5/25 日記
仕事終わり、めずらしく退勤のタイミングがかぶった職場の先輩から「ガスト行かない?」と誘われた。
職場で一番歳が近いその先輩とわたしは、たいへん仲が良い。
どうしてガストなんですか、と訊くと、なんでも先輩はいま「ガストの唐揚げが食べたすぎてどうにかなりそう」らしい。それなら行くしかないですね、と頷き二つ返事で承諾、わたしたちはガストへと続く夕まぐれの坂道をだらだら下った。
「唐揚げのほかに、なに食べますか?ピザとか?」歩きながらわたしが尋ねると、先輩は「いや、ピザなんて食べるわけないじゃん!!」と、かなり強めに否定してきた。
「ピザなんか一番だめだよ。わたし今、ダイエット中なんだよ。ピザって小麦粉とチーズ入ってるでしょ?太るものと太るものの組み合わせじゃん。だから、あんなんは一番だめ。敵だよ、敵。でもピザってさ、おいしいよね」
怒涛の悪口かと思いきや、先輩は最後にちゃんとピザをフォローしていた。
社会人としての経験がわたしよりも一年長い先輩は、さすがピザ側への配慮もおこたらない。先輩がとてもステキな人だということをわたしは再確認する。
ガストに到着すると、流れるようにメニューをひらく。ファミレスのメニューって、いつ見ても気持ちがあかるくなるからとても好きだ。人間のあくなき食への欲求が、ポップに彩られて隅々まであふれかえっている。『クリームたっぷり!』とか『口どけまろやか!』みたいなキャッチコピーも全部かわいらしくて自信に満ちあふれていて、ほほえましい。
わたしは、先輩がはげしく否定をしていたピザを注文することにした。
先輩は「本当は唐揚げ定食が食べたいんだけど、ダイエット中だから、お米食べられないんだよね。お米の代わりに、フライドポテト頼むわ」と言って、唐揚げとフライドポテトを頼んでいた。
唐揚げとフライドポテトって、どっちも揚げ物だしハイカロリーだし、どう考えてもダイエッターのラインナップではないように思う。でも先輩の中には独自のルールがあるらしい。そして先輩は自分のルールを信じて疑わない。
数分後、料理をのっけた猫型のロボットが、愉快な音楽と共にわたしたちのテーブルにやってきた。
「きたきたきたあ!!」と声を上げた先輩は嬉しそうにロボットから料理を受け取る。そして「さっさと行きな!」となぜか辛辣な言葉を投げかけて猫を追い返すと、唐揚げとポテトを喜び勇んで食べはじめた。
しかし食べている途中で、先輩は「ミスったわ」と言うと眉をゆがめた。
「マジでぜんぜん量が足りない。やっぱり定食にすればよかったわ」先輩はしきりに自分の選択を悔やんでいた。
「いまから追加でなんか注文すればいいじゃないですか」わたしが笑いながらメニューを差し出すと、先輩は「そうだね。マジで足りないから、さすがにもう一品だけちょっと何か頼むわ」と言って、追加で注文する料理をじっくりと選び始めた。
「ガスト来たしやっぱりハンバーグかなあ・・・」
先輩はメニューを見ながらそう呟いている。てっきりサラダとかを頼むのかと思っていたわたしは軽く耳を疑う。
先輩は長らく頭を抱えていた。
「うわー、このハンバーグ、めっちゃおいしそうなんだけどさ、エビフライまでついてきちゃってるわ。さすがにエビフライまでついてるのは、ちょっと・・・・・・、」
「うれしすぎますか?」言いよどむ先輩に、わたしはそう尋ねた。
「うれしすぎる・・・・・・。」と先輩は返してきた。うれしいのかよと思った。
先輩はけっきょくその後、ピザを一枚頼んでいた。
「大丈夫!明日からガリガリに痩せるから!」と言ってピザをあっという間に平らげた先輩は「デザートはさすがにやめとくかー」と名残惜しそうにメニューを眺めていた。これだけ食べてもなお、デザートを頼む選択肢があるのがすごかった。
そしてその後先輩は、わたしが使い終えたおしぼりの山を見て変なツボに入ったらしく「あんたおしぼり使いすぎ」と言って腹を抱えて大笑いしながら、抹茶ラテを3杯飲んでいた。豪傑だった。
ガストに来る前に「ピザなんて食べるわけないじゃん」と語気を荒げていたときのことはまったく覚えていなさそうだった。
でも先輩が健やかそうでわたしはうれしい。
ガストを出ると、夜はかなり深まっていた。わたしと先輩は坂道をゆっくり歩いた。頭上にはやや欠けた月がのぼっている。
「月きれいですねー」みたいなことをわたしは何気なくつぶやいた。
すると「そうだねー」と返答してしばらく歩みを進めていた先輩は、やがていきなり足を止めた。
そしてやや頓狂な声で、こんなことを言い出した。
「え、月ってさ、どうしてわたし達にずっと着いてくんの?」
先輩は、マジで信じられない、みたいな表情をしていた。
そのまなざしは真剣そのものだった。そう、先輩はいつだって真剣なのだ。いつもそうだなと思う。月を見るときだけじゃない、ファミレスで料理を選ぶときも、強風から前髪を守るときも、車の往来が止むタイミングを見計らって横断歩道を渡るときも、二択まで絞ったあとに自動販売機のボタンを押すときも、いつも。
わたしはそんな先輩がたいへんステキだなあと思いつつ「それで言ったら、富士山とか東京タワーとかも、けっこうウチらに着いて来るように見えるときありません?」みたいなことを返した。
これに先輩は、
「確かに・・・。え?・・・ってことは、もしや月って、マジでめちゃくちゃでかくて遠い?!」
と言って、大きく目を見ひらいた。とんでもないことに気づいてしまった、というような口ぶりだった。
続いて先輩は「そっか・・・。じゃあ月って、めちゃくちゃでかい東京タワーだったんだ!!」と、大はしゃぎしながら何度も頷いていた。
月は決してめちゃくちゃでかい東京タワーではないだろうとは思いつつ、その様を見たわたしは道を転がる勢いで笑ってしまった。たったいま、先輩が自分で解を導いていたのがおもしろかった。
「ねえ、ウチって天才?」先輩は軽やかにそう訊いてくる。
「天才ですよ」わたしはしみじみと答えた。
その日先輩とガストに行けてよかったと思った。分かれ道に差し掛かり、わたしたちは手を振ってそれぞれの家路についた。
わたしはもう少しでいまの職場をやめることになっている。
そうしたらきょうみたいに、仕事終わりに先輩と気軽にファミレスに行くこともできなくなってしまうだろう。
とはいえ、先輩とはこれからも色んなところに遊びに行こうねと話しているし、やめたあとも仲良くしてもらうつもりでいる。
だからさみしくなる理由はひとつもないんだけど、でもなんだか、わたしはこれからふと月を見上げるたびに「月ってめちゃくちゃでかい東京タワーだったんだ!!」と笑っていた先輩のことを思い返して、何回も泣きそうになってしまうような気がしている。
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