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お父さんの脱体(3)~戒名~

亡くなった当日に、お父さんに会いにきてくれたのは、本家の伯母と従兄、お坊さん、そして献眼の処置をしてくれるお医者さん。

献眼については、こういうものがあると葬儀社さんから話を受けて母と決めた。そこに父の意志はない。処置もこの場で数十分でできるというし、見た目はわからないようにおさめてくれるという。いずれ燃やしてしまう体だ。どなたかのお役に立てるのならお父さんも本望だろう。(たぶん)

お医者さん達が到着した。「このようなときに申し訳ありません。ご理解ありがとうございます」と、とても神妙な面持ちだ。どんな顔もしようのない場面、しかも夜遅くにこちらこそなんかすみません。事情はともかくこれもまた大変なお仕事だなと感心してしまう。


献眼の処置をしてもらってる最中に、伯母・従兄が到着した。幼い頃からみんなで集ったあんな場面こんな場面が瞬時に浮かぶ。顔を見て涙腺がゆるむもキュッと蓋をするように気を持ち直した。とにかく決めなければならないことがたくさんあるのだ。

今から来るなんてそこまでしてもらわなくてもと思ったけれど、お寺さんのことも含めて相談にのってもらえて心強かった。なによりお父さんが逝ってしまった寂しさを一緒になって感じてもらえたことがとても温かかった。

続いてお坊さん。(いや、お坊さんが先だったか?) ずいぶんお若いお坊さんだ。大きいお寺さんなので、こういう夜中の駆けつけ業務は若いお坊さんのお仕事なのかもしれないとかなんとか、こんなときにも余計なことを考えるもんだ。
戒名をつけていただくのに、生前のお父さんについて話を聞かせてほしいとお坊さんは言った。けれどそう聞かれて、「こういう人でした」と話すのは意外と難しいものだと思った。ぽつりぽつりと話したけれど、何を話したか覚えているのはひとつだけ。

「ダジャレが得意なひとでした」


戒名については、結構お値段がするという知識だけはあったのでドキドキものだった。結果、祖父や伯父の戒名との兼ね合いもあるからとお寺さんにお任せすることになり、私も母もドキドキし続けることになる。

「一番お安いので充分なのですけど」という言葉を呑み込む。希望はもちろん伝えられただろう。でも、この流れではお任せするのが一番いいなと思えた。戒名がなんたるかも知らず、値段も知らず、両親の懐事情も知らないのにこんなことを思う自分が情けない。きっとお父さんはこういうだろうけど。
「戒名? なんでもいいよ」


戒名がわかったのはお通夜が始まる直前だったように思う。光の道に導くというような意味の込められた名前で、いい名前を付けてもらえて良かったねと、母と喜んだ。どんな名前でも良かったねと思えただろうけど、つけてもらってみてわかる。なんでもよくはないものだ。

でも、なんでお父さんが光の道?

献眼してるの見てたから? だとしたら、お父さんの意志でもなんでもなく、最後の最後でこんないい名前をもらってお父さんちゃっかり役得じゃないか! なんて母と笑って話したけれど。父が長年就いていた仕事からつけられた名前だったとわかったのは、49日の法要のときのことだった。


お通夜前のいろいろな決め事が片付いて、姉夫婦は自宅に、母はお父さんのそばにいたいようだったけれどワンコが気になるからと帰宅。私と旦那さんはお父さんの隣でお泊りだ。

祖父(か祖母)を見送ったとき、「お父さんはずっと線香の番してたからね」と母から聞いたことを思いだす。今度は私がする番だ。


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数時間前にお父さんは亡くなったばかり。実感があるのかないのか、すぐには癒えない悲しさの最中にあっても、泣いたり笑ったり。ずっと同じ感情に留まり続けることのほうが難しいものだと思いました。

戒名については、生前の父を知らないにもかかわらず駆けつけていただき、少ない情報からお名前をつけていただいてありがとうございますという気持ちです。
お値段についてはご想像にお任せします。すべてを終えて今思うのは、必要なお金は払えるのだということです。

ちなみにこのお寺さんとの出会いで、再考事項だったお墓の件がすんなり解決しただけでなく、母は日常に新しい楽しみを見つけることになりました。
ほんとにありがたいなと思います。

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