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2019-2020年の2年間資生堂に所属したメリッサ・ダンカンの手記からみる日本の長距離女子実業団チームの課題

資生堂に2019-2020年シーズンに所属した2019年オセアニア選手権女子5000m覇者のオーストラリア人のメリッサ・ダンカンJRNに寄せた手記(2021年3月8日夕方公開)の記事の要点を以下に記載する。

日本は走行距離も食事(朝食)の摂取量も多い

距離信仰は今でも箱根駅伝強豪校や日本のマラソン選手の間でよく見られ、「月間1000kmを超えた」とかそういうパワーワードが出てくるが、実際のところは「それは走りすぎだ」と指摘する人もいる。

メリッサ・ダンカンもそれを感じたうちの1人で、そもそも1日に3回の練習の日があること自体に驚いたようだ。おそらく3回も走るなら、適度な量を午前と午後に1回ずつ走ればいいのでは?と当初は感じたことだろう。

また、日本での朝食についても、量が多いと感じたようだ。実業団には寮に概ね調理師がいるため、朝からバランスの良い(とされる)メニューを摂取する。

一方、アメリカのトップ選手や大迫傑やその他多くの長距離のトップ選手の合宿時の朝食を見てみると、パンとコーヒーとあともう1つ何か、というシンプルなものが多い。

ダンカンも日本に来る前、オーストラリアではそのようなシンプルな朝食だったようだ。

簡単にいうと、日本の朝食は適量に対して過剰に摂取している可能性があるのではないか、と思える。

そもそも長距離走を速くなろうとしたら、体がよりエコでないといけない。少ない朝食や栄養補給でも長距離が走れるエコな体になっていけば、それは理想の状態であると言えるのではないだろうか?

キプチョゲもチェプテゲイも朝食をたくさん食べるという文化で育ってきていないので、適量を腹八分で消化する。これはトレーニングにも同じことがいえる。

【参考記事】

そうすれば"摂取カロリー"が"消費カロリー"を上回るということも少ないし、そもそも3部練習をする必要もないと言えるのではないだろうか。

結局のところは長距離選手が食事制限をするというよりかは、元から少ない量で多く栄養を取り込めるエコな体を目指していくことが重要である。

また、無添加の食材や添加物の少ないオーガニックな食材を扱うことは重要であり、ケニアやエチオピアなどではそういった食材が実際に長距離選手に食されている。


肉やパン中心から和食の栄養補給に変わり適応に時間がかかった

食事の変化は、国を跨いで拠点を変えるときの最大のテーマでもある。そこまで長くない時期の海外合宿であれば、日本から食材を持ち込んだり、現地の日系レストランやスーパーで日本の食材を買うこともできる。

しかし、その現地に長く住むとなると現地の食事に適応しなければならない。ダンカンの場合は、オーストラリアでのシンプルな肉やパン中心の食生活から和食への変化で、初期の頃はアレルギーを発症し、その後貧血をも引き起こした。


食事への不適応とアスファルトのロードの走りすぎで貧血になった

日本ではロード中心のメニューが組まれることがあるが、それは駅伝への走り込みや駅伝への特異性を見込んだものである。一般的にロードといった硬い路面での走り込みは着地衝撃が大きく、貧血の原因になりうる。

ダンカンはオーストラリアでニック・ビドゥの指導を受けているときは不整地での練習が多く、ロードの選手でもなかったのであまりアスファルトでの練習を多用していなかったと推測できる。

【参考記事】


(彼女から見て)フルタイムの実業団選手は恵まれているマッサージ週3-5は凄すぎ

彼女はおそらく日本に来る前まではそこそこ活躍する陸上選手であったものの(2016年ポートランド世界室内女子1500m6位入賞など)、パートタイムか何かで働いていたはずだ。

なぜなら、オーストラリアでプロの陸上選手としてスポンサー契約料だけで生活できる人はほんの一握りであるからだ(彼女はオセアニア選手権チャンピオンであるが)。

そのリアルな様子を豪州遠征の際に新谷仁美は感じてこのツイートをしている。オーストラリアで現在、純粋に陸上だけで生活をしている陸上選手は片手の指で数えられるかどうか、ぐらいではないだろうか。

それが、日本では手が50人分あっても数え切れないぐらい、陸上競技で生活している人が多くいるので、かなり恵まれている環境であるといえるだろう。


オーストラリアでは毎週末にロングランをしていたが日本ではそれができなかった

以下の有料記事にも書いているが、MTC(メルボンルントラッククラブ)しかり、多くのリディアードシステムを採用している海外のコーチは週末に週1回のロングランをコンスタントに行っている

ダンカンもその1人で、毎日多くの距離を走るのではなく、メリハリを設けて週末にそこそこの量のロングラン(彼女ならたぶん90-100分ぐらい?)をする、という従来のリディアード方式のやり方であった。

しかし、日本では先ほど述べた1日3部練習などに見られるように、ロングランの日以外も平均的にマイレージが多い。

人ぞれぞれ適切なマイレージがあるのにも関わらず、そのシステムにうまく適応できなかったダンカンは資生堂の指導者から「弱い」と言われてしまい、結局最後まで日本の女子長距離実業団の伝統的なシステムに適応できなかった。

日本の女子長距離実業団チームでは、低強度の多くの走り込みを重視しており、練習中に笑ったり話したりするとコーチに怒られてしまうそうだ。

また、趣味を持ったり、人付き合いを進めたりすることも推奨されておらず、オーストラリアにいた頃のような人間らしい生活ができないことにダンカンがストレスを抱えていたと推測できる。

ダンカンはオーストラリアでランニングを始めてからほぼ毎週日曜日にロングランをしていたが、コロナ禍で日本に1年間滞在する中で、日本のコーチのメニューで毎週末のロングランが遮断されたことに適応するのにもストレスを抱えていたようだ。

日本の女子長距離の実業団チームの伝統的な傾向として、低強度のジョグでさえもタイムを読み上げたり、記録したり、また食事や体重についても徹底的に管理するというシステムを重視しているように思える。

これは、新谷仁美選手も日頃より発信している内容に近く、これまでの日本の女子長距離の実業団チームの運営方針に大きく警告を鳴らすものである。


ダンカンにとっての日本での1番のカルチャーショックは"男尊女卑"

ダンカンのインスタグラムを見るに、チームメイトとの仲は良さそうだったように映るが、彼女にとって日本で1番のカルチャーショックは、男性が女性(ダンカンを含む)を見下したような言い方をすること、つまり男尊女卑の忌まわしき文化である。

日本の女子選手に対する男子指導者の「独裁的な指導スタイル」は過去にも多くその危険性が指摘されていたが、今回の記事が改めてそのやり方に警告を鳴らしている。

日本スタイルの「距離信仰スタイル」に彼女はうまく適応できなかったが、それを前述したように「弱い」の一言で片付けてしまう悲しさ、また「太っているから走れないんだ」という、食事制限の悲痛な現実。それを男子スタッフから言われる現実は、彼女がかつてオーストラリアのニック・ビドゥから受けた指導とは対極のものだった。

そもそも彼女が資生堂に入るきっかけになったのは、資生堂のコーチの1人がオーストラリアのメルボルンのMTCでニック・ビドゥの元で研修を受けていたことに始まる(日本陸連の推薦で約1年間?ほど研修していた)。

しかし、そこでビドゥコーチから学んだであろうことを無視して日本の伝統的なシステムを採用し続けたがために、ダンカンはこの2年間の資生堂での競技生活で多くの苦渋を舐めた。

【ダンカンの年次ベスト】2019年春〜2020年末まで資生堂で競技

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3000mと5000mに関しては年々記録が低下し、彼女が日本の走り込みのシステムに適応できていなかったことがわかる。


「走りながら故障を治す」は間違い。休養もトレーニングの一部

ダンカンは2019年まではニック・ビドゥコーチのメニューをメールか何かで受け取りながら進めていたが、2020年からチームの指導者のメニューに従うようになった。

そこから、彼女が経験したことは故障。しかも、脚に何か異常があるとわかっていながらも、ダンカンが休養の要求をした時に、チームのスタッフは練習に関して簡単に休ませてくれなかったようだ。

「走りながら故障を治す」というのは根本的には間違った考えで、なぜ故障が起こるのかを理解しようとすれば、適切な休養と理学療法に基づいた適切なアプローチが必要である。

ただ、この経験を踏まえて彼女は今後の糧にしていくという旨のことを手記の最後に書いている。日本での彼女の経験は良いことも悪いことも含めて大きく彼女の胸に刻み込まれたようだ。

ダンカンは2021年から以前の拠点であったメルボルンに戻っており、ニューバランスのサポートのもとで引き続き競技を行う。

今回の手記の後半部分は後味の悪いものとなっているが、今後日本の女子長距離の実業団チームの課題を考えた時に、指導者のレベルアップ、または選手や指導者が現状に疑問を持って競技に取り組むことが必要となってくる。

京セラの女子チームでも2020年8月に突如監督が交代するということが起こっており(指導法や結果についての考え方に指導者と選手で相違が見られた)、松山大でも同様のケースが見られているので、女子選手の指導現場で起こっている問題の根は深いといえるだろう。

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出典先:Yahooニュース

ただ、そういった疑問を持って行動を起こそうとした人たちをこれまで排除してきたスタッフ陣や会社のフロント陣の罪は深いだろう。

資生堂に所属した選手では他にリオ五輪3000mSC日本代表の高見澤安珠が24歳という若さで現役引退。彼女も実業団時代には故障で苦しんだ。

ここに書いてあることは全ての女子長距離実業団チームで起こっていることではないと思うが、それでもこういったチームが今でも存在するということ、またこれは実業団だけでなく日本の中学、高校、大学の指導にも少なからず問題があるということを我々は強く認識しなければならない。

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