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「世界標準の経営理論」著者に聞く、日本のスタートアップスタジオの役割

入山章栄
1972年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了後、三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授に就任。2013年早稲田大学大学院経営管理研究科准教授、2019年より現職。

スタートアップスタジオ協会の関係者へ、「これからのスタートアップスタジオ」についてインタビューしていく本連載。

初回となる今回は、早稲田大学ビジネススクールの教授で、「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」「世界標準の経営理論」などのベストセラーを手掛けられた入山章栄氏に、スタートアップスタジオの役割や日本の課題について聞いていく。

■スタジオの役割はカオスから出たアイデアを形にすること

佐々木:早速ですが、スタートアップスタジオの魅力とはなんでしょうか。

入山:カオスを生み出せることだと思います。

スタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授は、イノベーションのプロセスとはアイディエーション→インキュベーション→スケーリングであると言っているんですね。日本は、このうちアイディエーションがまだ足りてないと思っています。

アイディエーションのために大事なのは、カオスを作ることです。
スタートアップはエリートがやるものという固定観念を捨て、大学生、大企業出身の方、芸術家、そういう多様なバックグラウンドの人たちを集めてみる。そしてそれぞれ持つアイデアや「知」を持ち寄って、ぐちゃっとさせる。すると、その中から面白そうなものが、誰かに伴走されることで形になってくるんだと思っています。

しかし日本には、まだそのぐちゃっと感が足りません。スタートアップスタジオの魅力は、そのカオスを生み出し、アイデアを目利きしたり伴走したりできるところだと思っています。

佐々木:なるほど、面白い観点です。

■日本はスタートアップの出口を増やすべき

佐々木:最近のスタートアップ界隈における状況の変化についてお聞きしたいです。

入山:日本では、「マザーズ(現:グロース)上場をゴールにしないスタートアップの仕組みを作ろう」という人が増えてきたと感じます。

日本はなかなかユニコーンが出てこないと言われています。これは、グローバルを狙うスタートアップが少ないことが背景にありますが、「日本には(上場しやすい)マザーズがある」という要因も大きいです。

佐々木:日本発のユニコーンが出ない背景には、セカンダリーマーケットがないことも大きいと感じます。

入山:おっしゃる通り、日本にセカンダリーマーケットがないことは大きな課題です。その結果、(日本のスタートアップは)投資家への償還の時間制限に縛られてしまいます。そして早々にマザーズに上場し、起業家は生きていくには困らない程度のお金を手に入れます。

マザーズに上場した場合、起業家は代わりの経営者が見つからない限り、社長をなかなか辞められなくなります。つまり、0→1と1→100が得意な人は違うのに、0→1が得意な起業家に1→100をやらせ続けることになるんですね。

一方、アメリカはセカンダリーマーケットが充実しています。さらに、アメリカではスタートアップが上場するのが非常に難しいんですね。そのため、スタートアップは大企業に買収されることが多く、スタートアップを買収するエコシステムもできているんです。

だから、投資家は大企業に買収されるまで持っていられる。場合によってはセカンダリーマーケットで(持ち株を)売ってもいいので、スタートアップに対する時間制限が生まれにくいんです。

さらに、起業家側は大企業に買収されると自分で経営しなくてすみます。なので、すぐに2社目、3社目を起業することができるんです。

佐々木:なるほど。スタートアップスタジオも、時間をかけてスタートアップを育てるという関わり方を考えていってもいいかもしれないですね。

■日本のスタートアップの未来は20代にあり

佐々木:入山教授が最近注目しているスタートアップはありますか?

入山:一つは、自分が取締役をやっているソラコムです。理由は単純で、ここは本当に世界を取れる可能性があると思っているからです。

ソラコム
「IoTテクノロジーの民主化」を掲げ、IoTプラットフォームサービスを提供
https://soracom.jp/

例えば日本の製造業が長い間グローバルで強かったのは、プロダクトが強かったからです。その国のカルチャーとの相性を考えずとも、良いものを良い値段で売ればよかった。

その点ソラコムは完全なBtoBビジネスなので、BtoCよりも(グローバルで展開したときに)その国の文化の影響を受けずにすみます。

そしてプロダクトがめちゃくちゃ強くて、IoTが必要だとわかっている人たちにはものすごく価値があるものです。つまり、昔の日本の製造業と同じ勝ち方ができるスタートアップなんですね。

佐々木:ソラコムのように、グローバル展開を狙う日本のスタートアップが特に苦労することはありますか。

入山:採用ですね。たとえば、アメリカの名門大学のコンピュータサイエンス出身者は、初任給が4000万ぐらいだったりします。
まして一流の人材を雇おうと思うと、億単位の資金が必要になるんです。これは今後世界で戦おうとするスタートアップは直面する問題だと思います。

佐々木:なるほど。アメリカのスタートアップの資金調達額が、桁違いな理由がわかった気がします。他に注目しているスタートアップはありますか?

入山:大学生や20代の若者が始めるビジネスは、大人からすると本当に面白いものが多いです。
たとえばTeaRoomの岩本くん。「今何やってるの?」って聞くと「茶室を作ってお茶を飲んでいます」とか言うんですよ!(笑)

TeaRoom
・お茶そのものの体験や、お茶に関連する事業のプロデュースを通じて、日本文化の価値を世界へ証明する取り組みを行う
https://tearoom.co.jp/

それから、イノカの高倉くんも「虎ノ門の雑居ビルで、サンゴを育ててます」って(笑)。彼らは世界で二例目のサンゴの人工孵化に成功していて、聞いていてすごくおもしろいんですよ。

イノカ
・自然環境を閉鎖空間内に高度に再現し、モデルとして扱う環境移送企業
https://corp.innoqua.jp/

いままでのスタートアップとは違うことをやる若い人が結構出てきているので、個人的にはこれからが楽しみですね。

佐々木:そういった面白い若い人たちを支援するにあたって、何か重要な観点ってあったりしますか?

入山:最初に絶対否定せず「面白いね!」って言うことです。経験値のある大人目線で語っちゃいけないということですね。20代のいい意味で「ヤバい」感覚はこれからの未来でもあるので、大人側がそれを受け入れるのが重要です。

あとは、支援側の学び直しも重要です。スタートアップに行くときは、まずは全員スーツを脱いで、(スタートアップの若者に合わせた)短パン・ビーサン・Tシャツになる方がいいかもしれません(笑)。

佐々木:なるほど(笑)。

■今後、日本で大企業からスタートアップへの転職が増える

佐々木:日本でスタートアップの挑戦者を増やすためには、今社会で活躍している30〜40代のサラリーマンを引き込むことも重要だと思います。そのためにはどうすればいいでしょうか?

入山:僕は、今まで大企業にいた大人たちがスタートアップに行く流れがこれからくると思っています。そう思う理由は主に二つあって、一つはご存知の通り大企業神話がなくなったから、もう一つはスタートアップの給料が今上がってきているからです。

今年、おそらくスタートアップの給料水準は大企業を少し超えます。昔のスタートアップは夢があってお金がないところでしたが、これからは夢も金もあるので、みんな大企業をどんどん辞めるはずなんですよ。

そうなったとき、スタートアップがやるべきことは「とにかく楽しそうに働くこと」です。楽しそうに働きながら、小さくてもいいからなにか成功例を出すことと、失敗しても平気だった例を出すことが大事です。

なぜ大事かというと、(スタートアップに人を呼び込むには)会社をつぶしても平気だと思える環境が必要だからですね。

佐々木:今は失敗したスタートアップの情報があまり表に出ないですが、失敗した後、次の起業や転職でうまくいく事例の情報が増えるとよさそうですね。

入山:その通りです。これから、不確実性が高い時代がきます。つまり、(起業によって)失敗する可能性も高いけど、成功すればお金持ちになって世界を変えられる時代なんです。失敗のことを考えると怖くなりますが、もしリスクを抑えられれば、いいことしか残りません。

では、起業のリスクは何かというとお金とキャリアです。でも、お金については(借りたとしても起業家個人に返済義務はないので)既にリスクはほとんどありません。

すると残るのはキャリアの問題なので、その不安をなくせるような事例がたくさん出てくるといいですね。

だから、スタートアップ失敗後の転職市場などを、スタートアップスタジオ協会が作っていくのもいいと思いますよ。

佐々木:我々スタートアップスタジオは、まさしく「挑戦する人のリスクをいかに下げて失敗できる環境を作るか」を大事にしているので、大変貴重なお話でした。
最後に、入山教授からこれから起業する方に向けて「リスク」についてメッセージを頂きたいです。

入山:実は、歴史上の偉人ってほとんど遅咲きなんです。じゃあ若い頃は何をやってるかというと、ほとんど失敗しています。たとえばカーネルサンダースは、失敗し続けて、65歳でやっとケンタッキーフライドチキンで当てましたよね。

つまり言いたいことは、「人間は失敗した方がいい」ということです。
人間は学習する生き物で、失敗は学習の過程です。だから、どんどん失敗した方がいい。そして人間の認知はすごく狭いから、認知を広げていくという行為も非常に重要です。

でも人生の早いうちに簡単に成功してしまうと、自分の見えている部分が全ての世界だと思うので、認知が広がらなくなります。これからの時代は、失敗できなくて認知が広がらないことが一番のリスクになると思います。

なので、若いうちからどんどんチャレンジして失敗して、自分の認知を広げ続けていく。そうして40代50代で花開く人はいっぱいいます。短期的な失敗って、本当にどうでもいいことなんです。

むしろ、短期的な失敗に囚われて挑戦しなくなることが1番のリスクです。後悔しない人生を過ごしたい方はどんどんチャレンジして、そのためにスタートアップスタジオを使えばいいと思います。

佐々木:大変面白かったです。本日はありがとうございました。


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