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60「MとRの物語(Aルート)」第四章 2節 竜の秘密(3)

正直、2、3回の投稿で終ると思っていた、「第四章 2節」。
あまりに頭でっかちで、説明口調すぎる展開になったのでリライトしたら、
3回では終らなくなってしまいました。
でも全体的な流れはいい感じ。このまま進めてみます。
今回のお話で、私による「豊饒の海」に関する解釈の、
片鱗を垣間見ることができると思います。そのキーワードは「妹」。
今回は推敲不足できっと読みづらいと思います。すみません。

(目次はこちら)

「MとRの物語(Aルート)」第四章 2節 竜の秘密(3)

ベランダのコンクリートの床に這い、息を整えるMをしばらく無表情に見おろしていた女神がやがて言った。

 そろそろ回復したかしら?

 ああ……。

Mは眉間にしわをよせながらゆっくりと起き上って、コンクリートの上に胡坐をかき、月を見た。女神がその横にしゃがんだ。

 M、あの竜、私は量子テレポーテーションによるものと考えるけど、
 あなたはどう思う?

 もしそうだとしたら、あの竜を生んだのは俺ということか……。

 ええ。
 と言っても、あまりに非現実的な、仮説でしかないのだけれど。

女神の言っているのは、恐らくこうだ。まずMが、遠い遠い過去の地球に、ひとつあるいは複数の、量子を飛ばす。その量子には、現代に存在する量子と、なんらかの紐付け、因果関係が、存在しなければならない。過去に物質を送ることは、女神にさえ不可能なのだけれども、Mがなんらかの方法で、それを成し遂げたとしたなら、Mと過去の地球との間に、情報の伝達手段が、確立されることになる。情報さえ送れれば、他にも色々なことが可能になる。例えばMが、過去に情報を飛ばし、その時代に生きるMの、「阿頼耶識(あらやしき)」に働きかけ、あたかもその時代のMをアンテナのように使い、過去の世界を変貌させることが可能になったとしたら? いや、……それならなにも、量子テレポーションに頼る必要もないではないか。Mの阿頼耶識は、過去、現在、未来と、連綿と同じ形を保ち続ける滝のようなものだとするならば、その滝をさかのぼる一匹の鯉を、想定すればいい。その鯉にある寄生虫を取り付かせ、過去に遡らせる。そしてその鯉が、目的の時代に達した時に、その寄生虫を「発動」させ、世界にDNAをまき散らし、そのDNAを使い、目的の世界に作り変えていく。そんな時間遡行がもし可能ならば、女神の見た竜と、それが大切に護るRに似た存在も、説明がつくのだ。

 そうね……。そういう方法も、なくもないわね。

Mの思考を読み、女神がそう言った。

 いや……、そこまではいい。仮説としては面白い。
 しかし俺がなぜ、そんなことをする必要があるんだ?
 それに俺はあの竜を憎んでいる。
 だとしたら、あの竜が俺自身であるというのはおかしい。
 お前にはそこに、うまく説明がつけられるのか?

 女神はMにどう説明するべきかと、一瞬悩んだ。じっと女神は、Mの目を見据える。Mもまたそれを見返す。数千年にも及ぶゲームを競ってきた相手だというのに、女神にはMの心がいまだ完全には見えず、恐怖を覚える自分が悲しかった。Mの前世において、Mは一回だけ、この世界のすべてを憎み、呪ったことがあったのだった。女神は、その時にMの魂から放たれた陰鬱な黒い虚無をいまだに忘れられない。もしかしたら、その暗く深い井戸の底の底に、あの太古の竜は、潜んでいたのではないかと思い、女神は軽く戦慄する。だが、それはたぶん女神の思い過ごしだろう。たぶんあの瞬間の、まだ少年だったMには、「竜」を地底深くに棲まわせるだけの能力などなかった。やはり竜を現出させたのは、そのずっとずっと後、「豊饒の海」のネタを求めて古本屋で文献を漁っていた頃の、Mだったのであろう。問題は、M自身がそれらの記憶を完全に忘れ去ってしまっているということだ。少年の頃の痛々しい思い出は、女神の持つ技、「記憶の鍵」によって封印されていることを、施錠をした女神は知っている。そして竜を現出させた瞬間の記憶は、Mの無意識のさらに奥深くに潜む、「阿頼耶識(あらやしき)」によってなされたものであるため、M自身の記憶には、何も残ってなかったとしても、なんの不思議もなかった。もしこの世に本当に、「Mの考える阿頼耶識のようなもの」、が実在するとしたらの話だが……。一瞬にしてそこまで考えた女神は、言った。

 ええ。私には説明できる。
 でもそれが、事実なのかどうか、私にはわからない。
 だからと言って、あの眠れる竜を叩き起こして、
 何が真実かを、吐かせる気にもなれない。
 下手をすれば、この世界が、この宇宙が消えてしまいますからね。
 今はおとなしく、竜の動きを監視するだけで、いいのかもしれない。

Mには女神が、何を言っているのかわからなかった。この時点で、女神がMに隠していることは多数あるが、その中でも最大の秘密は、

  前世において

   Mには聡明な妹がいたが

      彼が幼い時に、ちょっとした事故で妹は亡くなり、

         それがMの心に、ずっと暗い陰を落としている。

という事実。

「豊饒の海・第三巻 暁の寺」において、タイのお姫様ジン・ジャンが、毒ヘビに噛まれてあっさりとその命を落とすというなんとも無味無臭な結末を迎えるというストーリーも、少年だった頃のMが体験した最愛の妹との別れと、それによる虚無感を表現したものだと知っているのといないのとでは、読者の解釈も、大きく変わってくるに違いない。そう、作者であるMにとっては、その作品である「豊饒の海」自体が、薄っぺらい虚無で構成された、「乾いた張りぼての海」でしかなかったのだとしたら……。だったら竜の護るRに似た少女はもしかしたら、実際、Mの妹の生まれ変わった姿なのかもしれないし、今こうしてMと1つの身体に同居している、Rという少女もまた、Mの妹の生まれ変わりなのかもしれない。いや……、それは違う、と女神は考え、白く巨大な月を見上げた。さきほどまでは、異様な速さで月をかすめて飛び去っていた千切れ雲が、今はおとなしく漂っていた。
  (作者注:上記は私の解釈であり、Mさんの真意とは異な
   る恐れが多分にあります)

「大気の震えが、止まった」女神は言った。

Mが同じく、月を見上げた。

「そうだな。あの竜は怒りをおさめたかな」

「M」

「ん?」

「あの竜がもし本当に、あなた自身だとしたら、
 現実のRちゃんに何かあった時に、
 何か禍々しいことを、あの竜がこの世に起こすのかもしれない。
 あなたがRちゃんを、護ってあげてくれる?
 私のためにも、Rちゃんのためにも」

Mは月から視線をそらし、女神を見た。悲しそうに月を見つめ続ける女神の表情。恐らくそれは、演技ではないだろう。しかし……。

「あと一つだけ教えてくれ。Rは俺にとって、何なのだ。俺にはまだわからないんだ。なぜあの竜が、Rに似た少女を護っているのか。なぜお前がそれを見て、あの竜を俺だと思ったのかが」

女神もまた月から視線をそらし、Mを見た。女神の目に、大粒の涙がふくらんだ。女神は今にも泣きそうな顔になり、Mに言った。

「あなたがそれを私に語らせるの? なんと残酷な人でしょう。それはとてもとても悲しい物語。あなたがそれを望むなら、私は語りましょう。例えそれが、この宇宙の終焉(しゅうえん)を呼び覚ますとしても……」

悲しみの感情に耐える女神の頬を、硬い水晶のような涙がきらっと光って落ちた。

<つづく>

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