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65「MとRの物語(Aルート)」第四章 3節 鮎の奔流・その3

推敲ゼロの粗削り。
瑕疵(かし)など、なんぼのもんじゃーい。
どんとこーいw

(目次はこちら)

 Rはすごいスピードでストーリーを追っていく。Mは信じられない思いで、それを眺めている。一体Rの身体に、何が起こった?

 Mさん……。
 永遠不変の、美しい粒子という言葉で、ひとつ思い出したの。
 以前にも私、夢の中でこういうことをしたことがあるって。

 こういうことって?

 うん、私がね、何かを変えるために粒子になるの。
 確かそんな夢だった。

ストーリーにはどんどん、暗い雲が立ち込めていた。本多はある事件により発言力を失い、透が実権を持ち、本多を苦しめる。それを読むRの周りに、軽い渦のように空気が舞い、衣服と髪の毛をひらひらと揺らす。Rを照らす白い光が、次第次第に強くなっていく。そして物語はクライマックスを迎える。本多が出家した聡子に会いに、月修寺を訪れるシーンである。老齢の本多が、杖をたよりに、よろよろと階段を昇る様子が、いらだたしいほどに濃密に描写されている。Rはその一字一句をゆっくりと、しかし猛烈なスピードで読み進める。やがて本多は、山門にたどり着いた。

  黒門をすぎると、山門はすでに眼前にあった。
  ついに月修寺の山門へ辿(たど)りついたかと思うと、
  自分は六十年間、ただここを再訪するためにのみ
  生きて来たのだという想(おも)いが募った。

   ※新潮文庫・「天人五衰(豊穣の海・第四巻)」
          三島由紀夫著 P.333より引用、改行位置調整

Rはパラっとページをめくり、残り枚数を調べる。あと6枚……。あと6枚で、一体この状況が、どう解決するというのだろう? いや、それとも、何も解決しないのだろうか? Rはすがるような思いで、聡子の姿を探してページを読み進める。2枚読み進めた所で聡子が現れた。本多が彼女に、これまで伝えられなかった思いを切々と訴える。清顕のこと、転生のこと。聴き終わった聡子と、本多の話がかみ合わない。残り枚数は、あと2枚……。

  「それなら、勲もいなかったことになる。
  ジン・ジャンもいなかったことになる。
  ……その上、ひょっとしたら、この私ですらも……」

  門跡の目ははじめてやや強く本多を見据えた。

  「それも心心(こころごころ)ですさかい」

   ※新潮文庫・「天人五衰(豊穣の海・第四巻)」
          三島由紀夫著 P.341より引用、改行位置調整

   ※「門跡」とは、その宗派の伝統を継ぐ僧。ここでは聡子のこと。

これまで、音を立てては崩れ落ちていた古い漆喰の壁が、ここにきてガラガラと崩壊し、ストーリーを形作っていた柱が、ぎしぎしときしみ始める。それは本多の心の中で起こっている軋みであり、読者の心の中の軋みでもあった。残り1枚を、Rはさらさらと読んでいく。

「え?」

最後の一行を読み終えたRは、小説を手にもったまま、顔をあげてMを見た。衣服や髪をはためかせていたRの周囲の風や光は消えていた。Mは息を飲んでRの発する言葉を待つ。Rは唇をあけ、言葉を選ぶように、ゆっくりと言った。

「Mさん、これは……。夢落ちみたいなものなの?」

「そう読んでもいいし、そうじゃないようにも読める。どちらを採るか。それは読者それぞれ、心心(こころごころ)、ということだ」

Rは大きく、目を見開いた。それは感心と感動と怒りと呆れの表現であった。Mは、もっと深く感想を聞きたいという気持ちをぐっと我慢する。

「お疲れ様。コーヒーを淹れなおそうか」
「うん! お願い!」

コーヒーが出来るまでの間に、Rはぺらぺらとページをめくり、いくつか感想などをMに伝えた。

・最後の衝撃は、すごいと思った。(P.342)
・色々と振り回された本多君がかわいそう。(P.260)
・結局透は、転生者だったのか。(P.317)
・聡子はなぜ、あんなことを言ったのか。(P.338)
・コートから鳥を落として去って行った老人は誰?(P.230)
・なぜ透は、日記を書き、持ち歩いていたのか。(P.249)

「答えられる質問と、答えられない質問がある」、とMは言った。

「答えられない質問というのは、答えがいくつかあって、俺がそれを決める必要はないものだ。まず透が転生者かどうか、という質問がそれだな」

「うん……、どっちにでも解釈できるように、工夫してあるんだね」

「そう……。もう一つは、聡子はなぜあんなことを言ったか。答えは幾通りもある。で、俺もどれが正解かわからない」

「答えは、本当に忘れていた、忘れている振りをした、もともと清顕くんは、本多の阿頼耶識が作った架空の存在、とかだよね?」

「うん。あと、聡子の阿頼耶識が清顕のいない世界を造り出した、結局本多は小説の登場人物でありすべて作り事だった、考え次第でこの世界も変えられるというのを本多に教えたかった、なども含まれる」

  (作者注:上記は私の解釈であり、Mさんの真意とは異な
   る恐れが多分にあります)

「なるほどー。」

MはRの前に、コーヒーの入ったカップを置いた。Rはそれに口をつけ、ふー、と息をついた。

「老人とは誰だったのか。落ちぶれてしまった勲の父かもしれないし、清顕の幽霊かもしれない。もしかしたら本多かもしれない。これも、正解はないんだ。でも一つだけ、俺が想定しているもっともポイントが高い解答を教えようか。このシーンだけ、他の部分と比べて非現実的に思えないかな? つまりこれは、もしかしたら透が見た夢かもしれない。だとしたら老人は、透自身の老後の姿。でも、あとで透は、自分は夢なんて見ないと言っているから、夢じゃないのかもしれないね」

  (作者注:上記は私の解釈であり、Mさんの真意とは異な
   る恐れが多分にあります)

椅子に座り、コーヒーに口をつけるM。

「うーん……、難しいね。でももし透の夢だったとしたら、清顕くんと同じで、透も自分の未来を、夢で見ていたことになるんだね」

「うん。透が転生者であるという可能性の、補強材料にはなるね」

「答えは、人それぞれ」

「そうだ。で、最後の質問、日記についてだが、これは正直、ストーリーを早く進めるために取らざるを得なかった方法だ。これを執筆中だった頃に、俺は市ヶ谷での決起のための準備もしていたからね。ちょっと安易で、しかも小説としての疵(きず)が残る、このような方法にしてしまった。でもだらだらと書くより引き締まっているから、これはこれでよかったのかもしれないね」

  (作者注:上記は私の解釈であり、Mさんの真意とは異な
   る恐れが多分にあります)

「疵、なんだね」

「うん。類まれな頭脳を持つという設定の透が、いくら緻密な計画を立てるためだからといって、ノートにその計画を書くなんてするわけがないね。まさにご都合主義。しかも本多との旅行に、それを持って行くわけがない。でもまあ、今からあえて書きなおすほどの疵じゃないな」

  (作者注:上記は私の解釈であり、Mさんの真意とは異な
   る恐れが多分にあります)

「そう……、だね?」

「ん?」

納得しかけて、首をかしげたRは、Mをまっすぐに見ながら両手を上げ、カニのようなポーズを取った。

「さっきの、これ」、そう言ってRは集中した。すると再びRの周りに、炭酸の泡のようなものが出現した。

「そうそう! それは何だ。何をするつもりだった?」

「これはね、女神さんの使ってた、黒蛇みたいな技で、私が夢の中で作り出したものなの」

「夢……、そうか、なるほど……」

意識の力、阿頼耶識の力、それで説明は一応つく。しかしまさか、Rがあっという間に、自分なりの技を開発するとは思わなかった。常人には不可能だろう。もしかしたら、1つの肉体にMと同居していることの影響かもしれない。

「それで……、その能力を何に使った?」

「秘密にしちゃ駄目かな?」

「駄目だ。秘密にしようとしたら、お前の記憶を読んで引っ張り出す」

「うん……」

Rは打ち明けた。はじめてこの能力に気づいたのは、近所でよくみかけていた猫の、死骸を見た夜のことだった。Rはその猫が自動車にひかれるシーンを夢に見、少しだけ時間をさかのぼり、夢の中でその猫を救ったのだ。次の日、生きてこちらを見ているその猫を見かけた。まさか、と思いながらも、もしかしたらこれは、Mの言っていた阿頼耶識というものを使った能力なのかも、と考えた。

「時間を戻すときにはね、時間の流れを水の流れだってイメージして、魚になった気持ちで、それをさかのぼっていくの。その時間まで戻ったら、自分が変えたい何かをイメージして、それを卵のような形にして、そこに置いて、もどってくるの。そしたらうまくいっちゃった」

Rはクスッっと笑った。

「その能力を使ったのは、その時だけか?」

「ううん……。お気に入りのカバンに穴が開いちゃったから、それを修理した」

Rは立ち上がり、水色のリュックサックを持ってきた。確かにボロボロだったリュックサックが、新品同様とは言わないまでも、少し綺麗になったように見える。聞くとRは遠い遠い過去まで時間をさかのぼり、子供の頃のRの前で、「この子がもっとこのカバンを大切にしますように!」、という思いを卵にして置いてきたそうだ。

「そんなことが……」

「え、それってすごいこと?」

「ああ……、時間遡行は、女神にさえ不可能な、非現実的な技……」
「手から黒蛇を出すのだって、非現実的だけどね」

「で、それだけか? 猫と、カバンと……。他には?」

「うん、あと1回だけ……。あの地下の竜に、会いにいったの」

それだ! とMは思った。いくら阿頼耶識の、「思いの力」の可能性が無限であったとしても、はなから「時間遡行など不可能」と思いこんでいる女神やMが、過去を変化させる術を、実現することなど出来ないのだ。いや、竜を生んだのはもしかしたら、Mだったのかもしれない。だが竜が大事に護っていたRのような少女、あれを具現化させたのは、M自身だとはとても、Mには思えなかったのだ。

「会って、何をした?」

「時間をさかのぼって、竜が赤い裂け目から出てくる所まで行って、そこに卵をおいてきました。私がずっと一緒にいてあげるから、暴れないで、日本を壊さないでって」

謎は解けた。たぶんこうだ。竜はMが生んだものではなかった。太古から、地球に存在していた。なんらかの、不可思議な現象によってその竜の存在が、古代の人間によって感知され、古文書に残された。生前のMは、その古文書により、竜の存在を知った。そしてRはその竜に会い、過去へ遡り、自分の分身を生みおとし、竜に捧げた……。なんと無茶なことを……。だがこれまで地球が崩壊しなかったのは、そんなRの無茶によるものかもしれない。

「なんてことを……。いやもし本当だとしたらすごいことだ。偉いよR」

「えへへ」

時間遡行……。それがもし本当だとしたら、Rは何と言う怖ろしい能力を手に入れてしまったのだろう。それを使って、第二次世界大戦の結果を、ひっくりかえせるとしたら? あるいは……。不慮の事故で亡くなった誰かを、助けることが出来るとしたら? Mの脳裏に、そんな悪魔のような考えが一瞬浮かび、Mはあわててそんな考えを頭から追い払った。

<つづく>

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