限は七日だと言われた。その『遺産』自身から。何人もに放棄されて僕の所までやってきた。どこかの山奥から。ラーメンを作ってやると泣きながら食べ始めた。ツノがなければ普通の人間に見える。「このアパート狭いけどいい?」
20230409
飼い猫が行方不明になった。家族総出で探し続けた三日目の夜、落ちてきた隕石が屋根を突き抜けて我が家のリビングに直撃した。家族はみんな無事だった。猫を探して家を中心にした東西南北に散らばっていたから。「にゃおん」間もなく自ら帰ってきた猫は、当然のようにオヤツを要求した。
20230407
お隣のおうちは異星人の夫婦で、どちらも雌雄同体だった。つい「お子さんはどちらが」と聞いてしまった。「どっちが生むか、じゃんけんで決めたんですよ」「私が勝って、私が生みました」アハハと笑いあう。私も一緒に笑いつつ、なぜか涙が溢れてきて、お隣さんをひどく困惑させてしまった。
20230406
「あの子は元々とても正しく心優しい娘なんですよ」「妹の死体と暮らしていたような頭のおかしい盗人が?」「しっ。妹が死んでいることを彼女に気づかせてはいけません」「何だと」「彼女が生き延びたのは妹を守るという目的あればこそ。それが消えれば彼女はもう耐えられなくなってしまう」
20230406
魔法使いの弟子と名探偵の弟子が知り合ったのは下町の古本屋だった。二人の付き合いは周囲に大反対された。住む世界もルールも違いすぎる。共にいれば互いの存在価値を喰らい合うと。けれど二人は共に生きる未来を諦めなかった。だって魔法使いも名探偵も、人を騙すのは得意技なのだから。
20230405
「花筏と言うのよ」教えて貰ったのは僕がまだ子供だった頃だ。流れる水面を埋め尽くす桜の花弁。「美しいでしょう?」白いしなやかな手が伸びてくる。花弁をかきわけて。水の底から。「でもその裏を覗いてはだめよ」花弁の隙間に、一瞬、女の顔が見えた。微笑んで消えた。「じゃあね、坊や」
20230402
道に迷ったときしかたどり着けない不思議な喫茶店があった。遠い旅行先でさえ出現したのだから、まともな店ではないのはわかっていた。しかも前まで店長は素敵な老紳士だったのに、突然同年代の女性になっていた。「同性の方が仲良くなれるのかなと思って」黒子の位置が老紳士と同じだった。
20230402
「漫画家になりたい」と言っていた友人が、次は「小説家になりたい」と言った。他にも音楽家だの詩人だのころころ変わる。「結局何でもいいから何かになりたいわけね」嫌味のつもりで言ったら「うん」と返された。「変人でも周囲から浮いてても仕方ないなって許されるような職になりたいの」
20230402
その大隕石が落ちてきたのが、よりによって4月1日だったせいでしょうか。その衝撃によって人類は滅びたのですが、「エイプリルフールじゃね?」との謎理論で大量の霊が地上に居残ったのです。現在地上を制覇している、知能を得たクマムシに、偉そうに口を出したがるので煙たがられています。
20230401
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