ゲイと腐女子がすれ違う理由 - 2024/06/23 日記#233


・もうn回目の論争でいがみ合うのやめませんか。お互い理解し合えないから。

・読むの面倒くさい人は最後のまとめだけでも。

・本当は腐女子なんてキショいワード使いたくないんですけど。いや、世間で言われているような立派な理由があるわけではなく、シンプルにキモい呼称だなってだけなんですが。

・この話題、実は何度も書いてはうまくまとまらず下書きに放置してる。これ書いたら差別って言われるんだろうなとか。

・全体的に、語尾に「そういう人もいるし、そうじゃない人もいる」をつけるくらいの軽い気持ちで読んで欲しい。

・私はここに書いてある自分の気持ちが100%正しいとは思わないけど、そう思ってる人もいるんだな、くらいの感じで。

・あらゆる差別をする気は一切ありませんし、極力そう取られるような表現はしないように気をつけたつもりですが、日本語話者1億人全員が差別だと思わない文章だという自信はありません。

LGBTQ作品とBL作品の違い

・これは私が様々な作品を見てきた上での個人的な解釈であり、世間で明確にジャンル分けされているわけではありません。

【LGBTQ作品】
→目的:性的マイノリティを取り巻く過去現在未来や社会との関わり、家族や友人、恋人関係などを描く
→ターゲット:当事者を中心に一般層まで幅広く
→国内作品の例:『エゴイスト』『カランコエの花』『恋せぬふたり』など

【BL作品】
→目的:男性キャラ同士の恋愛模様を中心に”萌え”を描く
→ターゲット:BLが好きな層(男女の割合では女性がほとんど)
→国内作品の例:『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『みなと商事コインランドリー』『美しい彼』など

すれ違いが起きる理由

・もう一度書きますが、全体的に、語尾に「そういう人もいるし、そうじゃない人もいる」をつけるくらいの軽い気持ちで読んで欲しい。

・この「当事者」というのも、当事者だけではなく当事者支援に力を入れているアライのBLファンなども含む場合があると思うので、そのへんもざっくりと。

・どちらが良い悪い、正しい正しくないではなく、立場によって考え方や優先順位が異なること、相手はどう考えているのかをまずお互い認識するところから始めるべきだと思う。

①男性同士の恋愛作品の捉え方の違い

【当事者】
現実の自分と密接に繋がっているので、男性同士の恋愛物語は自分ごと=ゲイの物語である。

【非当事者のBLファン】
→現実の自分とは切り離して、男性キャラ同士の恋愛に萌えている。

そういう人もいるし、そうじゃない人もいる

②BL作品の捉え方の違い

【当事者】
→現実。
→BLはゲイ、同性愛を描いている。
→他のドラマよりかはゲイもターゲット層。
自分たちと同じ同性愛の物語。同性愛、ゲイという大きな括りの中にある作品のひとつ。

【非当事者のBLファン】
→非現実。(女性やゲイではない男性のBLファンなどにとって、自分自身が現実で男性同士の恋愛を経験することはないの意)
→BLはゲイ、同性愛それ自体を描くことが目的ではない。
→ゲイ向けに作られていない。
→男性キャラと男性キャラの恋愛物語。同性愛、ゲイという括りの前に、AくんとBくんの恋愛というミクロ単位のロマンス作品。

そういう人もいるし、そうじゃない人もいる

③「BLはファンタジー」

【当事者】
→ゲイはファンタジーではなく実在する。ファンタジーと言えば何でも許されるわけではない。

【非当事者のBLファン】
→現実のゲイの方の状況と、自分たちの萌えのために生み出されたBLで描かれている内容がまったく異なることは理解している。現実のゲイの方や一般の方に「自分たちはBLと現実のゲイを混同しませんよ」「BLの多くは萌える為に作られたのであって、ゲイや同性愛の現実を描くことが目的の作品ではありませんよ」と伝えたい。

そういう人もいるし、そうじゃない人もいる

④重要視する点、求めるものの違い

【当事者】
ゲイの物語。現実に則した内容や当事者が共感できるもの。

【非当事者のBLファン】
→とにかく萌え。好きな属性やシチュエーションなど。

そういう人もいるし、そうじゃない人もいる

⑤「消費」の捉え方の違い

【当事者】
→現実を置いてけぼりに、ゲイや同性愛をマジョリティの萌えのためにエンタメ消費されていると感じる。

【非当事者のBLファン】
→AくんとBくんの恋愛物語を消費しているのであって、実際のゲイや同性愛そのものを消費しているわけではない。

そういう人もいるし、そうじゃない人もいる

⑥BLと現実

【当事者】
→BLはゲイ、同性愛を描く作品だから現実を無視はできない。同性愛者がおかれている現状についても興味を持ち、消費で終わらせて欲しくない。

【非当事者のBLファン】
→AくんとBくんの恋愛は創作物であって、現実ではない。BLファンであることと、現実のLGBTQ問題について興味関心を持つことは切り離して考えたい。

そういう人もいるし、そうじゃない人もいる

⑥ゲイであると明確に描くこと

【当事者】
→ゲイだと明言して欲しい。言及を避けることのほうが違和感があるし、不自然に隠すのは透明化、差別に当たる場合もある。「ゲイじゃないけどお前だから好きになった」は現実ではほとんどあり得ない。

【非当事者のBLファン】
→重要視しない。ゲイと明言するかしないかより、AくんとBくんの関係性の変化や恋愛模様を重点的に描く方が大事。

そういう人もいるし、そうじゃない人もいる

・BLファンの立場として、私は現状をこう捉える。

・お互い求めるものや捉え方が大きく違っていて、そのことをまずわかっていない。理解しようともしていない。だから平行線を辿るのみ。

BLとポルノ

・BL、主に女性が、主に女性の為に書く男性キャラクター同士の恋愛描写がメインとなる作品たちは、かなりポルノとしての側面も持ち合わせている。もちろん性描写のない作品も多々あるが、ほとんどが1シーン以上の性描写を含んでいる。レーベルによっては◯回以上との指定が入る場合もある。(これはとあるBL小説のあとがきで著者の方が言及していた)

・去年メインアカウントで書いた記事でタグ調査したので、もし興味があれば。

・そもそも、ポルノ的な要素を大いに含むBLというジャンルが、世間で大きく取り上げられることにまず違和感がある。

・最近ドラマ化された『25時、赤坂にて』も、ドラマ版では内容が再構成され、インティマシーシーンはほとんどカットされている。だけど原作では割と序盤からぽんぽん入っていて、ドラマを見た後に原作を読んだ私は本当にびっくりした。これ、普段BLをよく読む私ですらびっくりするんだから、BLを読まない人はもっとびっくりするよ。

・いくら実写化の過程でカットされているとはいえ、ドラマが面白かったから原作も見てみよう、と思った私のような人がいざ原作を手に取るとエロすぎてびっくりする、というのはそこで初めてBL作品に触れた人にとって本当に良い体験になるのだろうか。

・そして、BLに色々と意見を言いたくなる気持ちはわからなくはないが、ポルノ作品にそこまでの倫理などを求められてもな、と思う。これはBLをバカにしているわけではなく、大真面目にBLにおける需要の大事な要素としてポルノがあるので、同性愛を描くことやゲイの現実、苦悩を描くことよりもいかにかわいくエッチであるかに重点をおいて創作されている(作品が多くある)ことも理解して欲しい。もちろん、そうではない作品もたくさんある。

・男女モノのR-18作品やAVに求めるのはエロさであって倫理観や誠実さ、現実の苦悩を描くことではないように、BLにも同じスタンスでいて欲しい。もう一度書くがこれはBLやR-18作品をバカにしているわけではなく、そういう需要のために作られたジャンルであり、必要とされている描写が一般作品とは異なる、ということ。

BLの地上波進出は間違いだった

・私は、BL作品が一般層にも広く見られるようなテレビドラマなどでヒットしたのが一番の間違いだったと思う。これはもちろん、同性愛だからという馬鹿げた理由ではない。結果として、当事者が納得できず意見を発信しなければならない状況となり、BLファンも当事者に横からケチをつけられたと感じ、いがみ合うことになったから。当事者もBLファンも悪くない。金になるからと双方になんの配慮もないまま欲望むき出しでBLドラマを量産したテレビ局が一番悪い。

・BLは同性愛の現実より萌えを重視した作品が主であり、その性質を理解した一部のマニアがこそこそと楽しむジャンルだった。何度も書くがそれは同性愛だからではなく、現実に則していない内容で一般の方や当事者には誤解を与えたり傷つけたりする可能性があるから。当事者や一般層に広めることなく身内で楽しむべきだった。テレビ局がドラマを作る姿勢が現状のままなら、早く単館映画でマニアの人が見るだけの規模に戻ったほうがいい。

・そして、地上波という表ではBLではなく当事者の方にちゃんと主軸を置いた作品がもっと流行ってそっちが主流になる日がやってきて欲しい。それがBLであってもいいけど、既存のBLにあれこれ求めるのではなく、当事者も共感できる、一般の方々にも面白いと受け入れられる同性愛作品を作り上げていって欲しい。最初から萌えにばかり重点を置いていないLGBTQ作品がたくさん世に出て欲しいと思っている。

・BLファンとして、ゲイの方々に迷惑をかけたり差別したりしたいわけではもちろんない。ゲイだから、同性愛だからなんて関係なく、ただただAくんとBくんの恋愛物語が読みたいだけ。自分が萌える作品を読みたいだけだった。それを「これは現実とは違う」「こういう作品ばかりなのはゲイの自分にとっては疑問に思う」と言われても、別にBLはゲイのために同性愛を書いている作品ではないし、それが見たい人たちが集まってこれまでBLを発展させてきた歴史があるのにな、と思ってしまう。ゲイのための同性愛が見たいのであれば、BLではなくゲイ作品として独自に生み出されてほしい。女性はエロを書かない読まない、その抑圧からの開放や商業路線ではなく自分たちが読みたいシーンだけを書くという反骨精神(これがやおい、山なし落ちなし意味なしの語源らしい)、女性に求められる性規範や役割からの逃避など、BLがここまで市民権を得るまでの間にあった作家や愛好家たちの様々な戦いの背景を無視して欲しくない。

・今までは不可侵条約のようなものがあったような気がしている。BLファンはBLがゲイの現実と異なることは理解してますよ、あくまで私達が身内で萌えるための妄想作品ですよ、というスタンスでいたし、ゲイ側もBLは自分たちがターゲットではなく、主にBLファンの女性のために作られた妄想作品であり、自分たちが求めているものとは違うからあまり読まない、という暗黙の了解で成り立っていたように思う。その微妙なバランスを保って別々の場所で共存していたゲイとBLファンが火花散らすきっかけになったのが、ここ数年で台頭してきた地上波ドラマだと思う。

・正直、求めているものとはまったく異なる性質を持った作品に、自分で期待しながら足を踏み込んできて「思ってたのと違う!」と言われても・・・と思ってしまう。そりゃBLは当事者向けに作られた作品じゃないから、違うでしょう。江戸前寿司に行って、「サーモンがない!」って言われても、まあそりゃないでしょうよ、って思う感覚に近い。同じお寿司でも、少しルーツや歴史やジャンルが違う。吉野家に行って「高菜明太マヨがない!」って言われても、それうちじゃなくてすき家さんでやってるんですよ、ってなりませんか。BLも一緒。それ求めるならBLドラマじゃなくてLGBTQ作品を発展させて独自にやってください、と思う。何度でも書くけど、BLドラマに不満があるならBL作品に変化を求めるのではなく、萌え重視じゃない真面目なゲイドラマを新しく作ってヒットさせてください。BLなんて差別的なエロドラマはもう古いですよ、今はゲイ当事者が原作を担当したゲイドラマの時代です、くらいの勢いでいい。まあBLを下げる必要はないんだけど、それくらいの気概で、という意味で。

・BLファンが5、60年かけて少しずつ育ててきたのに、今になってテレビ局がその長年の努力にタダ乗りして食い荒らされ、それを見てしまった当事者や一般層から「ゲイってこうなの?」とか「ゲイだと明言しないのは差別だ」とか急に言われ、独自の文化を否定されてるのがBLファン目線から見た現状なんです。

・「その表現は差別ですよ!」って言われても、そんなのわかってるんですよ。でも萌えるから書いてるし読んでる。自分の萌えの為に他人を傷つけていいわけではないけど、その表現が好きではない他人に配慮して自分の萌えを我慢する必要もないと思っている。お互いに住処を分けて楽しめばいい。誰かを傷つけることがわかっているからこそ、BL本はゾーニングをもっと進めるべきではあると思う。

・私はゾーニングをして今までBLが築いてきた文化や差別的と言われる表現が好きな人もこっそり楽しめるような方向へ行ってほしいと思っているけど、おそらく世間の流れでは差別表現をなくしてもっとオープンに、一般の方や当事者が読んでも誤解がなく傷つかない作品にする方向へシフトしていくことになるんだろうな。それでも書きたい人は同人誌で書いて、結局ゾーニングできることになるのかな。

・ついでに、以前からゲイ作品は悲恋が多い、差別や苦悩を描くのではなく、もっと明るくハッピーな作品があって欲しいという当事者意見を見かけることは少なくなかった。近年のゲイ映画は『BROS』や『シャイニー・シュリンプス』など明るい作品も増えている。現在日本で流行っているBLも、軽めや日常系ラブコメの需要が高い。結局、どちらに寄った作品が多くなっても批判は生まれるのだと思う。

・色々書いた上で、私自身も今の日本のBLドラマを面白いと思うかどうかといえばそれはまた別の話。『SKAM』や『Young Royals』『Love,ヴィクター』『HEART STOPPER』など、大好きなドラマはどれも海外産で、BL括りではない。ジャンル分けするとしたら、ティーンドラマ、青春恋愛もの。これらのドラマは自分との葛藤、友人関係、世間との乖離、批判、宗教、家族との関係、カミングアウトなど、様々描かれていて本当に最高なので是非みて欲しい。BL作品を原作にした『陳情令』や『山河令』もかなり予算を割いて作られたブロマンスドラマ。ただ惚れた腫れたをしているだけではなく、古代中華ファンタジーとしてちゃんと面白い作品たち。私はこれらのような、薄いラブコメではない作品が日本でも作られたらいいなとずっと思っている。それらを作る上で原作になりそうなBL漫画、小説はいくらでもあるのに、きっと予算などの関係でドラマ化作品には選ばれない。そういう現状もちょっとだけ知っていてほしい。

・日本から始まりアジアを中心に発展してきたBL(yaoi)という独自の創作ジャンルは、他国では主にYoutubeをはじめネット配信でドラマ化されてきた。数多くの配信ドラマがある中でわざわざBLドラマを見るのは、元々BLドラマが好きな人がほとんどだと思う。しかし日本は配信メインでドラマや映画を作る文化がなく、ドラマをやるとなると地上波で放送されることになる。放送枠や予算、視聴率など配信メインでの作品とはまったく勝手も視聴者層も異なる。

・私はタイBLが日本や世界で流行るかなり前からタイBLのファンだった。キャストの一人が仕事で初めて成田空港に降り立った日、会いに来たファンはたった2、30人程度だったと思う。日本で初めてBLドラマのキャストがFMをやったのも、私が応援していた子たちだった。あの頃通訳はFCの人だったし、会場も国際色豊かなファンが主にアジア各国から集まって、それでも300席程度すら埋まってなかったと思う。

・そんな状況でオタクをしていたので、2020年当時はファンが増えたこと、タイドラマが日本語で公式で見られること、日本でたくさんのイベントをしてくれること、原作の翻訳本が出ること、専門雑誌ができること、国産の実写ドラマが増えたこと、凄く嬉しく思っていたけど、今はもう早くブームが終わって欲しいと思ってしまっている。

・BLだけの問題に見えるものの奥には、きっとBLだけではなくもっともっと大きな問題が隠れている。視野を広く持って、多面的に見て、多くの人が納得できる作品たちが世に出る社会になって欲しい。

まとめ

・BLファンと当事者とではBL(男性同士の恋愛)ドラマに求めるものや考え方がまるで違うのに双方お互いの意見をわかり合おうとせず、主張の整理もされていないのですれ違いが起こる。

・BLはポルノ需要が大きいジャンルであり、マニアの読者から求められている描写が一般作品とは異なる。ポルノ作品はゲイであることの明言やその苦悩、現実よりもいかにかわいくエロいかが大事である。

・BLファンも当事者も悪くない、一番悪いのは金目当てで双方になんの配慮もないまま欲望むき出しでBLドラマを量産したテレビ局。

・BL作品はBLファン向けに作られた作品であり、当事者が見ても楽しめない場合が多い。ゲイ向けや一般向けに関してはLGBTQ作品として別枠で作ってほしい。

・地上波や一般で流行る男性同士の恋愛ものが、元々マニア向けでポルノ需要が高いBL作品ではなく、当事者を主軸とした、萌えにばかり重点を置いていないLGBTQ作品であって欲しい。



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