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67「MとRの物語(Aルート)」第四章 4節 女神五衰

今回のお話は、ちょっと唐突だし、説明的すぎる。
でも内容的に、第四章:天人五衰に入れておきたかった。
中二臭い「七柱」の設定は、もしかしたらのちのち、
都合で変更させていただくかも?

(目次はこちら)

 楽しかったパーティーが終り、Rとその母が眠りについた後、Mはベランダで、軽くうとうととしていた。そこへ天から、女神が舞い降りた。

「やあ、来たな」

「ええ。色々と情報も仕入れてきましたよ」

「阿頼耶識を使って?」

「そう。未来のことを少し見てきました」

ベランダに降り立った女神の顔は、月の光のせいか、蒼白に見えた。

「じゃあ、情報交換だ」

Mは右手を女神に向かって差し出した。女神がそれに触れた。その瞬間、二人の間の情報交換は終わっていた。

「そう……、Rちゃんがあの竜と……。時間遡行、すごいわね」

「ああ……。それより、なんだこの未来は……」

Mは女神から受け取ったビジョンを見返し、反芻していた。阿頼耶識を通してみた「未来」は、その時代を生きるであろう者の目を通した、脳で認識された刺激の記憶として見ることのみ可能だ。つまりそれは、目というカメラを通した生の映像ではあるものの、ぼやけていたり色がおかしかったり、たまには脳内でまざったノイズや幻覚も混じっていたりするので要注意だ。今神から受け取った映像は非常にクリアで、信頼のできそうな記憶であった。そしてそこに記憶されていたのは……、女神消滅までの一部始終であった……。

「まるで九相図(くそうず)だな。悪趣味な! なぜ……。誰がこんな……」

九相図というのは、仏教絵画の一つ。野山に打ち捨てられた人間の死体が、朽ち果てていく様を9枚の絵に描きとめたものである。人の世のはかなさを説いていると言われる。いくつか現存する中で、有名なのは、「小野小町九相図(おののこまちくそうず)」と、「檀林皇后九相観(だんりんこうごうくそうかん)」、であろう。Wikipdiaによれば、その9つの相とは、こうである。

>(1)脹相(ちょうそう) - 死体が腐敗によるガスの発生で内部から膨張する。
>(2)壊相(えそう) - 死体の腐乱が進み皮膚が破れ壊れはじめる。
>(3)血塗相(けちずそう) - 死体の腐敗による損壊がさらに進み、
> 溶解した脂肪・血液・体液が体外に滲みだす。
>(4)膿爛相(のうらんそう) - 死体自体が腐敗により溶解する。
>(5)青お相(しょうおそう) - 死体が青黒くなる。
>(6)たん相(たんそう) - 死体に虫がわき、鳥獣に食い荒らされる。
>(7)散相(さんそう) - 以上の結果、死体の部位が散乱する。
>(8)骨相(こつそう) - 血肉や皮脂がなくなり骨だけになる。
>(9)焼相(しょうそう) - 骨が焼かれ灰だけになる。
               (Wikipedia「九相図」より)

女神の場合、人間のような肉体は持たないため、このような醜い姿となるわけではないし、「天人五衰(てんにんごすい)」のように、悪臭を放ちながら朽ちていくわけでもない。ちなみに仏教では天人五衰は、次のように定義されている。(下記は大般涅槃経19によるものであり、経典により若干の違いがある)

>(1)衣裳垢膩(えしょうこうじ):衣服が垢で油染みる
>(2)頭上華萎(ずじょうかい):頭上の華鬘が萎える
>(3)身体臭穢(しんたいしゅうわい):身体が汚れて臭い出す
>(4)腋下汗出(えきげかんしゅつ):腋の下から汗が流れ出る
>(5)不楽本座(ふらくほんざ):自分の席に戻るのを嫌がる
               (Wikipedia「天人五衰」より)

しかるに女神から受け取ったビジョンによれば、「女神の五衰」とは次のような過程となるようだ。

(1)全身が透けはじめる。顔がなくなり、表情が見えなくなる。
(2)身体の内部に、小さな赤い斑点が出現。
(3)斑点がつぶれ、中から無数の赤い昆虫が這いだしてくる。
(4)半透明のエネルギー体となった女神の全身を、昆虫が食い尽くす
(5)昆虫は一塊となり、新たな神に生まれ変わろうとする……。

「神の世代交代? そんな……」

「以前未来を見た時にはなかったものです。明らかに未来は変わりつつある。もしくは、これはもしかしたら、他の神による、ねつ造かもしれません。記憶をいじれるのは神だけですから」

「他の神? そう言えばこの前、ヨーロッパの神が死んだとか言っていたが……。この世に神は複数人いるのか」

「ええ。神はそれぞれ、阿頼耶識のような、人の祈りのパワーによって存在することが出来る。私の知る限り、地球周辺に存在する神は、私を含めて七人。いえ、七柱、というべきかしら」

現時点で、地球に存在する七柱は次の通りだという。
・女神アマテラス(日本近辺)
・機械仕掛けの神(ヨーロッパ近辺)
・巨大融合生物(アメリカ近辺)
・書物と智慧の神(インド近辺)
・戦闘の神(赤道近辺)
・無数の精霊(オーストラリア近辺)
・7つの大罪の神(全世界)

ただ、これも刻々と変ってはいるようで、近年全く変化のないのは、女神アマテラスと、無数の精霊、それと7つの大罪の神の3つ。最も変化しているのは、「巨大融合生物」で、全身に生える多くの生物のパーツが、現れたり消滅したりを繰り返し、常にその姿態を変化させているという。

「神よ。あなたが消滅する、ということは、未来にはあなたへの尊敬の念、祈りの力、信仰が、弱まるということなのか?」

「ええ……。もっと厳密にいうとね。私は日本の敗戦直後に、一度消えかけたの。私の手や足は朽ちて別の生物の手足や顔が、生えかけていた。日本人の心が、アメリカに支配されかけていたということね。そんな状況を破壊して、私を元の姿に戻してくれたのは、M、あなたなの。あなたが壮絶な死を遂げた直後、私は自分の身体に、エネルギーがみなぎるのを感じた。あなたの死にショックを受けた日本国民の多くが、古きよき日本を取り戻そうと、発奮してくれたということでしょうね」

「そうだったのか……」

「ええ……。だから私は、一時的に延命されていたようなもの。もし近い将来、消えてしまったとしても、私にはもう悔いはない。あなたとのゲームはいつも楽しかったし、今はこうして休戦もできて、よかったと思っています。本当に、いい頃あいなのかも」

「気弱なことを言うな。大丈夫だ、俺がまた何とかする」

「いいえ、日本人が望んでいるのは融合生物、キメラよ」

女神はベランダの手すりに手をかけ、右手を天に向けた。伸ばされた人差し指から、光り輝く雪と、星の形をした飾りと、その他クリスマスツリーのデコレーションが大量に放出され、風にのって宙に舞い、キラキラと輝きながら、街に降り注いだ。疲れ切ってポケットに手を突っ込みあるいていたサラリーマンや、水商売の女たちが、愕き、目を輝かせて子供のように上空を見上げた。

「ハッピー・ハロウィーーン! おほほ! おほほほほ!!」

おい、いろいろ混ざってるぞと、突っ込みを入れそうになったMだったが、哀しく微笑み、口を閉じた。そうだ、これこそが融合生物、キメラなのだ。日本古来のイベントを忘れ、旬の遊びを忘れ、得体の知れないどこかの国の文化に現を抜かす国民。アメリカがそうなったように、日本もそうなるのか。

「いや……、そんなことは断じてさせない。日本文化の死は日本の死だ。俺は断固、それを阻止する」

「そうね……、そうしてくれるとうれしいわ」女神が気弱に微笑んだ。

<つづく>

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