【分解する物語(補足2)】ノルム
今回は話の位置付けとしては、『【分解する物語(7)】素元』
の補完に当たる。そこでは既約元分解が一意的でない例として
ℤ[√(-5)]={a+b√(-5)|a,bは整数}
における6の2通りの分解
6=2×3=(1+√(-5))×(1-√(-5))
を紹介した。
そして元2が既約元であることを、既約元の定義に則して確認した。同様にすれば他の元も確認できるが、ここでは自然数全体への乗法を保つ準同型写像(ノルム)を使って証明しよう。
ここでのノルムはℤ[√s](s<0は整数)の上で定義し、その一般化である2次拡大環上のノルムは扱わない。例えば整数係数の多項式:
X^2 + X + 1
の1つの根:
ω={-1+√(-3)}/2
(ωは1の原始3乗根)をℤに添加したℤ[ω]上のノルムはここでは定義されない。
なお、以下よく使われる集合については、慣例に倣って大文字のボールド体を使った記号を定義しておく:
ℕ:自然数(≧1)すべてから成る集合
ℤ:整数すべてから成る集合
ℚ:有理数すべてから成る集合
ℝ:実数すべてから成る集合
ℂ:複素数すべてから成る集合
1.ℤ[√s]の定義
sを整数とし、√sをsの平方根で√sが整数にならないとする。s<0の場合もあるが、その場合は複素数まで拡張して考える。
このとき、
ℤ[√s]={a+b√s|a,bは整数}
とおく。これはℂの部分集合で、ここにℂの乗法を考えるとこの乗法について閉じている。実際、
(a+b√s)(c+d√s)=(ac+bds)+(ad+bc)√s
(a,b,c,d∈ℤ)
となって、ℤ[√s]の2元の積はℤ[√s]に属している。
ℤ[√s]はこの乗法について可換で単位元を
1=1+0√s
とする単位的半群となる。
2.ノルムの定義と性質
s<0のとき、写像N:ℤ[√s]→ℕを
N(a+b√s)=(a+b√s)(aーb√s)
=(a^2)ーs(b^2)
と定義する。
写像Nは単位的半群として準同型写像となる:
N:(ℤ[√s],・)→(ℕ,・)
(1)N(xy)=N(x)N(y) (x,y∈ℤ[√s])
(2)N(1)=1
なお、(ℕ,・)では簡約条件を満たすから、(1)の条件を確認すれば(2)は自動的に従う。
実際、(1)が示されれば、
N(1)=N(1・1)
=N(1)・N(1) (∵(1))
⇒1=N(1) (∵簡約条件)
よって(2)を得る。
(1)を確認しよう。
x=a+b√s,y=c+d√s(a,b,c,dは整数)
とおくと、
N(xy)
=N((a+b√s)(c+d√s))
={ (ac+bds)+(ad+bc)√s } { (ac+bds)-(ad+bc)√s }
=(ac+bds)^2ーs(ad+bc)^2
=(a^2)(c^2)+(b^2)(d^2)(s^2)ーs(a^2)(d^2)ーs(b^2)(c^2)
=(a^2){ (c^2)ーs(d^2) } ー s(b^2){ (c^2)ーs(d^2) }
={ (a^2)ー s(b^2) }・{ (c^2)ーs(d^2) }
=N(a+b√s)N(c+d√s)
=N(x)N(y)
よって、(1)を得る。
この準同型Nのことをノルムと呼ばれる。
3.ℤ[√(-5)]の場合
ℤ[√(-5)]の中では以下
6=2×3=(1+√(-5))×(1-√(-5))
という2通りの分解があった。このとき、
2,3,1+√(-5),1ー√(-5)
は既約元であることをノルムを使って証明しよう。
ノルムの良いところは、ℤ[√(-5)]の乗法構造がℕの中に引き継がれるため、よくわかっているℕの整除関係の性質が利用できる点にある。
4.2∈ℤ[√(-5)]の既約元性
ℤ[√(-5)]の中で、元2が
2=xy
と分解できたとする。
両辺それぞれノルムを取ると、
N(2)=2^2=4
N(xy)=N(x)N(y)
より、
4=N(x)N(y)
を得る。
この等式はℕにおける等式であるから、N(x)N(y)は
1×4,2×2,4×1
の3通りであるが、乗法の可換性から
1×4,2×2
のみ調べれば十分である。
x=a+b√(-5)とおいて、
N(x)=(a^2)+5(b^2)
の値がこれらの場合に、満たすべき整数a,bを求めてみよう。
・N(x)=1の場合
(a^2)+5(b^2)=1
よって、平方数は0以上だからこの方程式を満たす整数a,bは
a=±1,b=0
しかない。このとき
x=±1
である。よって、ℤ[√(-5)]の中で
x~1
である。
・N(x)=2の場合
(a^2)+5(b^2)=2
この場合は整数a,bの解はない。
・N(x)=4の場合
N(y)=1だから上の事から
y~1
よって
x~2
よって、ℤ[√(-5)]の中で
x~2
である。
以上で元2は、ℤ[√(-5)]の中で既約元であることがわかった。
5.3∈ℤ[√(-5)]の既約元性
同様にして、ℤ[√(-5)]の中で元3が
3=xy
と分解されるとすると、
9=N(x)N(y)
を得る。この積は
1×3,3×3
を調べれば十分である。x=a+b√(-5)とおいてそれぞれ調べよう。
・N(x)=1の場合
上記で既に計算した。このとき、
x~1
である。
・N(x)=3の場合
(a^2)+5(b^2)=3
この場合は整数a,bの解はない。
以上で元3は、ℤ[√(-5)]の中で既約元であることがわかった。
6.1±√(-5)∈ℤ[√(-5)]の既約元性
同様にして、ℤ[√(-5)]の中で元1+√(-5)が
1±√(-5)=xy
と分解されるとすると、
6=N(x)N(y)
を得る。この積は
1×6,2×3
を調べれば十分である。x=a+b√(-5)とおいてそれぞれ調べよう。
・N(x)=1の場合
上記で既に計算した。このとき、
x~1
である。
・N(x)=2の場合
この場合も上記で解いた。整数解a,bはない。
以上で元1±√(-5)は、ℤ[√(-5)]の中で既約元であることがわかった。
7.結論
今回はℤ[√s](sは負の整数で√sは整数でない)上のノルムを導入し、特にℤ[√(-5)]における以前に取り残してきた4つの元の既約元性を証明した。既約元の定義に則した証明よりも、ノルムを使った証明は簡潔になった。