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オスマン帝国を学びながら考える立場と視点…それと理解しようという姿勢。

きらいだったはずの歴史がおもしろい

相変わらず歴史にハマっている。
学生のときにはおもしろいと微塵も思ったことがないのに、この歳になって夢中になるとは不思議なものだ。


過ぎ去った過去という歴史の中には想像することもできない出来事や突飛すぎて腰を抜かしてしまうような出来事がある。
歴史は過去の積み重ねであり、それが現代にも影響を与え存在し続けている。

おもしろいことに国(国というものがなかった時代も含め)ひとつとっても浮き沈みがあり、その時代時代で乗れる流れと乗れない流れがある。

どんなに優れた人でも認める人がいなければただの人であるように、どんなに優れていると言われる人でも判断ひとつで一瞬で地に落ちる。

よくよく考えてみれば自分が学校などで学んできたことは、そもそも誰かの視点なのである。
誰かの色眼鏡でみた景色は当然のように偏りが生じている。

自分の中にある知識や記憶は誰の視点なのか?

自分の中の正しいと思っている知識や記憶も誰かの色眼鏡で見た記憶を引き継いだものなのかもしれない。
だとするならば、断言せずに「違う可能性もある」と含みを持たせておくことで、自分の記憶の中の解釈を変える必要がでたときに、ムキになることなく柔軟に受け入れらるようになるかもしれない。

それにしても歴史はなんておもしろいのだろう。
「どんなことを自分に活かすのか?」そんなことを考えながら探しながら学ぶのはなんて楽しいのだろう。

cotenラジオ

cotenラジオを聴いてそこで気になった時代を映画で観るということをしている。
それをすると文字情報が立体的になって想像しやすくなる。
合わせて地図で場所の確認をしたり、違う視点をネットで探したりもしている。

オスマン帝国のパートをまとめてくれている人がいた 笑(ありがたい♪)
映画を見終わったらもう一度おさらいとしてラジオを聴いてみようと思う。


Netflix  オスマン帝国

最強のディフェンス・ビザンツ帝国vs最強のオフェンス・オスマン帝国。
コンスタンティノープルをかけた戦いを専門家などの解説を交えながら綴るドキュメンタリー要素ありのドラマになっている。



違う視点を持つこと

オスマン帝国側からの視点とビザンツ帝国側からの視点。
cotenラジオのおかげで歴史を学ぶときにはいろいろな方向から見ることが大切なのだと知ることができた。
それぞれ、立場と思惑がある。
ひとつの出来事だけを見てしまうと残酷にしか見えない出来事も、俯瞰してみると違った見方が生まれてくるように思う。
時代や時間は細切れではなく流れていく。
その時代の流れの中でいかに流れをつかみどのように舵をきっていくのかが重要で、流れに逆らって泳いでばかりでは消耗し死を待つばかりになってしまう。
何事も良い面と悪い面があり、それに対して「良い」とも「悪い」とも断定することはできない。
そもそも良い悪いは「その人や国の立ち位置から見て」というだけのことなのだから。


ビザンツ帝国側の視点


ひとつにまとまることの難しさ

国や地域、職場や家族…どれをとってもひとつにまとまるのは難しい。
まとまるためには、その中の人たちが同じ方向を向き同じ課題に取り組む必要がある。
だから人間は外に敵をつくり、敵対意識を使ってひとつにまとめている。
同じ色に染め上げてしまった方がまとまりやすいから。
それに違う色の者がいれば目立つし、排除もしやすくなる。
排除することで団結力が生まれ安定が保たれる。

多様性の社会はまとまりにくい。
なぜならそれぞれが違う方向を見ているから。
だからこそ、それぞれのつながりが大切になってくるのかもしれない。
相手へ敬意をはらい受け入れたり受け流すことで信頼を得て関係を築く。
固くがっちりとした絆ではなく、柔らかく弾力性のある少しずつ紡いでいくようなそんな絆。
信頼のネットワーク。

これからどんな時代になっていくのだろう。
不安がないとは言いきれないけれど、それでも楽しみに思う気持ちの方が大きい気がする。
過去を学んで未来が楽しみになるなんて、なんだか変な感じもするけどね。



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