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【雑記】同居人にもやもやしてたら、ギャルに傲慢さを注意された話

 あの日はきっと疲れていた。
 私、野崎は、木曜からお腹にガスがたまっているような感覚があって、寝不足だった(らしい。あの日の日記に書いてあった)。
 あの日は、同居人であるヤベと住み始めて約1ヶ月が経ち、ヤベが以前住んでいた部屋を解約する日だった。そのため、旧家のある西巣鴨まで、ヤベと私は、一緒に行った。

 交際中、私は、ヤベの1人暮らしの部屋に行ったことがなかった。「2人で寝泊まりするには狭いから」「めぐさん(私)の家みたいに広くないんだよね」と理由をつけては、部屋に呼ぶことを回避していた。彼のその言動は、既婚者が、不倫相手予備軍との関係構築の初期段階において言う口実として、『発言小町』で紹介されていた内容と酷似していた。また、マッチングアプリがきっかけの交際だったこともあったので、私は、彼の言動にかなり警戒した。ただ、彼が他人に対して想像力を発揮しながら関われる、とても優しい人だということや、彼の友人たちが全員アクの強いが、いいやつで、全員彼のことがだいすきだということがわかったので、徐々に、その警戒もなくなった。なので、私が初めて見た彼のプライベートスペースは、どう考えても小学生向けの学習机と、六法全書とえびちゅうの写真集が収納されている本棚がある、実家の5畳の自室だった。珍しい順番じゃね。

 ヤベがどんな環境で一人暮らししていたかを知ることができる、いい機会だ。私は、彼の部屋を最後に見るため、一緒に旧家へ向かった。朝起きて、同居している現在の家を2人で出発し、巣鴨駅で降りた。巣鴨駅とヤベの旧家の間には、商店街があったので、そこでランチやら買い物やらをした。
 ヤベ旧家には、不動産屋さんと待ち合わせの数分前に到着した。すでに引越し作業が完了しているその部屋は、どんな人が住んでいたかどうかわからない程、まっさらだった。当たり前だ。荷物は1ヶ月前、今の家にうつしたのだから。

 ものがなく、一般的なワンルームである室内は、見どころが少ない。結局、部屋なんか見にきても、わかることなんてほとんどないんだな。そう思えば、ここに来て、私はヤベの何を知りたかったんだっけ。
 一旦座る私。立ってそれをみるヤベ。手持ち無沙汰そうに体育座りしている私に、「どう?」とボソボソ質問するヤベ。どうもこうもないなと思ったけど、「日当たりがいいね」と私は努めて笑顔で答えた。
 解約書類記入などは、室内で概ね順調に進んだが、部屋の最終確認の際、彼の机か棚の設置場所が悪かったため、彼は不動産屋さんから、床の傷を指摘されていた。その修理費用が敷金を超えたので、追加徴収になった。
 部屋を後にしたヤベは、変に唇を尖らせたり、引っ込ませたりを繰り返していて、妙だった。ちょっと落ち込んでいたのかもしれない。

 重要イベントが完了し、夜ご飯を食べるには、まだ早い時間だった。
 「前、ヤベが欲しいって行っていた文房具!渋谷PARCOに売っているらしいよ!行こうよー」と私が言っても、「ん、大丈夫」と答えるヤベ。
 「せっかく来たんだしさ!」と念を押す私。「ん、今日、は、いい、かな」と応答するヤベ。どうした、通信障害でも起こってるんか。

 そんな帰宅途中、ヤベが急に
「こんなダサい服装の男の横にいて、嫌だったりしない?」と口の中ででかいガムでも噛んでいるのかと思うほど、もごもご言った。私は、わけがわからなかった。なぜそのようなことを聞くのか。
「しないけど。嫌だって言ったら、どうするの?私に言われた服を着続けるの?服装を変えたいなら、変えればいいし、そのままでいいなら、そのままでいなよ。その判定を、なぁぜ、私にさせるのよ」
と即返す私。ここでの私は、早口ではあるものの、とても優しくあろうとした。だから、語尾にはまったりとした長さがあり、私の目は糸目、口元は全体的に上がっていた。

 ヤベは、「そうだよね自分で決めることだよね」と、音声認識がギリ可能な声量で答えた。
 腹立たしい。許しなんていらないポイントで許しを求めて、安心しようとするんじゃないよ。その安心の先にあるのは、支配・服従の関係じゃないのか。君は、私とそういう関係になりたいという態度を示していることになるぞ。そうは思いつつ、私は、先ほどの即レスの野崎を少し反省しはじめたので、
「そうやって、私にジャッジを求めること、多いよね。そう思うのは、そっちの問題じゃん。なんかそれ、そっちの問題だよ」と、彼と同じくらいの声量で返した。
 彼は、そうかな、そうだねと、さらに小さい声で返事した後、口を閉じた。


 夜道を横並びで、歩くだけの2人。私は、会話を拒否しているようなヤベの態度への腹立たしさと、自分の口下手さに対する苛立ちの間で揺れていた。ただ、ヤベが異様なほど道路に視線を落として歩いていたので、今はこれ以上何か言うべきでないことだけ、私は判断できた。

 その時、2人の目線の先が光った。犬だ。それは、夜道で光るポメラニアンだった。2人同時に、発光犬を発見したのだ。ケミカルサイリュームを首元に巻いた犬が、夜の歌舞伎町くらい発光しながら、散歩している。「白い毛だから光が映えますね」「ナイスですね」「(飼い主さんの背中に向かって、小声で)光る犬を見せてくれて、ありがとう」と言いながら、光が通り過ぎるのを2人で見た。
 遠ざかる光を細目で見送りながら、「犬を飼うなら、毛が多い方がいい」とヤベが言ったので、私は「間違いないね。犬の毛なんて、多ければ多いほどいいもんね」と同意した。
 発光犬のおかげで、なんだかほっこりした空気で帰宅できた。それ以降、私は、彼への腹立たしさに触れることなく、放置した。

 それから3日後の会社帰り、同僚であるギャル森本と私は、イタリアンを食べに行った。ギャル森本は、隣の部署の一つ年上の身長170cmの北川景子似の女性である。彼女は、「ワタシ、よく男っぽいって言われる」と粘着質人間の地雷となりうるセリフを吐くわりに、さっぱりとした性格で、友達思いの優しい人間である。会社のロッカーでなんとなく、話をしたことをきっかけに、仕事場以外でご飯に行ったり、2人で京都旅行に行く程度に、仲良しだ。好きな映画はファイトクラブらしい。
 
 ギャル森本とは、仲良くなって3年程、最近は敬語60%、タメ口40%のフランクな感じで、仕事から私生活まで、ご飯を食べた時には、色々な話をする。その時も、最近のお互いの仕事の話をひとしきりして、ギャル森本が、3ヶ月前くらいに付き合い始めた彼氏との話を聞いた後に、私も、ヤベとの先日の話をした。以下、野崎(野)、ギャル森本(ギ)との会話である。

野「ヤベが、俺の服はどうだとわざわざ私に聞くんですよ。いちいち判定をこちらに求めるところが本当に嫌で」
ギ「そうなんだね。ウケる。きっと、ヤベさんは自分に自信がないんじゃないかな。優しい人っぽいもん。うーん。たくさん、かっこいいよーーーって褒めてあげなよ☆野崎さんは、なんで、聞かれることが、そんなに嫌なの?野崎さんも、ヤベさんに変わってもらいたいって、思っていないなら、放置でいいんじゃないかな。」
野「そうなのかなあ。なんか、自分で何も決められない人になったり、毎回、私に承認をもらわずにはいられないような人になりそうで、私、嫌なんです」

 その時、さっきまで、合間で手を叩いて笑いながら話を聞いていたギャルの顔が、曇った。間。ギャルが、話し始める。
「今の野崎さんの話を聞いていると、相手のことを考えて、何かを言っているわけではなく、自分のことばかり考えているよね」
私は、焦った。勘違いされては困る、リカバリー説明を入れるぞ、と思い、
「いやいや。私は、相手に判断を求める、自分の選択を大事にしていない態度が、嫌なんですよ。ヤベには、もっと自分で選択をして欲しいんですよ」
と、私は即レスした。同じテンポで、ギャルが即レスする。
「変わって欲しいってこと?人なんて変えられないよ。野崎さんって、すごくわがままで傲慢だよね」
と、今までで一番の真顔で、私に返した。

 なんこれ。意味がわからない。
 私の愚痴のカラオケに、合いの手を打って欲しい気持ちで話し始めたのに。ギャルよ、急に別の歌を歌い始めるんじゃあないよ。
 沈黙。
 私は、どう話し始めればいいかわからなかった。居心地が悪い。
「そうかー野崎は、ヤベに変わって欲しいのかもしれないですねえ」
と体裁を整えるような発言をする私。私の心拍は、いつもより少し速い。さっき飲んだ1杯のビールくらいじゃあ、私はこうはならないはずだけど。

 返答後、下を向く野崎に向かって、手を伸ばすギャル。触れると思ったのは、私の腕ではなく、ちょっと前に頼んだ彼女のワイングラスだった。彼女は、手元のワインを揺らしながら、
「人を変えることなんてできないよ。」
と言った。
 それに、と少し言葉を選んだ顔をしながら、続けて、
「いつも野崎さんがなんでも決めているじゃん。ヤベさんが、何か決めたことある?
 ヤベさんは、そう言う人なんだよ。野崎さんは、ヤベさんの選択を尊重したことなんてあったの?」
と真顔のギャルは言った。私の「そんなことないですよ」に被せ気味に、彼女は「ないよ。私が聞いている限りはないよ」とはっきりと言った。

 ギャルの目は、まっすぐこちらを見ていた。

 ギャルの目はでかいな、と私は思った。

 いやいや、それは違う話だ。それに、そんな君の指摘は、私もわかっているんだよ。だから、その状況を変えたいんじゃないか。じゃあ何かね。私のこのモヤモヤや怒りは、ヤベに言うこともなく、モヤモヤと持っておくのかね。そうやって、伝える努力を放棄することが、現状維持することが、相手をその場限りで褒めることが、相手を尊重していることなのかね。それが正しいのかね、ギャルよ。教えておくれよ。
「じゃあ、森本さんなら、どうしますか」と、私は聞いた。私の手元のグラスのビールの残量が減っていたので、手持ち無沙汰だった。
ギャルは、
「私は、そういう人に対しては何も言わないよ。ふーん、そうなんだーと思って、放置だよ。まあでも、褒められたい、自信のない人なのかなと思って、褒めてみるかな。そうしたら、相手の自信に繋がって、相手も嬉しいと思うよ」
と言いながら、いつもの朗らかなギャルの表情に、徐々に戻って行った。

 私は、それを聞いても、何も理解できなかった。なぜなら、私は、ヤベに「褒められたい」と言われたことはないからだ。相手の求めていないことを、さも相手が求めていることのように決めつけ、相手の反応を期待した上で実行することこそ、傲慢じゃないか。これだから、モヤモヤをヒトに話すのは嫌いだ。私のモヤモヤに、ヒトの多数派がこうやって、正誤の判定を下すのだ。

 でも、ギャルの表情が朗らかになったこともあり、私は、伸びをしつつ、「そっかー私の問題かー、私のせいかー」と、ひょうきんムーブをした。それの応酬として、時折、ギャルは、そうだそうだーお前のせいだぞーと、笑いながら言った。少し空気の流れが変わったことだけは感じた。そこで、ちょっと方向を変えて、野崎は聞いてみた。
「森本さんの彼はどんな人ですか。こういうシチュエーションありますか?」
ギャルは、ないね!!と放つ。続けて、
「私も彼も、すごい自分の意見通したい人。だから、大体がバチバチ」
とバチバチの様子を両手で表現するギャル。なんだよ、ギャル、超可愛いじゃん、と思いながら、えー何それーと言う野崎。 
少しのわちゃわちゃの後、突然、ギャルの口角が曲線から直線になる。ギャル、手を止める。
「だから、私ね。彼と話をするときは、こちらの意見に誘導するの。彼自身が、私の意見を選んだように、仕向けるんだよね。」

言い終わるギャル。ニッコリ。

思考が止まる野崎。ニッコリ。

私は、えー、あー、とか言いながら、間を持たせて、やっとの思いで、
「それじゃあ、本当に彼の意思を尊重していることになりませんのでは」
と返す。
「そんなことないよ!だって、彼は自分の意思でそれを選んだって、そう自分で思っているんだよ。だから、私も自分の意見が採用されて幸せ、彼も幸せ。みんなハッピーじゃん」
両手でピースしながら、返すギャル。私の口の中は何かが気持ち悪い。今、私は、彼女のそれを超可愛いとは思えていない。

 その後は、ギャルの近況として、彼氏にプロポーズされたとか、家族だけの神前式をするとかなんとかの話を聞いた。私は、それが、どれも戦果報告のような気がして、「そうなんだ〜」「すごー!」などといった、合コンのさしすせそくらい語彙がない状態で話を聞いた。

 傲慢を辞書で引くと、「おごりたかぶって人を侮り、自己本位に行動するさま」とある。
 ならば、彼女の方が、傲慢だ。相手の求める態度を安易に決めて、行動するんだから。私が傲慢で、彼女が傲慢じゃないなんて、納得できない。彼女のそれが、優しさであることもわからない。
 今、私がわかっていることは、あの日、少し自己本位にヤベに疑問を投げかけ続けたかもしれないということだ。だって、あの日、私は疲れていたから。

 そう考えると、あの日、ヤベも疲れていたような気がする。ここまで書いて、私は、あの日のヤベの曖昧な表情を、やっと思い出し始めた。


この文章は、WARE 岩井秀人さんのマンツーマンエッセイレッスンにて作成しました。
レッスン内で、岩井さんから、掘り下げた方がいいポイント、他者視点からのおもしろポイントなどなど指摘くださり、文章にする楽しさを体感できました。ありがとうございました。



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