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新作小説『僕らは風に吹かれて』・WEAVER 河邉徹インタビュー

PCに向かって自然と出てきたのが、ふだん自分のいる世界の物語だった


 3ピースのピアノロックバンド「WEAVER」のドラマーとして活動しながら、2018年には『夢工場ラムレス』で小説家としてデビューを飾り、以来3冊の小説書籍を発表してきた河邉徹さん。4冊目となる最新作『僕らは風に吹かれて』が、ステキブックスからいよいよ発売されます。

 これまでSF色のある作品を発表してきた河邉さんが、小説投稿サイト「ステキブンゲイ」サイト上で連載公開したこの作品では、遂に本業であるバンドをモチーフにした小説に挑戦しました。しかもそのきっかけが、一昨年末から発生し昨年来日本でも猛威を振るう「新型コロナウイルス」にあったのです。

「小説自体は、発表の予定がなくても常になにかしら書いています。昨年3月の緊急事態宣言があったときに、ちょうどそのころに書いていたものが書き上がったんです。なのでそのときは書くことにのめり込んでいたというわけではなかったのですが、宣言以降は自分たち自身もライブとかできなくなってしまったので、そのときにPCに向かって書きはじめたのがこの作品でした。僕自身、『バンドの話を書こう』とかそんな気持ちはなかったんですけど、自然と出てきたのがふだん自分のいる世界の物語だった、自然と書いていたという感じです。社会的なことを書こうとかいう強い意識があったわけでもなくて、本当に自然に、いま目の前で起こっていること、自分が体験していることが出てきているという感覚でした」

 主人公はファッション系のインスタグラマーとして活動する湊。彼が、天才的なボーカリストである蓮に誘われ、彼が率いるインディーズバンド「ノベルコード」に参加するところから物語が始まります。すでにメジャーデビューも視野に捉えているノベルコードは、蓮の思惑通り音楽シーンを駆け上がるはずだったのですが……というバンドの物語と、その中で状況に翻弄される湊の物語を、昨年の「コロナ禍」をキーワードにして交錯させているのがこの作品です。

「今回の作品を書くときに、できるだけフラットな立場でいようと考えました。なにも否定しない、肯定もしないようにしたかったんです。昨年、最初の宣言があったときにはSNS上などでも、みんなが誰かの批判をしていて、注目を集めるために狙ってそうしている人もたくさん出てきて、僕はその状況をとても気持ち悪いと感じていたんですね。確かに、そういうものをたくさん見て、浴びて、僕自身もなにかを発信したい気持ちになりました。でも『世の中がおかしい』『政治がおかしい』、『批判する人はおかしい』というのも含めて、それをSNSで言葉にするのは違うのかなと思ったんですよ。僕は作品を作る立場の人間なので、そうした思いをSNSで発信して満足するのは違うと思って、小説という形で、そのときみんなが感じていた違和感みたいなものを書こうと思ったんです。できるだけありのままの形の『現在』を、小説という形ならなにかを肯定しなくても否定しなくても、上手く描けるんじゃないかなと思ったんです」

 詳しく書いてしまうとネタバレになってしまうのですが、今回の作品では緊急事態宣言をひとつのターニングポイントとして、その以前と以降を面白い構成で見せてくれています。

「時系列に沿って淡々と書くこともできたのですが、コロナウイルス蔓延の前と後で章を変えて、それが間に挟まる構成にしようと思いました。読んでくださった方は、これはなんの話だろう? 未来の話なのか? この主人公は同じ人物なんだろうか? というような不思議な感覚があったかもしれないですが、それを体験してもらいたかったんです。そうした不思議な感覚は読み進めるためのモチベーションにもなるものですし、描かれている二つの世界の繋がりはなんなんだろうって、ワクワクしながら読者に読んでもらえるといいなと思いました。普段そんな構成の話なんてあまりしないですが、ステキブンゲイには小説の書き手の方もたくさんいるので、この話が何か力になれたら嬉しいです」

 ということなので、小説を執筆するみなさんのひとつの参考としても楽しめる作品になっているようです。

「ノベルコードのように、2020年のタイミングで大きく花開こうとしていた人たちは特に大きな影響を受けたと思いますし、たぶん誰にも知られないまま機会を失ってしまったという人たちがたくさんいたんじゃないかと思ったんですね。作中で榊原というキャラクターがコロナ禍について『ドラマもなく、誰かに注目されるでもなく、やりたかったことが続けられなくなってしまって、それで終わり』というようなことを言うのですが、そういう人が実はたくさんいたんじゃないかと思うんです。既に成功をしている人たちのようにメディアで『〇〇ができなくなってしまった』と嘆くことすらできない人。僕の所属事務所も損害額は大きいと聞いているんですが、そんな数字にはできない損害を被った人がきっとたくさんいるんだと思って。そういう、ニュースのトピックスにはならないような想いを、小説でなら掬い上げることができるんじゃないかと考えながら書きました」


変わっていく世の中についていけてない感覚を上手く表現したいなという思いが湊になった


 インスタグラマーという最先端の文化に身を置きながら、一方で50~60年代の音楽や文学、文化を好む。主人公・湊はそういうアンバランスなものを抱えて生きている人間だと河邉さんは言う。

「これまで仕事として成り立っていたものが廃れて消えてしまう一方で、インスタグラマーにしろユーチューバーにしろ、いまの時代だから生まれたものが新しく仕事になって、成功している人もいるわけじゃないですか。ビジネス論としていろんな人が語っていますが、新しいものを見つけていち早く活用できた人が得をする、とにかく早く行動を起こした人が勝ちなんだというようなことにみんな気づいてきていると思うんです。でも一方で動けない人もたくさんいるはずなんです。動けた人からすればそれは自己責任で『やる気や行動力がない』と見做されてしまうんだけれど、その動けない側の、変わっていく世の中についていけていない感覚を表現できたらなと思っていて、それが湊になったんです。インスタグラマーとして活動していても、それは周りの勧めで始めたものがたまたま成功しただけであって、本当は動けない側の人間なんですね、湊は。だからと言って、強い自我を持ってるわけでもなく、50~60年代の音楽や文学も、本当に自分で選んで好きなのかはわからない。言葉にはできないけれど、自分自身のアイデンティティーの薄っぺらさに悩んでいる人間なんです。そういう人物像を書きたいと思って。インスタグラマーなんだけど、その職業と自分との不和との間で揺れ動いているような」

 その湊をバンドに誘う蓮、ギタリストのハル、ドラマーのテツは、長く音楽業界の中で見聞きした人物像から自然に生まれたのだそうだ。

「ただ作中でテツが持っているSNSに対する感覚は、自分自身に近いかもしれません。自分がSNSをやる意味ってなんだろうと考えてしまうところとか。僕もツイッターもインスタグラムも、結構始めるのが遅かったんですね。中学生のころに周りではMixiが流行っていましたけど、自分からやったことはなくて、SNSに苦手意識があったんです。仕事のためにしかやったことがないくらい。テツもそうで、でも始めてしまったら、そこで人気を集めなきゃいけないと思ってしまったりもして。そのあたりは湊も考え方が似ていると思いますし、それは僕がそう感じているからだと思います。人前に立つ仕事なんだから、SNSを上手く使わないと、それで人気が左右されるし、頑張らなければ怠けてるように思われるという強迫観念のようなものがある。ミュージシャンとしての本来の仕事以外のところに大きな責任があるような風潮も、物語でリアルな空気を表現できたらと思いました」

 全員が同い年で、同じ目標を目指す仲間としての4人がいる一方で、作中には湊に影響を与える2人の大人が登場します。ひとりはインスタの活動と並行して湊がアルバイトとして勤める古着店の店長・榊原。

「インスタにしろバンドにしろ、湊は自分から動けないタイプなので、きっかけを与えてくれる人が必要だと思いました。まじめでいい人なんだけど、いまの時代には乗れない人、そして意外と世の中をフラットに見ている人を描きたくて、それが榊原になりました。いまって、昔だったらカッコ悪いとされてたことがどんどん普通になってると思うんですよ。たとえば自撮りをアップすることなど、少し前なら恥ずかしいと思っていたようなことが、いまでは誰でもやっている。Tiktokのような表現だって、若い世代には当たり前になっています。たぶん僕の世代くらいがちょうど境目で、その変化の中にいたので、当たり前だよねっていう思いとなんとなくの違和感の両方があるんですよね。投げ銭とかスーパーチャットなんかに対してもそう。そういう変化を受け入れられれば成功に近づける、でもそれってカッコいいのかな……っていうその感じを榊原を通して表現しています。その変化の良し悪しはわからないですけど、この変化に対する違和感のようなものはちゃんと残しておいたほうがいいように思いました」

 もうひとりが、ノベルコードの成功を確信していた湊が、新宿駅のホームで偶然出会う美里。彼女は洋装の喪服姿という、ミステリアスな雰囲気で登場します。

「美里は湊に救いと気づきを与える人ですね。読者には不思議な人だと思ってもらえたらいいと思ったので、設定的な部分はあえて掘り下げては書かなかったんです。湊との関係も、読んだ人の頭の中になにか生まれればそれがすべてというか。この作品を書くときに『肯定も否定もしたくない』と思ったわけですが、美里はまさにそういう人で、都会を否定してるわけでも田舎が最高だと言ってるわけではなく、それをちゃんと自分の意志で選べるかどうかが大切だということを教えてくれる人。選択肢の存在すら知らない湊に、それを与えてくれる人としていてくれたらいいなあと思って書きました。でも湊が一方的に受け取っているだけではなくて、最初に湊のライブが美里に感動を与えているんですよね。僕らも、ステージに立ってなにかを届けているつもりなんですが、本当にそれが届いているのかという実感はなかなか得るのが難しい。ファンの皆さんが本当の意味で満たされているのだろうかっていう部分が。湊はその感動を直接美里から伝えられて、それがあったからこそ美里は湊の変わるきっかけになれたんだと思います」

 魅力的なキャラクターたちの想いが、すれ違ったり寄り添い合ったりすることで生まれる感動をぜひ味わってほしいと思います。


誰も正解がわかっていないのに、でもやめるわけにはいかないという感覚で生きていた1年


 河邉さん自身も、昨年はコロナ禍によって活動が大きく制限された経験をしている。河邉さんにとって2020年はどんな1年だったのだろうか。

「『不要不急』という言葉がよく使われましたが、昨年は、自分たちのやっていることが必要じゃないんじゃないかということを強く考えさせられた1年でした。ライブが軒並み中止になって、配信という形はあっても、それがもともとあったはずのものの完全な補填にはならない気がしましたし。いまだからこそできることがあるんじゃないか、ピンチをチャンスにするためにはなにができるだろうってみんなが考えていたし、僕らも考えました。でも、やらなきゃ生きていけないんだから当たり前なんですけど、僕自身は、こういう状況で周りを出し抜いて上手くやって得する、みたいなことにカッコ悪さのようなものを感じた瞬間もありました。誰も正解がわかっていないのに、でも諦めるわけにはいかないよねっていう感覚で生きていた1年という印象がありますね」

 そんな、誰も想像していなかった大きな社会の変容の中で、人々の小さな想いや願いを大切に描いているのが、この『僕らは風に吹かれて』なのではないかと思います。

 最後に、河邉さんからすでに読んでくださった読者、これから読んでくださる読者に向けてメッセージをいただきました。

「今回の作品を書いたことで、小説というフォーマットだからこそ伝えられることがあるんじゃないかなと思えることがありました。ミュージシャンという立場の僕が、現代の世の中に対して感じていることを、小説という形で様々な登場人物の想いを通して表現できたんじゃないかと感じていますので、とにかく読んでほしいなと思います。コロナ禍という現実の状況も含めて、今回の作品が現代の、数字に出てこないような部分で不安やストレスを抱えている人たちの、光になれたらいいなと思っています」

書影(カバーあり)

2021年3月10日全国書店で発売
『僕らは風に吹かれて』
ISBNコード:978-4-434-28591-2
発行元出版社:ステキブックス
著者:河邉徹
本体:1,260円

『僕らは風に吹かれて』特設ページhttps://sutekibooks.com/special/bokurawa/

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