「嘘でもいいよ」の包容力に涙、そして本作のテーマが少し見えてきたかも『この世は戦う価値がある 第3集』#マンガ #感想
「週刊ビックコミックスピリッツ」連載中の『この世は戦う価値がある』の第3集をKindleで読んだ。
以下、致命的なネタバレはないとは思うものの、内容には触れていますので情報を入れずに読みたい方は読後に読んでください。
ざっくりした前巻までのおさらい
セクハラ&パワハラが日常茶飯事のブラック職場で働く社会人3年目の伊東紀理(いとうきり)。モラハラ彼氏の浮気を目撃し限界を迎えた彼女のもとに一通の封書が届く。「人の役に立ちたい」一心だった彼女は会社を辞めて「自由にやりことをやって好きに生きる」ため、そして過去との「決算」をするため新たな人生のスタートを切る。 ⇒(第1集)
紀里は一度やってみたかったギャンブルの挑戦中に、舞台の脚本を書く岳と出会う。そして「決算のタスク」の中で再会した西野と共に、かつての恩師を訪ねる。そこで紀里は自分の大切な思い出が、ある大きな犠牲の上に成り立っていたことを知る。 ⇒(第2集)
第3集を読み終えて…
ただのやりたい放題とは違う、新たなフェーズへ
前巻までは社会人をドロップアウトした人生(=レールから逃げた生活 by 畑中)を謳歌する紀里がイキイキと描かれていた。社会から切り離された「生産性のない時間」を過ごすことの喜び・尊さは、社会のレールを死にそうになりながら走る人々にとって「自分もこんな生き方できたらなぁ」と思わずにはいられない。と同時に「自分の意志を貫くことは孤独と向き合うこと」だと、社会のレールを外れるには覚悟が伴うぞとピシャリと締めて第2集は終わる。
実はこのマンガをおすすめした知人(20代後半女性)からは「主人公が好きになれなかった」と言われてしまった。無職になって自由を謳歌するのは結構だが、言動や服装、ライフスタイルがあまりにも激変し、自由が誇張されすぎているとのことだった。たしかに「ありのままの私でいる」ことと「傍若無人に振る舞うこと」はイコールではない。紀里と近い属性の彼女からは共感が得られなかったのかもしれない。
しかしこの第3集は、「過去の決算」であったり「仕事を辞めたらやりたいこと」を大喜利的に好き放題やったりする日々からは違うフェーズに突入する。簡単にいえば(職のチョイスが絶妙だが)「労働者」として社会復帰をすることと、「やりたいとすら考えたことがなかったこと」に挑戦することである。
新キャラから見えた気がする本作のテーマ
この第3集の重要人物は言うまでもなく紀里の職場の先輩・リンリンさんである。夜の街を生きてきた彼女は、多くの「人生」と接してきたことを匂わせる。
そんなリンリンさんは、何かが引っかかっている紀里に気が付き、仕事終わりにラーメンへと誘う。そこでリンリンさんは「嘘でもいいよ」と言って紀里が内面を打ち明けやすい空気を生み出す。そして話し終わった紀里に「嘘でもいいよ。本当だってどっちだって。話してくれてありがとう」と告げる。肯定も否定もせずに紀里を受けいれる包容力にこの第3集では最も心を奪われた。
「仮面」を被っていても受け入れる人が身近にいることは紀里にとって救いであり、女3人でトンジャラをしてガールズトークにまで発展する展開は多幸感がある。その後、岳の舞台を手伝うエピソードへとシフトするが、ここで私はこの作品は誰しもが持つ「ペルソナ」についてを描いている作品ではないかと思い始めた。
ペルソナを剥がすと見えるもの
新キャラ・リンリンさんの出現によって「夜職の女と仲良さそうにしている男」への解像度が上がり、紀里は「それぞれの場所で「顔」を変えることが人生には必要なのではないか」という考えに至る。
AIさんの要約によると、心理学におけるペルソナはユングが提唱した概念であり、主に以下のような意味がある。
人が社会的な環境に適応するために用いる「外的側面」や「仮面(顔)」
人がさまざまな「顔」を演じながら、周囲の環境に適応しようとしていること
人が生活していくうえで、場面や地位などによって使い分ける人格
「絶対に笑わない男」が笑顔を見せること。「いけ好かない上司」がバニーちゃんを前に仕事の後悔を話すこと。人々が持つ「仮面」が剥がれたときにこそ、人間の豊かさが見えてくる喜びがあるぞ、とこの第3集では描きたかったのではないだろうか。
なおペルソナとは古典劇で役者が使用していた「仮面」が語源である。それを考えると、岳の舞台を手伝う展開が発展するであろう第4集では、「自分を捨て誰かを演じること」「仮面をつけて人前に立つこと」が深堀りされるはずだ。
このマンガをおすすめした知人(20代後半女性)があまりいい感想をくれなかったので自信をなくしていたが、やっぱりこのマンガは面白いと思った。第4集は2025年5月12日頃発売とのこと。単行本派としてはかなり先に感じるが、次巻への期待値がかなり高まった第3集だった。
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