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加藤秀俊『ホノルルの街かどから』③小切手、物価高、ラッシュアワー、不要品販売、募金活動、満天の星空、海

アメリカ生活で、最初にしなければならないことのひとつは、銀行の口座を開くこと。現金をもっているのは、最も危険なことだ。そのかわりに、銀行に当座預金を設けて、小切手を使う。小切手帳のデザインを選ぶと、名前と住所を印刷して2週間以内に届けてくれる。

小切手の注文後、クレジットカードをすすめられて、申込むと、ひと月以内に送るとのこと。このカードで買物をすると、その金額は自動的に、私が銀行から借りたことになる。返済金額は毎月10~20ドルで、残りは翌月に繰り越し。利子と手数料がついて銀行が儲かる仕掛けだが、消費者は、気が大きくなる。

かつてのアメリカで自由に流通していた小切手が、なかなか受け取ってもらえない。どこの店でも身分証明書を提示しなければならず、多くの店では特殊な電話装置で銀行に連絡し、口座の残高を調べたうえで小切手を受け取ってくれるのだ。
(※現在のハワイでも、家賃の支払などは小切手で行われることが多い)

AMERICAN SAVINGS BANKの小切手

アメリカ本土からハワイにやってきたアメリカ人は「ハワイは物価が高い。暮らせない」とこぼす。庶民が住宅を買うには、長期の月賦返済にしても月給の半分が金利で消えていく。ホノルルでは約7割の夫婦は共稼ぎだが、その動機は、住宅難と関係しているようだ。

家計は収支トントンで貯金なんかできない。主婦たちは倹約に倹約を重ねる。上等の牛肉はめったに買わず、ハンバーガーや豚肉に手が伸びる。パンやドーナッツは10セント引きの前日の売残りを買う。新聞広告で特価品を探す。遠くても安いスーパーに行く。衣料品は定価の半額の大売出しで大量に買いこむ。

この島の大多数の人たちは、1セントたりともおろそかにせず、つつましい生活をしているのである。おカネもちになった日本人は、ワイキキで1~2日の滞在中に数百ドルの買物をする人もたくさんいるらしい。いったい、なぜそんなムダ遣いをするんだろうね――土地の人たちは、ただ首をかしげるのである。

アバクロンビー&フィッチのディスカウントセールの告知

のんびりしてますね。毎日、遊んでいるみたいでしょう? 日本からくる人たちは、そうおっしゃる。日本の観光客は遊びにいらしたのだから、お遊びになったらよろしい。いや、もっと遊ぶほうがよい。しかし、生活の立場でみると、ハワイの人たちは良く働いている。

まず朝が早い。研究所の勤務時間は午前7時半から4時半まで。私は研究職だから、娘を学校に送りながら8時10分頃に出勤すると、タイプライターの音がすべての部屋から聞こえ、コーヒーも沸いている。正午になるとスタッフ一同、昼食に出かけるが、1時に全員が帰ってくる。時間厳守で働いているのだ。

ホノルルには40万台の自動車があり、ほとんどの人が自動車通勤している。朝晩のラッシュは大変だろうと恐れをなしたが、通勤し始めると車は順調に流れている。実は7時~7時15分がラッシュのピークで、私はそのあとで出かけていくので、ラッシュアワーのすさまじさを経験しなかっただけのことだった。

ワイキキへ向かうハイウェイの朝のラッシュアワー

生活をしていると、不要品が次々に増えてゆく。成長ざかりの子供の服、一部が割れた食器セット、ペンキがはげた家具。不要品の存在に気づくのは引越しの時だ。この頃は、運送コストも労賃も高い。耐久消費財の場合、引越し先で新品を買った方が安かったりもする。

とりわけハワイ⇔アメリカ本土の引っ越しの場合、荷物は船で運ばなければならず、荷造りも本格的になり、引越し費用もべらぼうになる。できるだけ沢山のものを処分して身軽に動くことが賢明だ。では、不要品をどう処分したらよいのか。まず、救世軍に寄附して、恵まない人たちのために役立ててもらう。

しかし、まだ充分使えて購入時の値段が高かったものは、おカネにかえたい。そういうシロウト商売が「ラナイ・セール」。近隣の要所要所に公告し、週末、自宅のテラスに不要品を並べて販売する。安いので、目ぼしいものは、すぐに売れてしまう。太陽の下、のどかな古道具屋が毎週どこかで開かれている。

古物の大売出し

ある日、電話のベルが鳴った。妻が出て、受け答えしている。不動産のセールスではないらしい。妻は大いにためらったが、「イエス」で通話は終わった。受話器を置いた彼女は「おかしなことを引き受けちゃったわ。対ガン協会の募金をやることになったの」と言った。

募金は、各地域できめ細かくやるのが最も有効なので、本部が協力者を求めて電話をかけてきたのだ。2日後に手紙が届き、妻の受持ち地区は〇〇通り650~730番地と指定した手紙と一緒に、募金係を証明するカード、募金の領収書などが同封されていた。これを持って近所を個別訪問し、おカネを集めるのだ。

妻は、学園祭の募金の経験をもつ娘を誘って出かけ、満面喜色で帰ってきた。すべての家で2~3ドルの寄附が集まり、留守宅は夜に再訪問して、1日で募金係の責任は果たされた。あとは寄附金を銀行に持ってゆき指定口座に振り込めばよい。募金への理解には、確定申告時の寄附金控除も関係がありそうだ。

対ガン協会の募金活動

ハワイに住んで、満天の星空という言葉の意味がわかった。夜、庭の芝生にひっくり返って空を見ると、天上は星だらけなのだ。ホノルルに大気汚染がないわけではないが、北の海から吹いてくる貿易風が汚れた空気を取り除いてくれる。だから、空気は驚くほど清澄だ。

こんなにもたくさん、星があったのか。ある晩、息子が一緒に庭に出てきて「あ、夏の大三角形が見える!」と指さした。彼と私は、懐中電灯の光をたよりに、教科書の星図と空を見比べて星を識別。さらに日本天文学会編の標準星図や天文学の入門書を取り寄せ、小型の天体望遠鏡を使って星雲を観測した。

こんなふうにアマチュア天文学を始めて、大事なことを学んだ。何万光年もかなたの星雲に思いを馳せることによって、精神の掃除ができるのだ。思考の枠組みがぐんと拡がって、人間世界のごしゃごしゃした話がバカらしくなってくる。私は星を見つめるほど、宇宙がもつ精神への衝撃を感じるようになった。

満天の星空

家の前の通りをまっすぐ歩くと、5分でカハラ海岸に出る。ダイヤモンドヘッドをへだててワイキキの反対側で、ワイキキとは対照的にすいている。海岸に沿って、お金持の大邸宅が立ち並んでいるが、宅地との境界に幅2mの公共道路があり、ここから海岸に出られる。

ワイキキの海は沖のサンゴ礁が波をやわらげ、ハンモックに乗ったように気持がよい。しかし、カハラの海はサンゴ礁が低く、波が直撃し、流れがきつい。サンゴが散らばり、うっかりすると足に怪我をするが、水中メガネをつけて見るとナマコやウニがゴロゴロ。もっとも、海底見物にはハナウマ湾が一番だ。

泳ぐだけが能ではない。海にゆく喜びは、ただ浜辺で、ぼんやりしていることにある。ゴザを敷き、ひっくり返ると真上にはヤシの葉がゆれ、その先は抜けるような青空。耳もとには、寄せては返す波の音。ハワイにいることが私にとって幸せである理由は、こうした海での完全な自己虚脱ができることにある。

子どもはすっかり海に馴れた

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