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渋谷すばる 『二歳』

上手い歌は歌えません
上手い歌は歌えません が
良い歌は 良い歌ならば
歌えると思っておりました
以前からずっと

アナログレコーディング。
ギター、キーボード、ベース、ドラムスの最低限の編成。
一発録りライヴレコーディング、いわゆるせーの録りの手法の全面的な導入。
一発撮りで自身がカメラの前で歌うのみというミニマルなビデオ。
全曲自身での作詞・作曲・編曲。
これも自身による、潔すぎるジャケットアートワーク。
ジャムセッションを思わせるような荒削りでゴツゴツしたサウンドプロダクション。
「上手い歌」より「良い歌」。
自分が思う「理想のポップス」みたいなものの条件が尽く達成されている。
元関ジャニ∞・渋谷すばるが38歳にして制作したソロデビューアルバムを聴いて、驚いた。

メジャーなポップシーンの頂点の一角をきわめたようなグループのメンバーがソロでやろうとなったときに、こういう音を作るっていうのは、本当に強い意志がいるだろうなと想像する。
何から何までメジャーの一般的な手法の逆を行っているような。
整ったもの、きれいなものを作ろうというような規範を超えて、徹底的に生々しくうねるサウンドを追求すること。
そういう意志は、ヴォーカルから強烈に聴きとることができる。
技法的なそれでない、たんに感情の表出としてあるような叫びや、まるで家で自分のためだけに弾き語るようなルーズな歌唱。
「上手い歌」と「良い歌」。
"ぼくのうた"、"生きる"の剥き出しのエモーション。
言い換えれば「原初的な歌」というか、そんなふうな響きがある。

ずっと歌ってる
ギターを弾いてる
大きな音も
全然気にしない
色んな音がどんどん重なる
好きなものを好きなだけ

サウンドはブルースロックをベースにしたもの。
構成要素を絞りに絞って、ひとつひとつの音がデカい。
バンド各人の発するノリが有機的に絡み合って、スリリングなグルーヴを編み上げている。
どの楽器も自己主張が激しく、調和のための抑制を放棄したような、殴り合いのような演奏が刺激的。
とくにギターのときにノイズのようなソロにはドキドキさせられる。
"ワレワレハニンゲンダ"、"爆音"に顕著な、ところどころひび割れたような感触の危うさも素晴らしい。
一方で"なんにもないな"のようなアコースティックの楽曲での素朴なサウンドにも適度に泥臭いラフさがある。

辛くて
冷たくて
消えたいと思うけど

それでも
どんな時も
ただ生きる

今年素晴らしかった映画の『旅のおわり 世界のはじまり』を思い出してて、あの映画で前田敦子はアイドルというものを幾分か露悪的に見せたような幾つかのイベントを経て、「歌いたい」、やっぱり自分は「歌いたい」、と言う。
何かその姿をここで渋谷すばるがやっている音を聴いたときに思い出した。
前田敦子がアイドルから役者になることと、渋谷すばるがアイドルからシンガーになろうとする姿が重なった。
元アイドルということを考えるとこのアルバムは異様な、ちょっとあり得ないようなものではある。
ただ、それが純粋に音楽へと向かう強い意志を感じさせるから、強く心を動かされた。
最後に静かに置かれた"キミ"という楽曲。
弾き語りをポータブルレコーダーでそのまま録りおろしたような、ラフなデモ音源そのままな音で、私信めいた内容で、おそらく歌い手自身にも差し向けられるように、こんな言葉が歌われる。

人生残り半分の涙は もう全部流したよ もう全部流したよ
今のキミはどう?
本当の笑顔ですか?

きれいな音でもなく、凝ったアレンジでもなく、「上手い歌」でもない、声を張り上げて絞るように吐き出されたその言葉は、信じられるように思った。




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