メトロポリタンオペラ「運命の力」ライブビューイングを見て
ヴェルディのオペラ「運命の力」
このオペラは序曲だけでも有名だ。次々と押し寄せるようなドラマチックなメロディーとリズム。聴いているだけで、胸がざわざわ波立ってくるようだ。
メトロポリタンのオペラでは、この序曲の部分で物語の始まりを象徴するシーンが次々と展開された。演奏に呼応するように、ものを言わない演者たちの表情や振る舞いに魅了されてしまう。始まったばかりと言うのに、心を奪われ、あっという間にその世界に引き込まれた。
単独で演奏されることも多い序曲
以前だったら私は『運命の力』のような悲劇的な内容は絶対に観に行かなかったと思う。でも最近になって自分が避けていたものにこそ、本質があるかもしれないと思うようになったので、単なる好き嫌いを超えて観に行くことにした。
予想通り大変重い内容だった。運命とは言いながらも、私は【なりゆき】の怖さを知った。演出家がインタビューの中で、語っていた。例えばビリヤードの球が1つ動いたら、次々にそれが波及していくように、1つの出来事によって、その人の運命そのものが変わってしまうことがあると…私もそれには大いに共感する。
劇中で復讐すべき相手と素性を隠して出会い、友情を感じてしまう場面があった。そのような宿敵でなければ、ほんとうに分かり合える生涯の友になったであろう。あまりにも皮肉な現実であるが、実際に、愛憎紙一重の部分は誰にでもあるかもしれない。
このヴェルディのオペラでは、合唱の美しさも際立っていた。インタビューの中で合唱指揮者が語っていたが、歌手の歌唱力の問題(実力ある歌手たちをたくさん揃えなければならない)と演出の難しさから、最近この「運命の力」を公開することがなかったそうである。だから、合唱団のみんなもその美しさを知らなかったということだった。
劇中に出てくる戦争のシーンは、演出家が意図して、スクリーンにシルエットとして浮かび上がらせていた。『いくさ』は、戦地に赴くものと一般の民衆が苦しむだけ。増悪からは何も生まれない。その愚かさを私たちに問いかけているような映像だった。このとき私は初めて気づいたのだが、戦争へと向かう背景に未来に何も希望が持てないこともあることがわかった。
主人公が歌うアリアは、中盤で、男性合唱の上で美しく歌われる。神に救いを求めるようなその清廉な歌声が際立っていた。
ラストのアリアを歌う 佐藤しのぶさんの演奏
しかし最後の場面では、兄からの報いを受け、傷を追いながら同じ主題を歌う。それは中盤に歌う美しいだけのものではなく、様々な苦悩を経て心の奥底からの湧き上がる思いのあるものに変化していた。その歌声に私は胸が詰まった。魂の叫びのように美しく、また自分の想いを貫く力強さのある表現だった。
途中は観ていると心が少し重たくなったが、やはり見に来て良かったと思っている。
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