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お父さんの脱体(4)~寝ずの番~

張り切って線香の番をするつもりでいたら、グルグル巻きの蚊取り線香のようなものが目に入る。
「これで朝までもちますから」と葬儀屋さん。
なんだ、寝ていいのか。嬉しいような残念なような変な感じだけれど、気にせず眠れることはありがたいなと思った。

顔を洗って横になってみるも、なんだか寝付けない。表は台風のような豪雨で、屋根にあたる雨の音がやたらと激しく騒がしかった。「あぁ、お父さんのために泣いてくれてる……」なんてレベルをはるかに超えて、とても感傷に浸る音ではない。
横を見ると旦那さんはもうしっかり夢の中。「目を閉じて横になったら眠れるよ」という、今日も言葉通りだ。


眠れずにいるといろいろ思い出す。
お父さんはいつも寝る前に常夜灯をつけるかどうかを聞いてくれていた。
「これつけとくと、夜トイレ行くとき暗くなくていいよ」
お父さんはいつも数字が蛍光で光る目覚まし時計が好きだった。
「夜中でもすぐ時間がわかっていいよ」
私が大人になっても同じことを言っていた。常夜灯がついてなくても大丈夫だし、時計が光るのもよくわかってる。はいはいと言いながらも、そうやって気にかけてくれるお父さんが大好きだった。
もはや、眠れなくて思い出すのか思い出して眠れないのかよくわからないことになってくる。

いつのまにか眠っていて、雨の音で目が覚めて。私は眠っていたのかと気づく。時間の進みはゆっくりだ。
お父さんの顔でも見ようと、何度か顔を見にいった。だんだんこのお父さんに見慣れてくるのがわかる。少し口元が微笑んでるような、優しい顔がいつもそこにあるのがなんだか嬉しくて悲しい。

ふと線香に目をやると、消えている。 
え? 消えてるんですけど‼
なんだっけ? 線香の火が消えるとなんだっけ?
そんなこんなを面白がる自分と、冷静に火をつけなおす自分と、涙が枯れない自分と、いろんな自分が代わるがわる顔を出した。


どれくらい眠れたか、よくわからないうちに朝が来た。

朝一番にお父さんの顔を見に行くと、少し空いていた口がしっかり閉じている。
いつの間に⁈ っていうか動いたの⁈
死後硬直とか、それこそ刑事ドラマで聞く程度の知識しかないけれど、硬直ってどういう状態を指すのだろう? もしくはどれくらいで硬直といわれる状態になるのだろう?

こんなこともあるのかと驚きながらなんだか嬉しい。なんだろう。体の反応なのだろうとは思いながらも、そこにお父さんの意志があるような気がしたから。お父さんがいると感じられることが嬉しかったのかもしれない。
整った顔を皆さんにお見せする準備ができて良かったねと、心の中で話しかけた。

朝早く戻ってきた母に早速報告する。
母は驚きながらもお父さんの顔を見て嬉しそうに笑った。


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「死体の隣で寝る」
こうして言葉だけ見ると一瞬ゾッとする感覚は私にもあります。
テレビの見すぎでしょうか。

身内となると別な話なのかもしれないですが、あのときは死体というかお父さんの隣で寝るという気持ちで何も抵抗はありませんでした。とはいえ、ふと夜中目が覚めて思ったものです。

お父さんが死んでしまって悲しい。
もう話ができないのか、声が聴けないのか、そんな風に思うと胸が締め付けられる。
でも、どうか、急に動き出すとか、霊になって現れるとかはやめてください。そういうのはなくて大丈夫です。

テレビの見すぎでしょうか。
なくて良かったです。

名ばかりの「寝ずの番」は次の夜も続きますが、また違った感覚でお父さんの死を受け止められるようになっていきました。また改めて書きます。

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