児童虐待と司法〜裁判例から読み解く法改正の意義〜
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要約
・虐待がないにも関わらず、一時保護を継続したことが違法と判断された事例
・一時保護の「開始」と「継続」は求められる判断の慎重さが違うことが判決から読み取れる。
・今回の判決で重視されたのは、一時保護の判断における裁判所による司法審査の結果。平成29年に新たに導入された司法審査の制度の意義が見て取れる。
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1 一時保護が違法となる場合もある
児童虐待を防ぐための法的手段として重要なのが「一時保護」です(児童福祉法33条)。児童相談所(以下児相)の判断で虐待の被害の恐れがある子どもを親から引き離すことができます。
虐待から子どもを守るためには一時保護は躊躇なく行うべきです。一方で、虐待がないのに一時保護をしてしまった場合、児相は親から訴えられ、責任を追求されるリスクを負います。
この記事では実際に一時保護を行ったこと(正確にいうと継続したこと)で児相が訴えられ、児相の責任が認められた裁判を見ていきます。
2 事案の概要
まずは事案の概要を箇条書きでまとめます。
・平成30年12月19日 誤って子ども(生後1ヶ月)を床に落としてしまったとして親が子どもを連れてO病院に来院
・同月21日、怪我の態様が不自然であるという理由でO病院が虐待の疑いがあると児童相談所に通告
・同日、一時保護開始
・平成31年3月19日家庭裁判所が一時保護の継続を承認
・同月29日親が一時保護の取消し等を求める訴訟を提起
3 結果だけでなく判断過程を見た裁判所の判断
多くの場合、医療機関は虐待の発見において重要な役割を負っています。
今回のケースも発端はO病院でした。連れてこられた子どもには骨折が2か所あり、親の説明のような一度の落下では説明がつかないのではないかとO病院は疑い、児相に通告します。
通告を受けた児相は即日一時保護の判断をしました。
結果的に見ると、一度の落下で2か所の骨折があることも医学的にあり得ないことではなく、児相の判断は間違っていたことになります。
しかし、裁判所は一時保護をしたこと自体は違法としておらず、一時保護が長すぎたことを違法としています。
この点は注目するべきで、結果だけを見て責任追求をしてしまうと、児相が過度に萎縮して必要な時に必要な処分ができなくなります。
そのため、裁判所は児相の判断過程を見た上で、その判断に不合理な点がないかという視点で判断をしました。
4 一時保護の「開始」は緩やかな基準で判断する
児相の一時保護の開始はかなり迅速でしたが、裁判所はこの判断については適法であると判断しました。
(※私の記事では「適法」とは「国家賠償法上違法ではない」ことを指すものとします)
重要だったのは①子どもが0歳児であったことと②怪我が頭部であったことです。これらは本件が命に関わる事案であることを示しています。
普通に考えて通告があったその日中に虐待を認定できるほど事実認定という作業は簡単ではないはずです。しかし、万が一のことがあれば命に関わるという事情が一時保護の開始を適法と判断する上で大きかったと言えます。
5 一時保護の「継続」は厳しく判断する
そもそも前提として、一時保護は児童福祉の専門的な判断を要するものであり、法的にも児相の判断は尊重されます。法律用語的には「裁量が認められる」と表現します。
しかし、一時保護の「開始」と「継続」は認められる裁量の広さが違います。
一時保護とは家族の自由を奪う行為で、その名前の通り、調査のための暫定的な措置ですから、一時保護中は児相は必要な調査を行う義務があり、その結果一時保護の必要がないとわかればすぐに子どもを帰さなければなりません。
一時保護を開始するという児相の判断は子どもの安全のために尊重されるものの、それは同時に児相が調査義務を負うことを意味します。
したがって、一時保護の継続の判断は一時保護開始の判断に比べると厳しくみられます。
6 争点は「骨折が不自然か否か」
今回の事案においての争点は一度の落下で骨折線が2本あることが不自然かどうかということで、児相は1人の医師(G医師)による鑑定書を元にそれが不自然であると判断し一時保護を継続しました。
しかし裁判所は、一時保護中に児相は他の医師の鑑定を求めるべき、いわゆるセカンドオピニオンを求めるべきだったとしています。裁判所がその根拠としたのが一時保護の継続における司法審査の内容です。
少し制度的なところを説明すると、一時保護の期間が親の意思に反して2ヶ月を超える場合、児相は家庭裁判所に許可を求めなければなりません。これは平成29年の法改正によって新たに導入された制度です。
今回の事例においても法律に基づいて児相は家庭裁判所に継続の許可を求め、家庭裁判所は許可をしました。しかし、重要なのはその内容です。
家庭裁判所は一時保護の継続を許可しましたが、それは以下のように条件付きのものでした。
・「本件児童の受傷が事故によるものである可能性も含めて、本件鑑定書の内容の信用性を複数の医学的知見や本件児童の受傷前後の事実関係を踏まえて改めて検討する…ことが相当」
・「本件鑑定書の内容の信用性の検討及び家庭引取りに向けた準備等の期間として、引き続いての一時保護を承認する。」
つまり、「一時保護の継続は許可するけれども、それはあくまでも他の医師の意見を求めるなどの調査を行うための準備期間である」と言うことです。
しかし、児相はそのような調査を行いませんでした。
裁判所はこの点、すなわち、司法審査の指摘通りの調査を怠った結果、不必要に一時保護を継続したことを違法と判断したのです。
7 一時保護を躊躇なく行うために
近年国際的にも国内的にも児童の権利が重視され、一時保護は躊躇なく行うべき、ということが言われるようになってきました。このこと自体は私も賛成です。
しかし、ただの事故を虐待と判断してしまった場合、今回の場合のように児相は訴えられるリスクを負いますから、児相職員の仕事も大変なのだろうなと感じることもあります。
今回の裁判のような事例を見ることで、どのようなことに気をつけなければならないのかが分かれば、児相としても躊躇なく一時保護ができるようになるのではないでしょうか。
また、今回の事例から一時保護における司法審査の意義がわかります。
判決では平成29年に新しく導入された新制度における司法審査の内容がかなり重視されました。
一時保護における司法審査は近年徐々に導入が進んでいますが、今回紹介した裁判例は一時保護と司法審査の関係を考える上で大いに参考になるといえるでしょう。
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