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エウレカ 私は見つけた 第16話

16  ある夫婦の決断

 アネモネが咲く美しい庭を横切って歩いていくと、ヘンリーとエマの住む白い素敵な家が見えてくる。いつも庭の手入れをし、美しい花を咲かせていたエマが外の作業があまりできなくなって以来、庭の様子は少し変わった。しかし、今まで全く庭仕事をしたことがなかった夫のヘンリーが、人に聞いたり自分で調べたりしながら、彼女に代わって手入れをするようになった。
 
 1年前、エマは病院のベッドに寝ていた。病気の影響で思うように手足が言うことを聞かず、彼女は、自分自身にため息をついていた。
 ヘンリーは『妻の変調にもっと早く気づいていれば、ここまでならなかったかもしれない』と思った。
 彼は夕食の時間に彼女の話を聞いていても、どこか上の空だったことを後悔していたのだ。

 なかなかリハビリの効果が出ず、思うように歩けないので、エマは明らかに希望を失っていた。そして、その顔から微笑みが消えた。
 
 ヘンリーはこの状態は良くないと考え、すぐに主治医に相談した。すると……。
「病気の後遺症もありますが、症状には精神的な影響もかなりあります。奥さんに何か目標があれば良いのですが…」

 その日の夕方、ヘンリーは早速エマに尋ねた。
「どこかもう一度行きたいところある?」
「そうね、夢のまた夢だけど…新婚の時に行ったギリシャに行きたい。
特にサントリーニ島。あの景色の美しさは、今もまぶたに焼き付いている。
ロバの背に乗った私はうれしくてたまらず、はしゃいでいた。
でも、坂ばかりで、もう行けないわ」
そう言って、目を閉じた。
 
 ヘンリーはこれだと瞬時に思い、翌日には1年先のギリシャ行きの航空券を予約した。ー妻が単なる夢物語だと思わないようにー

 翌日、入院先を尋ねたヘンリーが、早速予約の紙を見せた。エマは何時もよく考え、慎重派の彼が自分のために見せた思い切った決断に、戸惑いつつも嬉しかった。ヘンリーは有名なブルーの教会が映った絵はがきをフォトスタンドに入れ、エマがいつでも眺められるように病院のベッド脇に置いた。

 「1年後、この美しい景色を二人で見に行こう。エマは、あせらずリハビリを頑張って。僕は日常会話に困らないくらい、ギリシャ語の勉強に励むから。お互い、励まして合っていこう」と言った。

 彼は、エマが久しぶりに微笑むのを見て、とても嬉しくなった。


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