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同値関係と両立する写像(12)

群、環、R加群では合同関係の全体と特殊な部分集合の全体との間に1:1対応がついた。

では単位的半群の場合は、このような1:1の対応があるのだろうか、という疑問が湧いてくる。少し考察してみたところ、うまくいかない例があったので確認しよう。(この疑問に答えるような文献がないか一定探してみたが、すぐ見つからなかったので独自に反例を構成してみた。)

1.問題の設定

単位的半群G、θをG上の任意の合同関係とする。商代数G/θが再び単位的半群であることは、以前剰余群を調べるところで乗法の結合法則を逆元の存在公理を用いず導けることを確認したのでよい。

次にG/θの単位元はGの単位元1の同値類[1]である。群の場合にならえば単位元の同値類に注目して
 H=[1]
とおく。Hは合同関係性によってGの部分単位的半群といえる。

しかし群のときのように、
 「このHから、もとの同値関係θを一意的に引き起こす」
というのは正しいだろうか。

つまり、他の合同関係ψで、ψによる単位元1の同値類がHと一致するような合同関係があるかどうかを考えることになる。

2.反例

上の命題が正しくないことを示すために、反例を挙げる。以下の反例は可換な単位的半群で構成した。従って、単位的半群の公理に交換法則の公理を追加しても一般には成り立たないことになる。

【反例】
Gとして0以上の自然数の全体に通常の加法を考え、0を単位元とする単位的半群を考える。2通りのGの分割を次の(1),(2)のように定める(※注意1):
(1)G=H∪A∪B: 
  H={0}
  A={1以上の奇数}
  B={2以上の偶数}
(2)G=∪{n},ただし和集合∪はGの全ての元にわたる。
(これは、1点のみから成る集合によるGの分割である。)

(1),(2)も単位元0を含む分割H={0}は、明らかにGの部分単位的半群である。

さて(1),(2)の分割が引き起こす同値関係をそれぞれθ,ψとおく。このとき、θもψもG上の合同関係となることをみよう。

まず(2)によるψは等号関係であるから合同関係であることは自明である。

次に(1)によるθも、0を除けば
 奇数+奇数=偶数>0,  
 奇数+偶数=奇数>0,
 偶数+奇数=奇数>0,
 偶数+偶数=偶数>0
となることから同値類の代表元の取り方によらず、加法が定まる。そして0も考えると、
 0+奇数=奇数+0=奇数>0,
 0+偶数=偶数+0=偶数>0
よりθは加法と両立することがわかる。つまり、θはG上の合同関係である。

ところで単位元0のθによる同値類Hと、ψによる同値類{0}は一致している。これはH={0}から合同関係が一意的に定まらないことを示している。

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※注意1:
mod2の意味で分割を構成したが、一般の2以上のnに対するmodnで構成してもよい。

3.結論

これは、単位的半群G上の合同関係全体から、Gの部分単位的半群への写像が単射でないことを言っている:
 {G上の合同関係}→{Gの部分単位的半群}
      θ    ↦     H
   (θ≠)ψ    ↦     H

群の場合では、いつも単射となった性質が単位的半群では、そうならない。従って単位的半群より弱い一般の代数系(可換を仮定しない単位的半群、半群、マグマ等)も単射になるとは限らない。

4.シリーズとしてのまとめ

『引き起こす』の記事で始まり、その内容に関連して『同値関係と両立する写像(1)』から『同(12)』まで連載となった。

このシリーズでは、準同型定理が中心的な定理で、それに関連して群、環、R加群では正規部分群、イデアル、部分加群が自然に引き起こされることを強調したかった。

こうして、いわゆる代数学の各分野で習う通説的な定義は特に「覚えなくてもよい」ものとなった。合同関係さえあればそれらが誘発されるからである。加えて第1/第2同型定理も準同型定理から自然に従った。

5.普遍代数学

ところでここまでの一連の話は、群、環、R加群など個別の代数系からみたのとは違い、代数系全般で考察して、そのあと横串を通すという立場に立って進めてみた。まずは「同値関係と両立する写像」という合言葉で、代数学の扉を開けようとしたのだった。

このような代数系全般の立場で考える分野は普遍代数学(universal algebra)といわれている。

代数学の勉強を従来の縦式ばかりではなく、こんな進み方もあるんじゃないかという実験的なものである。


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