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雑はどう?

ええかげんにせなあかん。
と。

痛みつけられた人は
恐れからくる怒りが半端なく出てしまう。

それが自分に向かってしまったり
自分の大切な人に向かってしまったり
関係のない人に向かったり
結果
自分を責め続けてしまう。

いつまでも
痛めつけられたことを握りしめ
いつまでも
その痛めつけられた事を考え
いつまでも
その痛みから目をそむけ

結果

被害者

の立場を守る。

この被害者というのは

自分が悪い
自分が弱い
自分が情けない

だから、
人は私を潰すとか
人は私を脅すとか

そういう事に意識を向け続け
いつまで立ってもラクになることをしない。

いつまで
人にかまってほしいと思うのか
いつまで
人のせいにするのか
いつまで
自分を貶めるのか
いつまで
自分を批判し続けるのか

なぜ自分が観られないのか・・

多分・・

今の状態
それが
どんな状態
どんな未来
であっても

今の状態が心地いいから。

傷つくのが怖いと言っている自分
観たくない、それだけ嫌なことを体験した自分

苦しいと言っていながら

心地いいから。
それだと自分で今までやってきたことで
対処できるから。

それを・・

認めたらいい。

認めたらいいのに
そこは他人の目を気にしてしまう。

だから、

逃げる

という選択をする。

それはそれでいい。
被害者でい続けることも
苦しいを選択し続けることも
逃げ続けることも。

結局自分も人も傷つけたくない

そんな思いがあるから。

自分のことに本気になれない

のも、

自分が選択してるから。

多分、体験したいテーマなんだから。

ただ、

ここに生まれてきたんだから
せっかく出会った人もいるんだから
体は借り物なんだから
自分の体大事に扱ってほしいと思うし
体を健康にするために

自分自身を顧みる必要はある。
自分の心を識る必要はある。

その自分自身を顧みるというのは

生まれてきて
取り込んできた

感情・思考・行動

で、要らなくなったものの

取捨選択

自分の心地いいもの・心地いい人

それを識るために今まで体験してきた

自分の心地悪いもの・心地悪い人

嫌だ、不快だ、しんどい、辛い

に意識を向け続けている自分。

楽だ、心地いい、嬉しい、軽い。

に意識をそむけている自分。

どちらにも気づいて

取捨選択し続ける。

それができないなら
今まで通りしんどいままで過してもいい。

魂がそう望んでいるなら。

でも、
もう、ええかげんにせなあかん・・
と、思っているなら

なんとかする一歩を踏み出す。

ええかげん、
自分を雑に扱うのはやめたほうがいい・・


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