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62「MとRの物語(Aルート)」第四章 2節 竜の秘密(5)

ありがとうございます!
先のお話に興味があるため、すこし駆け足にします。
ちょっと粗削りな回や、矛盾ある記述、説明不足が続くかも。
(目次はこちら)

「MとRの物語(Aルート)」第四章 2節 竜の秘密(5)

 Mは女神の説明を、じっと聞いていた。女神は説明しながら、Mの顔をちらちらと盗み見た。意外なほどに、Mの表情は冷静だった。「記憶の扉」で、彼の中の、妹の記憶を封じたことが、功を奏しているのだろうか。1970年(昭和45年)の彼の自決による死は、その瞬間におぞましいほどの絶望を日本に撒き散らし、多くの日本の国民の心に、影響を与えた、のみならず、死後もあの、地下の竜が発する悲しみの咆哮により、地上の人々の心に、ダメージを与え続ける彼。いや……、あの竜が彼の分身だというのは、まだ確定ではないし、彼があの竜を出現させたのが、自決の前後でなくても、何の矛盾もない。結論は急がない方がいい、と女神は考えた。

 Mはその時、こう思っていた。

 俺は妹が亡くなった時点で、その悲しみを乗り越えたはずだ……。
 そうではなかったのか。
 俺の本当の気持ちを、俺自身は知らなかったのか。
 いや、違う……。そもそも、俺が妹の死に号泣したのは事実だが、
 俺が失った大切な女性というのは、妹だけではなかった。
 恋人、祖母、母、娘、妻。
 そういった、俺の心に影響を与えた多くの人達のメタファーが、
 あの太古の竜が大事に抱える、Rに似た少女ではないのか。

 いずれにせよ……。
 女神が俺の心にしかけた鍵が理由かどうかは知らないが、
 俺は女神の話を聞いても、至って冷静だ。
 もしかしたら、自決をもって、何かを克服できたのかもしれないし、
 死してあの世の存在を知ったからかもしれないし、
 妹の魂が、Rの中に宿っていると知ったからかもしれないし、
 そうではなく現時点ではRという存在自体が、
 俺の癒しとなっているのかもしれない。

「俺は大丈夫だ……。あの竜は、日本を滅ぼすことはないだろう。俺がRの中に生きている限り。俺は、絶対にRを護る。未来永劫ね」

女神の頬をまた、細い涙がはらはら、とこぼれた。よかった、と女神は思った。もしあの竜が日本にダメージを与え、日本に住む多くの人の魂に、影響があったとしたら、本当に日本は、世界は、この宇宙は消滅し、別の宇宙が生まれていたかもしれなかった。「女神」という存在が、あの世に、そしてこの世に有りつづけられるのは、誰かが強く、女神の存在を望んでいるからなのだ。その望みが「エネルギー」となり、女神を存在させ続けている。逆に、女神を消滅させようという「エネルギー」が強ければ、女神は消滅する。女神が消えれば、「あの世」も消滅し、この世は神の手の入らない、無秩序な場となる。将来的には、それによる混沌、恐怖、絶望が新たな神を望み、新しい神が生まれ、秩序は復活するのかもしれないが、その神が、今Mの横にしゃがみ、こうして思考している私自身とは限らないのだ。

1885年、ドイツの哲学者であるフリードリヒ・ニーチェは、その著作の中で主人公に、こう語らせた。「神は死んだ」と……。女神はその前後、ドイツに、そしてヨーロッパ全土に、大きな新しい波が押し寄せるのをはっきりと見た。ニーチェの言葉が、ヨーロッパを支配する「神」を解体させ、再構築した瞬間だった。そのドラマチックな光景を、女神は恐怖とともに眺めた。その時の滅びゆく「神」の断末魔を、今も女神ははっきりと覚えている。自分もそうなるのかな、でもMの手によるのならば、それも本望だ、と、ついさっきまで、女神は考えていたのだ。しかし、どうやらそうはなりそうにない。女神はもう少しだけ、日本を護っていられそうだ。

「そうしてくれるとありがたい。M、もうしばらく、共闘を続けさせてもらっていいかしら。ほっとしたら、なんだか疲れてしまったから」

「ああ……」

月はいつもの輝きを取り戻し、しっとりとした柔らかで透明な雲を、その前にゆったりとはべらせていた。女神は、いつまでもこうして、二人で月を眺めていられればいいのに、と思った。

<つづく>

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