見出し画像

「撮影罪」 新たな罪の創設 性的姿態の撮影行為に対する処罰規定をどうするか?

上川陽子法相(当時)が、いわゆる「撮影罪」の新設を含む刑法の性犯罪規定の見直しを法制審議会(法相の諮問機関)に諮問すると明らかにした(2021年9月)。
新設が検討されている「撮影罪」とは、他人の性的な姿態を同意なく撮影する行為やその画像を流通させる行為。
これを処罰する規定を設けるべきか?

処罰の検討対象となる撮影行為

他人の性的な姿態を撮影する行為のうち、処罰規定を設けるべきかを検討する対象行為として以下が挙げられている(「性犯罪に関する刑事法検討会」法務省)。

1. 強制性交等などの犯行の場面を撮影する行為
2. 被害者に気付かれずに撮影する行為
3. アダルトビデオへの出演の強要など欺罔や威迫によって同意させた上で撮影する行為
4. ユニフォーム姿のスポーツ選手の胸部や臀部を殊更にアップにして撮影したり、脚を開くなどの特定の姿勢を撮影したりする行為
5. 子供の水着姿やブルマ姿の姿態を撮影する行為

これらのうち、ひそかに撮影することや強制性交等の犯行状況を撮影することについて(主に上記1, 2, 4)、どのような行為を処罰すべきであろうか。
なお、撮影された画像を流通させる行為なども処罰の対象とすべきか、という課題は別イシューで扱う。

性被害における「撮影」

多くの性被害は撮影とセットになっており(その画像で脅迫されて更なる性的行為を強要されるなど)、被害者にとっては画像を他人に持たれること自体が恐怖であることから、被害相談や警察への届出や民事訴訟の提起の妨げとなり、被害者の精神的回復を遅らせる一因ともなっており、同意なき撮影が被害者を黙らせる手段として用いられる例が増加している。

スポーツ界では、トップアスリートから中高生の競技者に至るまでユニフォーム姿が撮影され、赤外線カメラによる透視が行われたり、殊更に胸部や臀部を強調して撮影された写真にわいせつなコメントが付されたりした画像がインターネット上に投稿され拡散されている。
衣服の上からであっても特定の部位を強調して撮影された者は羞恥心を抱く。

また、塾や学校、マッサージ店などでの盗撮事案は非常に多く、撮影される側が気付かないため潜在化することが多い。

性的な姿態をいつどこで誰に見られるかは自ら決めるべきこと

性的な姿態をいつどこで誰に見られるかは自ら決めるべきことであり、性的な姿態が撮影され、それがデータとして固定化されることにより撮影対象者の羞恥心、屈辱感、重大な不安などの感情を引き起こす危険性が高い。
撮影された画像がインターネット上に流出すると、画像の回収が非常に困難であるため、被害結果が重大なものとなる。

性的な姿態を同意なく撮影されることや、撮影された画像を他人に見られること、撮影された画像を他人に持たれることは、自分の体を他人に性的に利用されることにほかならない。

既存の法律や条例による規制には課題がある

リベンジポルノ被害防止法では性行為等の撮影自体は罰することはできない。
また、迷惑防止条例は、都道府県によって対象となる行為や刑の重さが異なり、また、生活の平穏を守ることを目的とする条例であるため撮影場所が限定されるなどの問題がある。

これらのことから、全国一律に撮影行為自体を規制することが必要と考えられ、性的姿態の撮影行為に対する処罰規定が検討されるに至った。

「撮影罪」は誰のどんな利益を保護すべきか(保護法益)

プライバシーを侵害する罪として扱うべきという意見や、性的自己決定権(個人的法益)を損なう犯罪という意見、公序良俗に反するもの(社会的法益)に対する罪という意見があるが、これらは適用範囲によっては本来処罰すべき行為が処罰されないこととなり、新たに性的尊厳の保護(個人的法益)というアプローチをすべきとの意見もある。

これらの意見の中で、性的な姿態が撮影され、それがデータとして固定化されることで撮影対象者の羞恥心、屈辱感、重大な不安などの感情を引き起こす危険性が高いことから、性的自己決定権や性的尊厳を損なう犯罪として位置付ける方向性(個人的法益)になると考えられる。

公序良俗に反するもの(社会的法益)に対する罪や迷惑防止条例では、犯罪となる撮影場所が限定されてしまうが、個人的法益とすることで、場所による限定をせずに、つまり被害者がプライベートな場所にいる際の撮影に限るのではなく、公の場にいるときでも、撮影された部位により処罰範囲を画定することや、撮影目的(わいせつ目的など)にかかわらず処罰範囲を画定することが可能となる。

撮影行為を処罰する規定を設けるべきではないという意見

--- (同時に改正が検討されている、強制性交等罪の暴行・脅迫の要件の改正内容によっては、)撮影行為を処罰する規定を設けると、性行為の後に相手方から被害が申告された場合に備えて、相手方の同意の存在を立証するために、撮影の同意を得ないまま性交等の一部始終を撮影することが起こり得る。

--- 刑罰による対応ではなく、有罪判決を前提としない行政上の措置や、国が画像の消去費用を負担して加害者に求償するといった民事扶助等の対応を考えるべきである。

--- ユニフォーム姿の撮影行為については、周囲の者が視認できる部分を撮影する行為について、違法な行為と適法な行為とを明確に切り分けることは困難である。

犯罪となる撮影対象、撮影場所、行為態様をどうするか

--- 撮影せずに目視だけする行為は処罰の対象とするか。
--- 性的行為の撮影自体を原則として違法とすべきか。
--- 撮影対象は、性器等の性的な部位、下着、性交等をしている姿態などとすべきか。
--- 撮影場所は、浴場の脱衣所、自宅内などのプライベートな場所での撮影などとすべきか。
--- 公衆の目に触れる場所で自ら性的部位を露出しているのを撮影した場合には、処罰対象から除くべきか。
--- アダルトビデオの撮影でにおける出演の強要については、性的行為の同意の有無に疑念が生ずる事例が含まれていることから、別の要件を設ける必要があるか。
--- ユニフォーム姿の撮影行為については、わいせつ目的に限るとした場合に、どのようにわいせつ目的と認定するか。
--- 衣服を透かして見ることのできる機器を用いて撮影する場合には、処罰対象に含めるべきか。
--- 被害者に気付かれずにひそかに撮影する場合などもあるから、撮影されていることについての被害者の認識は要件としないべきか。
--- 撮影された画像を第三者に提供した者、譲り受けた者、インターネット上に拡散した者、売却して利益を上げた者も処罰の対象とするか。
--- 被害申告は望まないが画像の消去は望むという被害者もいるので、消去を求める被害者の救済をどうするか。

なお、これらの課題は法制審議会で審議されると考えられる。

キーワード

【性犯罪規定の見直し議論】
上川陽子法相(当時)が、刑法の性犯罪規定の見直しを法制審議会(法相の諮問機関)に諮問すると明らかにした(2021年9月)。
法制審議会に諮問する主な項目は以下の通り。
■「暴行・脅迫」要件の改正
■性行為同意年齢(13歳)の引き上げ(「性交同意年齢、日本は現在13歳以上」参考)
■地位・関係性を利用した性行為を処罰する罪の新設
■配偶者間でも性犯罪が成立することの明確化
■公訴時効の見直し(「魂の殺人 --- 性犯罪の時効」参考)
■撮影罪の新設

【迷惑防止条例】
「迷惑防止条例」あるいは「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」とは、住民生活の平穏を保持することを目的とする各条例の総称。
違反に対しての罰則は、自治体ごとに定められている。親告罪でないため、被害者の告訴がなくても公訴を提起することができる。
性犯罪に関わる部分では、主に裸や下着姿の盗撮が対象で、近年、被害が深刻化している競技中の女性アスリートを性的な目的から撮影する行為を罪に問うのは難しい。
生活の平穏を保護法益とするため、撮影場所が限定される上に、法定刑も軽い。

【私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律】
通称「リベンジポルノ被害防止法」。交際中に撮影した交際相手や配偶者の裸などの性的画像を、撮影された人の同意なくインターネット上に公表するなど、いわゆるリベンジポルノにより、被害者が長期にわたり多大な精神的苦痛を受ける事案が多数発生していることなどから、そうした被害を防止するために成立。
私事性的画像記録とは、「性交又は性交類似行為に係る人の姿態」「他人が人の性器等を触る行為等」「衣服の全部又は一部を着けない人の姿態であって、殊更に人の性的な部位が露出、強調されているもの等」のいずれかを撮影した画像に係る電子情報。
加害者には3年以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されるが、画像記録を「不特定又は多数の者に提供した場合」「拡散させる目的で特定の者に提供した場合」に限られるので、性行為等の撮影自体は罰せられない。

【肖像権侵害】
現在の日本の法律では、肖像権は法律で守られるべきだと明記はされていないので、肖像権の侵害を理由に侵害行為の実行者を逮捕することや刑事罰に問うことはできないが、民事上の責任は発生し得る。
日本国憲法第13条「幸福追求に対する国民の権利」の条文が法的根拠として利用されている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?