ホスト売掛金と旧統一教会② 心理状態ではなく、貧困という結果からの規制を考える

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要約
・前回は「マインドコントロール」というキーワードを軸に議論を展開したが「自由な意思とは何か」という哲学的な問いにぶつかった。
・今回は、心理的な面よりも、寄付者や消費者が貧困に陥るという結果に着目した規制について考える。
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ホスト売掛金と旧統一教会。この2つの問題を比較しながら共通点を探っていく3部作。今回は2本目です。

前回論じたのは「マインドコントロール」。

カルト信者やホスト利用客の内面に注目した議論をしました。

マインドコントロールという手法を規制しようとしても、カルト信者やホスト利用客が自分の自由な意思でお金を使っている限り、それを規制することはできないのではないかという疑問にぶつかりました。

では、自由な意思とは何か。本当に彼らの意思は自由な意思と言えるのか。人間の意思は少なからず周りからの影響を受けている中で、どこまでを自由な意思と言えるのか。

答えは出ないまま終わりました。

ここまでが前回の話。

今回はアプローチを変えて、結果に着目します。

つまり、お金を使うに至った心理状態に着目するのではなく、その人が貧困に陥るような出費をさせないという外形的な結果に着目した規制をしようという議論です。

前回同様、不当勧誘防止法の成立をめぐる議論から見ていきます。

1 旧統一教会をめぐる不当勧誘防止法の成立

旧統一教会をめぐり、献金のために自らの財産を手放したり子どもの養育がままならなくなるといった事態が去年問題となったのは周知の通りです。

この問題に対して「年収の4分の1以上の寄付をさせてはならない」という規制をかける案が野党を中心に出されましたが結果的にこの案は通りませんでした。

どのような議論が交わされたのかはちょっと資料が見つけられていないので確認が取れないのですが、私の記憶が正しければ年収の情報を宗教団体に把握させるべきではないといった話が出ていたような気がします。

あとは、例えば高齢の億万長者が宗教団体の慈善事業に感銘を受け、死ぬ前に自分の財産を寄付したいと思った時に、寄付ができなくなってしまうことが果たして正しいのかといった疑問も考えられます。

結果的に新法では寄付の制限を定める規制として以下の2つが定められました。

① 本人や家族の生活の維持が困難にならないように十分に配慮しなければならない(3条2号)

② 寄付の勧誘の際に借入や財産の処分を要求することの禁止(5条)


この法案は配慮義務と禁止規定の2段階になっているという特徴があります。

これに対し野党は、実効性を高めるためには①の規定についても配慮義務に留めず、禁止規定にするべきではないかと反対しました。

これに対し担当の河野大臣は国会で「禁止行為とする場合、要件の明確性が問題となる」とした上で「生活の維持の困難とは個人の側の結果としての状態。そのような結果をもたらす不適当な勧誘については様々なものが想定され、客観的かつ明確に定義することはできない」と答えました

つまり、何をもって「配慮した」と言えるのか明確に判断できない以上、それを禁止行為にすることはできない、というわけです。

(法律を学んでいる人なら徳島市公安条例判例あたりが思い浮かぶところでしょうか)

そこで、明確に判断できる行為については禁止規定にし、それ以外の考えられる様々な行為は配慮義務に留めたというのが今回の法案と言えるでしょう。

2 ホスト問題への応用

ではこの議論がどの程度ホストに応用可能なのかということを考えます。

ホストでも利用客の女性たちが貧困に陥っているわけですから、ホスト側に利用客の生活に対する配慮義務を設けたり、借入をしてまで資金調達を要求してはならないという禁止規定を設けることは考えられないでしょうか?

実際「売掛金」は借入ですから不当勧誘防止法の②の禁止事項に似ています。また、利用客に買春を促したりしている行為は利用客の生活維持に配慮をしているとは思えません。
(なお、売掛金については自主的に規制する動きが出ていることは前回の記事に追記しました)

また、不当勧誘防止法の中にも恋愛を利用した勧誘について触れた条文があることから、この法律はホストについてもある程度関係があるようにも思えます。


しかし、ホストと旧統一教会で決定的に違うところがあります。

それは「寄付」であるかどうかということです。

旧統一教会問題で成立した新法を私は「不当勧誘防止法」と略していますが正式名称は「法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律」です。

つまり、これは寄付に関する法律なのです。

そして禁止規定ができた背景について、消費者庁の逐条解説によると、「寄附を受ける者は対価なく財産を取得する一方、寄附をする者は一方的に財産を失うものであることを前提として、寄附を受ける者がその経済的利益の追求に過度に走」ることを防ぐことを目的としています。

つまり、売買のように双方が何かを提供する一般的な契約とは違って、寄付は一方的な行為ですから、受けとる側は何も失うものがないので際限なく要求でき、利益の追求、寄付者の貧困を招くことが考えられます。

この寄付という行為の性質、危険性が不当勧誘防止法の規定の正当化根拠になっているわけです。

一方でホストの営業は寄付ではありません。あくまでも飲食や接客の対価としての料金です。

我々の感覚からすると飲食や接客がどれだけ良くても何百万もする価値があるようには思えませんし、むしろ推しのための寄付、献金とみなすべきなのではないかと思うこともありますが、一応対価という扱いなのでしょう。

何かを買うための借金を促すということは例えば住宅ローンなどでは普通の話ですし、寄付以外の全ての契約に適応することはあまり現実的ではありません。

そうだとすると、ホストの営業と寄付との違いというものを考えないと、不当勧誘防止法と同じ理屈はホストについては使えないことになりそうです。

3 風営法による規制は、、、?

すみません。ここまで読んでくださった方には申し訳ないのですが、ここにきて自分は見当違いの方向に進んでいるのではないかという気がしてきたので一応書いておきます。

というのもホストクラブは風営法の規制を受けるものなので、風営法の枠組みで考えるのが普通なんじゃないかという気がしてきたからです。

風営法では「風俗営業の健全化」が法律の目的として掲げられています。

その名目のもと風俗店には、営業時間の規制、客引きの禁止、といった他の普通の飲食店より厳しい制限が課せられています。

その延長として、お金のない若い女性に何百万も貢がせる行為についても「健全ではない」として規制をかけていくことは考えられないのか。

風営法のいう「健全」とは何かという議論の中で今回の問題を考えた方が良いのではないか。

うーん。消費者契約法という共通点があったので旧統一教会問題との比較を行いましたが、もしかしたら枠組みを間違えたかもしれない、、、?要検討。



次は第3段。少し法律の議論から離れた視点からこの問題を考えます。

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