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世界の国々は本当にカーボンニュートラルを推進するのか?

サステナビリティの世界に足を踏み入れた私が、基礎知識を身に付けるために1000日連続のnote更新をめざす挑戦をしています。今回は、11日目(Day11)の投稿です。



1.はじめに


一昨日、そして昨日は「SBT(Science Based Targets、科学に基づく目標設定)」、つまり”企業の”温室効果ガス排出削減目標の話をしてきました。


今日読んだ本は、企業のカーボンニュートラル戦略を考える本ではあるのですが、その前段として「国」のカーボンニュートラルへの取り組みについて考察されていました。この部分がとても興味深かったのでご紹介したい!というのが本日のブログの趣旨です。


2.オススメの読みどころは第1章

第1章の目次はこんな感じ

今回ご紹介するのは、ボストン コンサルティング グループ(以下、BCG)の「BCGカーボンニュートラル実践経営」(日経BP 、2021年)です。


私がおすすめしたいのは、第1章です。ちょっと長いですが、第1章の目次を抜き書きしておきますね。

第1章 なぜ今、「カーボンニュートラル経営」なのか
 1-1 カーボンニュートラルとは何か
 1-2 なぜ今、カーボンニュートラルが必要とされているのか
 1-3 どのような枠組みで推進しているのか
  - 2階建ての推進体制
  - パリ協定の「理想と現実」
 1-4 カーボンニュートラルは世界全体で実現可能なのか
  - カーボンニュートラルに至るアプローチ
  - カーボンニュートラルを実現する条件
 1-5 各国はカーボンニュートラルを本当に推進するのか
  - カーボンニュートラルに向けてかじを切るための9つの前提条件
  - 海外の主要な国・地域の前提条件充足状況
  - グローバルレベルでのカーボンニュートラル展開シナリオ
 1-6 カーボンニュートラルは、日本にとって実現可能なのか
  - 日本のカーボンニュートラル前提条件の充足度
  - カーボンニュートラル難易度の国際比較
  - 日本がカーボンニュートラルを達成するためのオプション
 1-7 日本は、カーボンニュートラルにどう対峙すべきか
  - 日本の戦略指針
  - 各戦略指針のシナリオごとの評価
  - 日本政府と日本企業の方向性

よくある本や記事では、1-2の「なぜ今、カーボンニュートラルが必要とされているのか」に該当する内容が述べられたあとすぐに「企業としてはこうすべき」という話に飛ぶのですが、この本は違います。


IPCCの主張を丁寧に読み解くところからスタート

この本では、まずは「カーボンニュートラルな状態を早急に実現しなくてはならない」という主張の根拠を丁寧に読み解くところから始まります。

読み解く対象は、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の主張とその根拠として提示されているデータ類です。

BCGによれば、カーボンニュートラル達成の必要性を訴えるメッセージの論旨は次の①~⑥に集約されるそうです(本文p.26~27より)。

①過去、気候が変動(気温が上昇)してきた
②人為的なGHG排出が、過去の気候変動の原因となってきた
③人為的なGHG排出は、今後も、さらなる気候変動を引き起こすだろう
④過去の気候変動は、異常気象などを引き起こしてきた
⑤今後のさらなる気候変動は、一層深刻な異常気象などを引き起こすだろう
⑥深刻化した異常気象などは、私たちの経済・社会に多大なダメージを与えるだろう

この本の他に類を見ないところは、これらの①~⑥について「本当にそうなのか?」という健全な疑いの目を向けながら、IPCCの提出したデータをひとつひとつ読み解いているところです。

わずか15ページほどの論考ですが、ここをしっかり読んでおくと、上司や経営者、クライアントやサプライチェーンの事業者など、さまざまな人から「どうしてカーボンニュートラルに取り組まなければならないのか?」と素朴な疑問をぶつけられた時、慌てずに答えることができるという意味で、必読の箇所ではないかなと思っています。


国がカーボンニュートラルにかじをきるために必要なのは

私が次におすすめする読みどころは「1-5 各国はカーボンニュートラルを本当に推進するのか」と「1-6 カーボンニュートラルは、日本にとって実現可能なのか」です。

なぜこんな書き方をしたのか。
そこには、BCGのある「疑い」がありました(本文p.64~65より)。

現状、各国政府の姿勢は、総論レベルでは前向きで、既に120以上の国・地域が2050年までにカーボンニュートラルを達成するという目標に賛同している。これだけを見ると、各国はきちんと取り組みにコミットし、協働して人類の課題に対峙しているように見え、楽観的になれる。

一方で、短期、すなわち2030年を見据えた具体策では、各国の動きに相当なばらつきがみられる。1.5℃目標の達成に世界で45%のGHG削減(2030年時点、2010年比)が必要なところ、2020年末までに提出された各国NDCの合計は、わずか1%未満にとどまっている。これを見ると、本当に努力しようとしているのかが怪しく思えてしまう。このギャップは、どこから来るのだろうか。

(注)NDC=1.5℃目標に整合的な温室効果ガス排出削減目標
(Nationally Determined Contribution)

この疑問に対し、BCGは自ら答えます(本文p.65より)。

「地球レベルの課題解決のために各国が協力してカーボンニュートラルを目指す」という目標に対して、真っ向から異を唱える国は限られているが、カーボンニュートラルに取り組むことのメリットとデメリット、チャレンジの大きさや難度などは、国や地域によって様々である。よって、総論として前向きな姿勢を示す国々の間でも、実際にどの程度前向きになれるかは必然的にばらつきが出てしまう。

各国の積極度合いには、「カーボンニュートラルに向けてかじを切るための前提条件をどれくらい充足しているか」が大きく影響する。前提条件がそろっていれば積極姿勢をとれるし、前提条件の充足度が低いと、積極的に対応するのは困難になる

(強調は私がつけたものです)


3. 最近のニュースを読み解く時にも役立つ!

9つの前提条件とは

「カーボンニュートラルに向けてかじを切るための前提条件をどれくらい充足しているか」が国の積極姿勢に影響する、と述べるBCGによれば、その前提条件は9つあるそうです(本文p.66~71)。

前提条件① 政治体制 ― 国民の支持
国民からカーボンニュートラル投資への理解・指示が得られやすい(または、得る必要がない)かどうか

前提条件② 政治体制 ― 国際協調指向
安全保障や通商・貿易において他国への依存度が高く、国際協調を重視する傾向があるかどうか

前提条件③ マクロ経済 ー ルール形成力
国内市場規模が大きく、グローバルなルール形成に影響力を発揮できるかどうか

前提条件④ マクロ経済 ー 成長機会必要性
経済・市場が成熟し、カーボンニュートラル以外に有力な成長機会・投資機会が乏しいかどうか

前提条件⑤ エネルギー構造 ー 再エネ生産ポテンシャル
平地面積、日照、海底地形や植生といった特性から、再生可能エネルギーの発電ポテンシャルが高い(近隣国からの輸入可能性も含む)かどうか

前提条件⑥ エネルギー構造 ー 化石燃料依存度
化石燃料を輸入に頼っており、再生可能エネルギーへの転換が国産化に直結するかどうか

前提条件⑦ 産業構造 ー 脱炭素ビジネス進行度
低炭素・脱炭素技術の蓄積が厚く、優れたプロダクトやサービスを市場化できるかどうか

前提条件⑧ 産業構造 ー 脱炭素系有効資源保有
レアアースなど、低炭素・脱炭素化につながるプロダクト・サービス提供に有効な資源を押さえているかどうか

前提条件⑨ 産業構造 ー 炭素集約産業依存度
炭素集約的で、大幅な方向転換が必要なプロダクトやサービスを抱えていないか


日本にとっては何が課題か

各国が9つの前提条件のどれをどの程度満たしているのか、そこはぜひ実際に本を手に取ってお読みいただければと思いますが、日本についてだけ少し書いておきます。

BCGは日本について、「⑤=再生エネルギーのポテンシャルに懸念があること」「⑨=炭素集約的な主力産業への依存度が高いこと」の2点が課題であると指摘しています。

そして、後者の「⑨」について、カーボンニュートラルから多大なマイナス影響を受ける代表例として、自動車産業を挙げています。

なるほど、なるほど…と思いながらここまで読み進めたところで、私、気が付きました。


「エンジン車の新車販売全面禁止」が撤回された背景が見える

たとえば、英政府がガソリン車とディーゼル車の新車販売の禁止を35年まで先送りしたというこちらのニュース。

このニュース記事の中では、以下のように、前提条件① 政治体制 ― 国民の支持」や「前提条件⑨ 産業構造 ー 炭素集約産業依存度」の存在がほのめかされています。

「電気自動車(EV)の初期費用はなお高額」「生活苦にあえぐ人々に大きなコストを負わせるのは正しくない」。スナク英首相は20日の記者会見で、政策変更の目的が負担増の回避であることを強調した。
(中略)

自動車業界のロビー活動も政府を突き動かした。30年までにハイブリッド車(HV)の販売が全面禁止された場合、生産から撤退する可能性がある――。トヨタ自動車はこうした考えを英政府に伝えていた。

英自動車工業会(SMMT)の関係者は「政府は全てのメーカーから意見を聞き取った」と話す。80万人の雇用を抱える車業界への配慮は、選挙にプラスになるとの判断も働いたとみられる。

日経電子版2023年9月21日記事
「インフレ欧州、環境政策で足踏み 世界の脱炭素に試練」より

また、2035年以降についても、EUは、エンジン車の新車販売を全面禁止する従来の方針を撤回して「合成燃料の利用に限って販売を継続できる」という形に改めましたが、その背景にはドイツの”ごり押し”があったという報道も。


いずれも、この本の中でBCGが掲げている「9つの前提条件」を知っていればその背景を楽に読み解けるものとなっているように思います。

11月末からはCOP28(第28回気候変動枠組条約締約国会議)も始まるタイミングですので、来るべき報道ラッシュに備えて、この「9つの前提条件」を熟読しておきたいと思います。

それではまた明日。






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