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おいしいエッセイ

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おいしいお店を紹介。平野紗季子さんに憧れた“パクリスペクト”な文章たち。
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#ランチ

止まらないナンとラッシーのリズム #ザ・タンドール

 大手町と神田の間には明らかな境界線がある。都会の緊張が解けない大手町から、気楽に歩ける神田の街並み。2駅の中間に位置する内神田は飲食店が多く、ふらっと入れるお店も、行列のできる人気店もあるハイブリッドランチタウン。昼休憩を少しずらして、お店も決めず、その瞬間の気分に従って何を食べるか選ぶのも楽しい。  今日はなんとなくインドカレーの店に決めた。昼から匂いの強いカレーを食べるのは気が引けるが、お腹が空いてるのだから仕方ない。そんな一瞬の葛藤を抱えながら入店するも、漂うスパイ

ちょっといいパスタランチを食べたくなったら #IL FURLO

 同僚の皆は気付いているのだろうか。大手町にはジェノベーゼを食べられる場所が圧倒的に少ないことを。定期的に通っているリトル小岩井には「醤油ジェノバ」という惜しい名前のパスタがあるが味は程遠く、某イタリアンTのジェノベーゼはあまり評判が良くない。大手町を諦めかけていた私に、神田という選択肢が急上昇してきた。  東京から大手町一帯は巨大な地下通路で繋がっていて、昼になると蟻の巣のように人がビルから降りてくる。それに比べて神田方面には地下道が繋がっていないので、大手町で働く人の選

クラシカルな江戸前の仕事が光る #松野寿司

 半年に1回のペースで通っているお気に入りのお店。普段は握りのおまかせ(5000円前後)だが、今回はつまみから握りまでの一通りを頼んでみた。「おまかせ全部レビュー」は以前に書いているので、今回はクラシカルな江戸前の技術を感じられるネタとつまみをいくつか紹介することにする。  軽く酢で締めているようで、しっかりした質感の身が咀嚼を誘う。脂をしっかりと感じさせながらもしつこくないメリハリのある味わいが、これから始まるコースへの期待を高める。  煮鮑の身と肝を一片ずつ。むちっと

懐かしく、愛おしい味 #登治うどん

 うどんはあまり好きではない。ただ、好き嫌いを超えた味が数年ぶりに私を呼び戻した。これは懐かしの味、高校の部活終わりによく食べていた青春の一部。昔は窓際の座敷で食べていたな、と回想しながら空いているテーブルに座る。  メニューを見渡す。親からの小遣いでやりくりしていたあの頃は一番安い「もり」ばかりを食べていたが、数年経った今はお金を気にせず注文できる。成長した私はちくわ天うどんにランクアップし、更にはミニかき揚げ丼を追加するまでに成長した。  合わせて1000円足らずのか

コスパも威勢も最高な回転寿司 #天下寿司 池袋店

 適度な空腹を保ち、寿司に向かって池袋を無心で歩き、店に着いたと思えば待ちの列に並ばされ、目の前にレーンがあるのに皿を手に取れない葛藤が最大に達した時に席まで通され、まず手に取ったのは本まぐろ赤身。最初は烏賊だの白身だの考えることもせず、ほとんど無意識にまぐろを手に取ってしまうあたり、赤い引力には逆らえない。  回転寿司と言っても大手チェーン店のような巨大な設備ではなく、2畳ほどの細長い板場を囲うこじんまりとしたレーンがあるだけ。狭い楕円の中には熟練の板前さんが2人体制で握

がっつりお腹を満たしたい時は #金子半之助 Otemachi One店

 大手町近辺で天ぷらを食べるとすれば、選択肢は主に2つある。以前は"天ぷら"そのものを楽しみたい時のお店を紹介したが、今回は天ぷらを通してがっつりお腹を満たしたい時のお店を紹介する。  この店で一番豪華な天丼は穴子がメインに置かれているようで、海老は大きすぎず、他の具材も過不足なくバランスよく配置されていた。見栄えの良い海老に重きを置きすぎて全体として物足りなくなってしまうよりも好感が持てる。味噌汁を一口飲んで簡単に胃を温め、天丼を自分のそばに引き寄せる。  「江戸前」の

懐の深い味 #ほうとう不動 東恋路店

 スープを一口飲めば具材の鮮やかさを感じ、これから何種類の味に出会えるのかを想像してワクワクする。「ほうとう」と言われて想像する平たい麺よりは太く、コシのあるもっちりとした食感が存在感を放っていた。香るなめこに甘いかぼちゃ、温もりを吸い込んだお揚げに食感を加える白菜、他にも様々。最後まで味に満ち溢れていて、それがちゃんとスープにも染み出ているのが調和の証拠。  これを人で表すとしたらどうだろう。大きな器にいろんな経験を詰め込んで、全部まとめて温かさで包み込む。何か辛いことが

鶏を極めたらこうなる #三歩一

 「ラーメンのことをそばと呼ぶ店は美味しい」。この概念を形成するに至った鶏そばのお店がここ。ラーメン激戦区の高田馬場ではどんなお店を出しても大抵競合他社が存在していて、実際に鶏白湯ラーメンのお店が近くにある。そんな中でも大学時代に食べた味を覚えていたので久しぶりに訪問してみた。  馬場のロータリーから漏れ出る不穏な空気から路地へと逃げ込む。お店はすぐそこ。数年前に来た時よりも年季が入っている気がする。学生時代を過ごした街なので、鼻高々に歴史を語ってしまう。  濃厚鶏そば(

歴史が紡ぐ王道の関東風 #川豊 本店

 定期的にやってくるうなぎの欲求。振り返ると1カ月おきに摂取していることに気が付いた。前回は3/27に食べているので私の腹時計、というかうなぎ時計は結構正確だ。  平日だったので普段は行けない人気店に行ってみることにした。川豊は成田山の参道にある老舗。テレビにもよく出るこのお店は圧倒的な人気を誇って他を寄せ付けない。向かって左側で鰻を捌き、右側で串打ちから焼きまでの一連の流れを見ることができる。  とにかくでっかい樹から豪快に切り出したことを想像させる作業台を一人で贅沢に

ミシュラン出身親方の本気 #まぐろとシャリ

 銀座の鮨とかみから独立し、はっこくを瞬く間に人気店に育て上げた佐藤親方が監修した人気沸騰中のまぐろ丼。とかみは日本最大の鮪卸である「やま幸」が運営しているため、その系譜を継いでここもやま幸から鮪を仕入れています。ちなみに「はっこく」はONE OK ROCKのTAKAが「白黒はっきりつける」とメッセージを込めて名付けたことで有名です。  場所は渋谷駅から徒歩5分程度のビルの中。7席のL字カウンター1本の細長い作りのお店です。渋谷は寿司屋が少ないのであまり来ませんが、今回は美

美味しい油そばを考えてみた #油や 大手町ビル店

 学生時代を早稲田で過ごした私の根底には常に油そばが根を張っている。年を取るにつれ身体が油を受け付けなくなったと言いつつ、定期的に食べているのがその証拠。久しぶりに湧き上がる油への欲求を感じたので、職場近くのお店を新規開拓してみる。  大手町のパリッとした空気感から、あの学生街を思い出させるきちっと詰まったタイトな距離感で構成された店内。「丼を上げて下さる貴方は神様です。」は油そば界のお決まり。店の回転率は客の協力あってこそ。  混ぜて、食べて、途中で酢とラー油を混ぜるの

お昼休みのマレーシア気分 #ゼロツー ナシカンダール トーキョー

 少し早いお昼休みを取り、大手町のビルから颯爽と歩き出す。人はまだまばら。イメージ通りの春を体現したような快晴と陽気。足取り軽やかに、今年2月にオープンしたばかりのマレーシア料理へと向かう。    そもそもナシカンダールって何だ?と言えば、ごはんの上にカレーや惣菜を乗せたワンプレート料理らしい。ここは嬉しいビュッフェ形式で、ベースを決めた後に惣菜3種類とカレー2種類を選べる。  ベースをラム(羊)、カレーをダック(鴨)と海老とイカにしたため、動物性たんぱく質を限界まで盛り込

大手町てんぷらの選択肢 #博多天ぷら やまみ 大手町店

 オフィスビルの灰色で満たされた大手町も、地下では和食からエスニックまで多くの飲食店の活気で色づいている。それぞれが独立して建っているように見えて地下では繋がっていて、昼休憩の会社員は複雑な地下道を縫うように目当ての店を目指す。私は貴重な1時間を1秒も無駄にしないように、でも社会人の体は保つように小走りで店に向かう。  会社から通える距離でてんぷらを食べようとすると、思い浮かぶお店は2つ、金子半之助か博多天ぷらやまみ。半之助の天丼は以前に一度食べているので、今回はやまみに並

大手町で蕎麦2.0を見た #MINATOYA2

 無機質なビルの灰色に大きな黒い穴が開いていた。大手町にブラックホールが開いたと思ったらそこは黒塗りの蕎麦屋。「蕎麦屋」の語感から想像する落ちついた和空間とは裏腹に、黒で統一された空間が私たちの鼓動と食欲を高ぶらせてくる。  メニューは1000円の「冷たい肉そば」の1つのみ。これが気に入らなければ客はもう来ない。他のメニューに逃げられない、まさしく退路を断ったこの姿勢は客への挑戦だ。リピーターを期待していないはずもない。この一杯にどれだけの中毒性が眠っているのかも楽しみにし