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お父さんの脱体(2)~対面~

お父さんを送り出すことになる葬儀場に到着。少しすると、白い布を顔にのせて横になったままのお父さんが運ばれてきた。

顔が見たい、でも見るのが怖い。だってその顔を見たら認めなくてはいけなくなってしまう。お父さんは死んでしまったと頭ではちゃんとわかってるのにおかしな話だ。怖い、でもやっと会える、やっとそばに……、やっぱりお父さんに会えるという喜びの方が大きかった気がする。

そんな私は、お父さんが大好きっ子なのだと思った。べたべたくっつくようなことはなかったけれど、お父さんがいつも気がかりで、お父さんが笑ってるのを見るのが大好きだった。

静かに布団に移されたお父さんを見て、しばらくどうしようか迷っていると、母に呼ばれた。
「あなた、まだお父さんの顔見てないでしょ」


布をめくってお父さんと対面した。お正月以来、5カ月ぶりに直接見るお父さんの顔。口が少し空いている。母曰く、「亡くなったときはもっと大きくあいてたんだけど、病院で閉じてもらって。お父さん、楽になったーって顔してる」

優しい顔。お父さんだ。頬に触れるとまだ温かかった。呼んでも返事がないのをわかってて何度か「お父さん」と声に出して呼んだ。今呼ばないともう声をかけられないような気がして。

やっと会えた。嬉しいのと悲しいのが入り混じって人目もはばからず嗚咽した。
「あいはお父さんっ子だったからね」と母も泣いている。
そうか、母から見ても私はお父さんっ子だったのか。と、泣いてるのと別の冷静な自分がここでも現れた。


感傷に浸る間もなく、葬儀社さんとの打ち合わせが始まった。
晩年の父は人付き合いが多いほうでもなかったし、ましてやコロナ禍にあって親戚であっても遠方から来てもらうような状況でもない。こじんまりとでも気持ちをこめて送り出せればいいと思っていた。

けれど、いざとなると決めかねる。そして 「だいたい皆さん、このあたりを選ばれます」といわれると「じゃぁそれで」って言ってしまうものだなと思った。冷静さは持ち合わせているし、お値段も内容も確認してはいるけれど、できるだけ頭を使いたくないという気持ちになることを知った。

死亡届の提出も、火葬場への申し込みも全部代行してくれて、時間関係なくこんな急に入る仕事で大変だろうなと思いながら、ひとつひとつ準備を進めてもらえることがありがたくて仕方がなかった。


しかしお坊さんへの連絡はこちらでしなければならない。普段からお寺とお付き合いのなかった私たちは、本家に連絡をして相談をした。同じお寺さんに頼むのか、同じ宗派の近くのお寺さんに来てもらうのが良いか。

お寺さんに直接確認した方が良いだろうと連絡先を教えてもらって、本家が檀家になっているお寺に連絡すると、今から来てくれるという。そして自然とそのお寺さんにお願いする流れになった。下道で片道1時間はかかる距離だ。お坊さんってこんなこともしてくれるの? 

伯母さんと従兄も今から来てくれるという。もう夜の21:00近く、お坊さんと同様1時間はかかる距離だ。驚くと同時にその気持ちがありがたかった。

そして長い夜はつづく。お坊さんや、親戚、それともう一組、お父さんに会いにこっちに向かっている人たちがいる。


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お父さんが亡くなって悲しいという気持ちと、必要なことをやらなければならない冷静さは意外に両立できるものでした。ある程度覚悟していたからかもしれません。ひとしきり泣いたらだいぶ落ち着いて、もう何を気にすることなくお父さんの近くにいられるという嬉しさのほうが少しずつ大きくなっていくのを感じてました。

そんな頃合いになって思ったのは、「私はドラマを創り出してしまったな」ということです。

どんな未来も選べるというのなら。亡くなる前にお父さんと会える未来、話ができた未来、最後をそばで過ごすという未来もあったのだろう。コロナ禍かどうかは関係ない。それを採用して、お父さんと会えないという現実を創り出したのは、他でもない私だったとも思うのです。

(新型コロナウィルスの広がりを受けて、通院やデイケアを利用していた父は、県外の人との接触した際はサービス利用に制限がかかることになりました。2020年10月の会食を最後に、年末年始も庭越しに距離をとって数分言葉を交わすのみにとどめていたのですが、結果的にこれが生きている父と会った最後の機会になりました)

私は、「コロナでなかなか会えず、死の際にも立ち会えず、大好きだったお父さんと亡くなってからやっと会えた私」というドラマを創り出して主演を演じたようなもの。あぁ、もっと違うドラマも体験できただろうに、やってしまったな。お父さんごめんねと、心の中で謝りました。¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨


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