【分解する物語(3)】簡約条件

ここで自然数の素因数分解を実行する1つの機械的な手続きを見直し、手続きを可能にする条件を考えよう。その1つが「簡約条件」という性質を導く。次に一般の可換な単位的半群にも、そのような条件が既に付帯されているかどうかを考えよう。

1.素因数分解の手続き

与えられた自然数を素因数分解する1つの機械的な手続きとして、素数で割っていくという方法がある。まずその数を割り切る素数で割って商を得る。以後その商を割り切る素数で割っていき、商が1になるまでこれを続ける。そして割った素数すべてにわたり積を取れば、もとの数の素因数分解が得られる。

例えば12を素因数分解するときは
 12を素数2で割ると商は6
 6を素数2で割ると商は3
 3を素数3で割ると商は1
よって、
 12=2×2×3
と素因数分解が完了する。

他の自然数でも同様にすれば素因数分解は遅かれ早かれ得られる。

2.分解した破片ともう片方の破片

12を割り切る素数で割っても、当然得られる商はただ一通りである。即ち、
 a|12のとき、12=a×bとなるbはただ一通りである
ということが成り立っている。

「aが決まればbが決まる」ということだから、日常的に言えば分解した破片aが一つ見つかれば、もう片方の破片bも自動的に決まるということである。

そして与えられた数が12でなくても、この命題は任意の自然数について成り立っている:
 cを任意の自然数とする。
 a|cのとき、c=a×bとなるbはただ一通りである

これの見方を変えよう。自然数aの倍数は、自然数xを使って、
 a×x
という形で書かれる。例えば2の倍数は、
 2×1,2×2,2×3,2×4,2×5,・・・
となる。そして、上の事実はこれらの数は「すべて異なっている」ということである。

これは自然数xを自然数a×xに対応させる写像(これをa倍写像という)が単射(1対1)であることを意味する。すなわち、
 x≠y ⇒ a×x≠a×y
である。あるいは対偶を取って、
 a×x=a×y ⇒ x=y
となる。

自然数や整数の世界には任意の2数について除法(割り算)が定義されない。余りが0でない場合があるためである。上のような等式の変形が可能になるのは、両辺を「同じ数で割っても等式は保たれる」という事実から従うのではなく、0以外の任意のaで「a倍写像が単射」であることから従う。

3.簡約条件

さて一般の可換な単位的半群Rにもこのような性質は既にあるのだろうか。即ち、可換な単位的半群Rが次の簡約条件という性質をもつことは証明できるだろうか。

(I)簡約条件
Rにおける零元0以外の任意の元aについて、
 ax=ay ⇒ x=y
が成り立つ。

「零元0以外」と条件があるのは相異なる元x,yについて
 0・x=0・y
が常に成り立つので、0倍写像は単射でないことがわかるからである。

一般の可換な単位的半群Rから、このような性質は導かれないことを確認するには、そのような性質を持っていないような可換な単位的半群の例が存在することを示せばよい。主張の成り立たないような例のことを反例という。

4.簡約条件を満たさない例

反例として次のようなものがある。

集合A={1,2,3}を固定し、RをAの部分集合すべての集合(これをAのベキ集合という)とする。Rにおける2項演算として、集合の共通部分をとる操作∩を考える。このとき、(R,∩)が可換な単位的半群となり、空集合ΦがRの零元であることがわかる。今、
 a={1}
とおく。
 b={1,2},c={1,3}
とすると、
 a∩b={1},a∩c={1}
よって、
 a∩b=a∩c
を満たすが、b≠cである。

5.簡約条件を付け加える

こうして反例が存在することから、Rの中で簡約条件という性質は導かれないことが分かった。そこで、簡約条件をもつような可換な単位的半群を対象に考察を進めよう。

簡約条件があれば、約元の定義は、次のような強い条件となる:

 aがbの約元である ⇔ b=axとなる元xがただ1つだけ存在する

従って、Rの元が2つの積に分解されたならば、分解された1つの元が分かれば、もう片方の分解された元もただ1つに定まることになる。

さて簡約条件の意味は分かった。しかしこの条件を付け加えたところで、任意の元が「分解しきる」ことが保証されるだろうか。そもそも何をもって「分解しきる」といえるか。そして分解できた場合、一意的か。これらの考察は次回以降にしよう。

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