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街・自然に癒される☆心のキャンドルに火を灯す☆

明けましておめでとうございます(*´▽`*)昨年はお世話になりました。お休みしっかりいただいて、また丁寧につくりながら、がんばっていきたいです。いつもご声援いただける方、ありがとうございます☺またこれからの出会いの方も、よろしくお願いします☺

街でも自然でも出かけた時の新鮮さはいいですよね!いつも風景は変わらないわけではないですが、見慣れた風景であっても、皆さんの思い出は、いろいろと出てくると思います(*’▽’)

風景ってとても不思議なもので、いつも良いものを浮かべる訳でもありませんねぇ。ただ、その風景が、なぜか今の自分の立ち位置を現すように、心のどこかとつながることはありませんか?

それは、風景に限らずどこの場所でも起きることだと思います。思い出の場所であっても、まだ行ったことのない場所でも、不思議と心を動かす風景がある。街や自然にはそういう力がありますね(^-^)

ある仏教の住職さんによると、物事の対象から現れるものは、全て心が現わしているといった方もいました。心が世界を現わしていて、対象はそのままである、とのことです。

ここで宗教や哲学的な問題に踏み込むつもりはないのですが、自然と同じものを見つめていても、心のあり方で変化することはよくあると思います。

人の心は皆ちがいますから、ものの現れ方に心が関係しているなら、前向きに臨みたいですね✨
 
仕事の日、雨が降っていたから舌打ちしてしまった。車の渋滞でイライラしてしまった。大切な人とケンカして外に気分転換にいっても、いつものコーヒーが美味しそうに見えないなど、確かに心の現れ方で、見ているものの前向きさは変わってします。
 
ある方は、そんな時強引に前向きにしてみるとといった方がいらっしゃいました。しかし人はそんなに簡単に前向きになれません。しからばどうするか? 
 
私が取っている行動には、とにかく動くというのがあります。一心不乱に動くことは難しいけど、つらいことも、悲しいこともひっくるめて、なるべく動くのが近道に思えます(^-^)

かつての医者の中に、人は刺激によって変化を受ける、といった方がいます。つまり刺激は、良いも悪いも必要であり、刺激によって人は成長するといったのです。
 
悪い刺激を受けた時、心はどうしてもマイナス方向にいってしまいます。しかしこの医者の論理が正しければ、刺激で変化を受けるなら、新しい刺激で前向きにすることもできるはずです!
 
この医者はなぜそのようにいったか、といいますと、人体は細胞で構成されており、細胞への刺激が様々な臓器に活性化を与え、臓器から運動を受ける意識のあり方は変化すると論理づけたからです。
 
動くことは、新しい刺激を人に与えます。その刺激が増えれば増えるほど、脳も活性化されるという論理です。
 
楽しいことをしなくてもいいのです(*'▽')楽しいことは人にとって、概してお金のかかることが多いからです。といって、身近なことをするだけでは動く以前に飽きてしまいます。

この身近とは、ただ考えるとか、今の物理的な場所をほんの少し変えるとか、見るものを右から左にそらして対象を変えるとか、本当に近いものです。
 
人の考えは、水槽の水に似ているように思えます。経験や知識という大切で澄んだ水を自分の心の水槽に入れますが、動かすことをしないと濁ってしまうのです。有名なことわざに「転がる石に苔はつかない」といいますが、アメリカの同じことわざでは、いい意味で、いつも動いている人は余計な汚れがつかない(停滞しないで新鮮である)という意味があります。
 
街や自然に動いて、触れることは手っ取り早い意識改革だと思います。もちろん仕事中は難しい方もいますから、タスクを変えたり、人とコミュニケーションを取ったり、人のいないところでクスッと、私つらいけどがんばってるな~と応援してみてあげてはいかがでしょうか?一人で陰で笑っているのも、結構おもしろいように思えます(*´▽`*)
 
止まることは、動くことより簡単です。ただ同じような刺激しか与えられないように思えます。ふと出かけた街や自然での出会いで、自分の確からしさが得られれば、と思います🍀

                                                                                                                ぐら



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