ジャニー氏性加害疑惑と報道〜なぜ日本のマスコミはBBCに負けたのか〜

BBCの報道をきっかけにジャニー喜多川氏の性加害疑惑が話題になっています。

特に大手報道機関の消極的姿勢が批判する声をよく目にします。

消極的姿勢の理由として「ジャニーズ事務所に楯突くとタレントを使わせてもらえなくなるから報道しなかったんじゃないか」といった疑惑が多く言われます。

ちょっと疑惑が多くて何が事実なのかわからないので少し整理していきます。

1 そもそも性加害は事実なのか?


まず、ジャニー氏の性加害があったことは残念ながら事実なのではないかというのが自分の考えです。
理由は裁判の判決で認定がされているからです。2002年5月の東京高裁の判決で裁判所はジャニー氏の性加害を事実として認定しました。

http://www.midori-lo.com/column_lawyer_138.html

裁判では証言の信用性を厳密に審査した上で事実かどうか判断します。もちろん裁判も絶対ではありませんが、事実認定のプロによる認定なのでこの国で一番信用できる判断です。

だから、自分は司法による判断が出ているということを踏まえて、ジャニー氏の性加害は事実であったと考えざるを得ないと思っています。

2 なぜ報道できなかったのか

ではなぜ今まで報道がされなかったのか。

よく耳にするのが冒頭でも述べたマスコミとジャニーズ事務所との癒着です。

ただ、これには自分が知る限り、事実と言えるまでの根拠が見当たらないのが現状です。もしかしたら報道機関がジャニーズ事務所に忖度して報道しなかったのが事実かもしれませんが自分はこの点については懐疑的です。

理由は3つ

・ジャニーズ事務所との癒着は民放テレビ局くらいのもので新聞社やNHKがそこまでの忖度をする理由がない
・社内でエンタメ部門と報道部門が分かれていることが多く、部門の間でそこまで牽制があるのか
・大物の不祥事を暴きたいというのが報道機関の基本的心理。他社が書いていなければなおさら。こんな大手柄を上げるチャンスを簡単に手放すのか。

完全に私の憶測です。もしかしたらジャニーズ事務所に対して本当にそういう忖度があったのかもしれない。

でもむしろ、「事実かどうか分からない」という理由が大きいんじゃないかと思ってはいます。
仮に私が報道する立場だったらむしろそこが怖いです。

被害者の告発があったからといってすぐに事実として認定はできません。あれだけ影響力のある人物ですから誰かの恨みを買っていたとしても不思議ではありませんし、ジャニー氏を陥れるためのでっち上げということもありえない訳ではないです。

本当はそんなこと考えたくないですが、仮に事実でなかったとしたらジャニー氏の人生を破壊することになってしまいます。だから慎重さを求めなければならないのは心苦しいですがしょうがないです。

(※強調したいのは今回会見した元Jr.の方がそうだとは言っていません。そういう可能性も常に頭に入れるのが報道というものだと思っています)

報道機関として、本当かどうか分からない話で他人の名誉を著しく傷つけるべきかはかなり迷わなければなりません。

証拠がその人の証言しかない中で、記事として世の中に出すのは相当難しいです。
週刊誌ならいいかもしれませんが大手マスコミだったら報道を見送ることもあるかもしれません。

これは「勇気」とか「正義」とかの問題ではないです。
事実かどうか分からない話を正義感や勇気という判断基準で世の中に出してはいけません。取り返しのつかないことが起こり得ます。

しかし、被害を見て見ぬふりをすることはできません。

報道機関がどうするべきか、自分なりに考えたことは次節に書きます。

3 報道は裁判所の技術を盗め

まず端的に裁判の報道をもっと大々的にするべきです。

裁判はニュースの中で扱いが薄いなというのが情報の受け手としての私の印象です。実際に報道機関で働いていた時も裁判の取材にはあまり力を入れられていなかった記憶があります。

しかし、裁判所は事実認定のプロです。申し訳ないですがマスコミより相当訓練されています。

だから裁判所で認定された事実なら確証を持って出すべきですし、そこを起点に社会的議論を展開するべきです。

今回も2002年の判決が出た段階であれば大々的に報道することは可能だったと思います。

今回の件はある種マスコミの失敗だというのが世間の見方に思えます。
完全にBBCに負けたというのが世間の評価でしょう。
もしこれを失敗とするならば、その原因は報道機関が裁判報道にあまり力を入れていないことにあると私は考えています。

BBCの当事者の声を拾う力は確かに素晴らしいです。
しかし、BBCといえども真偽不明の疑惑のためにわざわざ異国の地で地道な当事者取材をしたとは思えません。ある程度確かであるという確信がなければ、放送する勇気なんてないのではないでしょうか?

裁判所が性加害の事実を認めたということが彼らの背中を強く押したのではないかと私は推測しています。
取材の軸足はこの裁判にあったことが彼らの記事から読み取れます。

「足を使った地道な取材力」「取材先と信頼関係を築く力」といった能力ももちろん優れているのでしょうが、その前提に信頼できる情報を見抜くリサーチ力というものがありそうです。
裁判の資料なんて苦労せずに手に入ります。裁判は公開されるのが原則ですから。
手に入る情報を吟味した上で狙いを定めて当事者に当たるという能力が実は大事なんじゃないかと思っています。

報道機関の皆さんにはもっと裁判をちゃんと取材してほしいです。国民が知るべき内容はかなり裁判の中に現れていると思います。


とは言っても裁判になっていないことを報じることもあるでしょう。

そして特にこういう被害者の証言しか材料がない場合、信じるべきか迷うと思います。

そういう時は裁判所の技術を学んで取材に生かすべきだと思います。

これは知人の弁護士に聞いた話なのですが、性犯罪など当事者の証言しか証拠がない中で事実認定をしなければならないことは裁判でもあるようです。
そういう時は証言の信用性が争点になりますが、当事者の証言の信用性を判断する方法はある程度類型化されているようです。

今回の場合は証言の内容の具体性が一致しているということが判決において重要だったようです。

どのように事実を認定していくのかということは裁判所が相当なノウハウを持っています。
それを報道機関が技術として学ぶことで、より思い切った報道ができるようになるのではないかと思います。


司法というものに対する敬意の不足。
これがマスコミの敗因だというのが現段階での私の推測です。

仮説の域は出ないので鵜呑みはしないようにお願いします。


(4/17追記)

民放と新聞社は違うということで考えましたが、読売と日テレのように関連会社ではあるってことは忘れてました。
関連会社同士でどこまで意思の疎通があるのかはちょっとわからないです。

NHKもタレントを使わせてもらってるというのはありますが、収入は受信料なので民放ほどジャニーズにペコペコしなきゃいけないのかというところには疑問あります。

通信社は経営母体とかその辺の仕組みよく知らないのでごめんなさいわかんないです。

もし本当に原因追求するべきなら、報道機関内部で当時の担当者に話聞くとかはありですね。人事の記録くらい残ってるはずなので。
社内で調査チーム立ち上げるくらいのことをしてもいいかも知れません。




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