私はいつだってあの世の一歩手前で躊躇してしまう。

私はしょうもない人間で、少しのことで嫌気がさし、嫌気がさしたことに嫌気がさす。自分が弱い、使い物にならない人間であることに嫌気がさす。

生きる気力を失い、多くのことが手につかなくなったことが4度ある。
そのうち、本気で命を絶とうと準備したことは、1度。

その1度は、至極しょうもない理由。

人とのコミュニケーションが苦手、相談できる同期なんていない(仲いい子は皆気が強かった)、幼馴染も厳しくてなんぼという考えの子、親は辞めて実家戻れと言いかねない(1人暮らししたかったから転勤がある職種を選んだのに)、なんかしょうもないことが重なって嫌気がさし、嫌気がさしたことに嫌気がさす。

前年、社会人1年目で新しい環境になじめなかったことも尾を引いて、想像以上に何もやる気が出なくなっていた。

私は弱い。弱い人なんか社会に要らない、じゃあ、お空に行っちゃおうか。

早速親に手紙を残そうとした。「貯金はなくてごめんね。」
それしか出てこなかった。

中層階の自室から地面まではほんの数秒らしい。でもその瞬間後悔が湧き出ると聞く。
ネットで検索をした。睡眠薬なんて飲んだってほぼ計画は失敗し、重い後遺症が残るらしい。
高速で走るあの箱に吸い込まれるように飛び込んだとしても、賠償金は億を超えるらしい。払い手は、親だ。
うちにそんな金はない。心臓がじわっとした。
払えないだけでなく、私にかけた生活費が全て無駄になるんだ。

なんか、嫌だった。「罪悪感」かな。
ここで、思いとどまった。


それから地元に異動が決まり、地元で1人暮らしをする。
しかしその年、想像を絶する出来事が起こった。

西梅田にある心療内科「西梅田こころとからだのクリニック」で、火災が発生した。単独犯による放火で院長先生を含む、大勢の方が亡くなってしまった。

忘れもしない、2021年12月17日午前。
私は数年前、少しだけ通院していたことがある。

すぐに気さくな院長先生、親切なスタッフの方々のお顔が浮かんだ。あの先生がどうして?あの時のスタッフの方々はご無事だろうか…ご無事でも、皆さんの心には消えない傷が一生残るだろう。たった数か月しか通っていない私ですら、一時期は毎日涙が止まらなかったのだから。

私のことは覚えていないだろうが、少なからずお世話になった先生をはじめ、犠牲者の方々、心に傷を負った方々のことを考えると、なぜ私は今生きているんだろう。と自己嫌悪も感じた。

そこで思い直した。「なぜ真っ先に犠牲者の方々の分も生きようと思わなかったのか。それは、私が生きる価値のない人間だからだ」と。責めて責めて責めて、きりがないくらい自分を責め、きりがないくらい考えて、きりがないくらい涙を拭った。

「一時期は毎日涙が止まらなかった」と書いたが、今でも時々涙が止まらなくなる。リワークプログラムで人生を前向きに生きようと試みていた方々の命が絶たれ、「生きる」ことのアシストをしていた病院関係者の命が絶たれ、遺族や利用者等、多くの方の心が蝕まれた。

そっちに行きたくなってしまう。でも、できない。
そうこうしているうちに、少しずつ自分の状況がよくなってくる。

ある方が、「チャンスは悪魔」と仰った。最悪な状況の時、チャンスは巡ってくる。なにか必ず決定打があって、生きてしまっている。

私は不届き者だから、罪悪感とともにのうのうと生きているんだ。
ごめんなさい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?