眠る男 (1)
人間追い詰められると変な夢を見るものだ。
特に試験前や面接前などはプレッシャーが重りのようにずし、と乗っかかってきてレム睡眠のオンパレード、すなわち悪夢の行進を受け入れるはめになる。
現に私は試験前で夜遅くまでの勉強を強いられており、寝不足も寝不足、しかも悪夢続きで目の下に隈を作ってしまった。忌々しい陽の光が起床を促す。鉛のごとき頭を持ち上げ、重力がここだけ2倍なのではないかと思われるベッドから身を起こす。
伸びをして何とか眠りに戻ろうとする体をなだめ、ずるずると洗面所へ向かい顔を洗う。ふと鏡を見てみるとほんの一瞬だけ───男の姿が見えた。
「誰?ちょ、もしかしてまだ夢見てたりして」
古来から受け継がれてきた有難い確認方法を試み、頬の痛みを感じる。夢じゃない。
ちょっと強くつまみすぎたかなぁと思い頬の赤さを確認しようともう一度鏡に目をやると男は消えていた。
私はとうとう疲れすぎてなんらかの幻覚を見たのだと思いその時はあまり気にとめなかった。
今日は母が仕事で早く出るため、フライパンに油をひき弱火で温めて卵を落とす。昔は卵の殻が入ったり、形が崩れたりと慣れなかったが今では「私はThe•目玉焼きですよ」と胸を張っていそうなくらい綺麗な目玉焼きを作れるようになった。蓋をしてじうじうという音を聞きながらトーストを焼く。焦げ目が少しついたくらいが美味しいのだ。タイミングを見計らってトースターから取り出しバターを塗る。パンの弾力を感じながら満遍なく伸ばし、ちょうど焼きあがった目玉焼きを乗せる。
つやつやとした半熟の卵が食欲をそそるこのエッグトーストは母から教えてもらったものだ。
食欲を溜め込んだお腹に急かされて、さっそくテーブルについて食べようとして手を合わせた時、いた。あの男が。
しかもこころなしかお腹が空いているように見える。なんだか犬みたいだと気が緩んだのもつかの間。いやいやこの人は怪しい侵入者かもしれないしそもそも人じゃないかもしれないし、と自分を戒め、「あの〜…」と声をかけてみた。とりあえず相手がこちらに危害を加えようとする気があるならこちらとしてもその気で対応しなければならない。昨日たまたま休憩中に護身術の動画をYouTubeで見たので警察を呼ぶまでの時間稼ぎにはなるだろう。すると「も、もしかして儂のことが見えるのか?」と素っ頓狂な返事が返ってきた。「み、見えるのか、とは」
「いや〜ははは、何百年ぶりかのう、儂が見える人の子に会うのは!オクラ以来じゃ!」
「お、オクラて?いや、あの、あなたなんなんですか?何百年とか、人の子とか明らかに人外が言うやつ…」ひどく混乱した。ただでさえいきなり人外(?)っぽい男が目の前にいるだけでも十分なのに、さらに私には動揺せざるを得ない決定的な理由があった。
何を隠そうこの男は、近頃の私の悪夢に必ずと言っていいほど出てくる男だったからだ。
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