見出し画像

あの頃、出会い 後編         ~艶楽の徒然なる儘 第十話

 丁稚奉公先の紺屋が、火事で焼け落ち、とおのあっしは、行くところがなくなった。その晩から、艶楽師匠の家に、ご厄介になっていた。

 長屋の作りだが、新しい設えで、小奇麗な部屋だった。

「そうさねえ、ここも実はさ、先頃、もらい火食らってね、火元が、この裏の、大店の物置でね。店の方は大丈夫だったからね、その店が立て直してくれたんだよ。まあ、留守中のことで、不幸中の大幸いだねえ。ふふふ、持ち物は、全部、失ったけど、世話してくださる方がいてね・・・まあ、良かったんだけどねぇ・・・しかし、火事は嫌だねえ、気を付けないね・・・」

 墨の匂いがする。藍と似ている気がするが、違うものだと感じていたことを、今になっても、覚えてる。
 その時、あっしはまだ、艶楽師匠の生業も知らなかった。それでも、部屋の様子で、何かを書いていることは解った。

「あのう・・・」
「ん?なんだい?・・・ああ、買ってきた、井筒屋の団子、食べようかね」
「えっとお・・・おいらは、家に帰されちまうんですか?」
「ああ、そんな話もあったみたいだけど・・・あああ、いいよ、そんな、慌てて、お茶入れしなくても、ゆっくりしときな」
「あ、いえ、やります。やらせてください」

 せめて、できることしなくちゃと、あっしは思って。
 竈の薬缶に水を入れて、火つけ石で火を付けた。

「大丈夫だよ、ケンさん、帰りたくなきゃ、ここにいればいいよ」
「でも・・・」
「明日は、・・・そうだねえ、真菰座の新作が始まったって聞いたから、観に行ってみるかい?」

 あ、それって、この城下に来た日に行った芝居小屋だ。
 あの日、楽しかったことを思い出した。

「は、はいっ」

 返事をした後に、紺屋の人たちのことや、家に戻されることが、心を過った。あっしは、楽しんでいていいのか、と子ども心に思った。

 我ながら、あっし、真面目なんですわ。

 ・・・って、自分でいう馬鹿がいるか、このスットコドッコイ・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 翌日、師匠に連れられて、城下一賑やかな所へ、また、出掛けることになった。真菰座の看板は、やっぱり、とても、高く、大きいと思った。

 木戸銭を払って、中に入ると、御座がある。履物を脱いで、今日は、師匠がさっと、前の方の席をとってくれて、伯父さんと見た時よりも、舞台と近くなった。前回と、違う題目で、とても、面白かった。 

 芝居が終わると、あっしと同じぐらいの年格好の女の子が、タッタと走り出てきて、お客の使った湯呑を集め始めた。周りの大人に混じって、片づけをしている。

「あ・・・」
「ん、どうしたんだい? あー、可愛い子だねえ」

 いや、そういうことじゃなくて、

「呼んで、あげようか?・・・ねえ」

 艶楽師匠は、その女の子に声を掛け、手招きして、呼び寄せた。 
 その子は、お盆を置いて、こちらに来て、艶楽師匠に頭を下げた。

「なんでございましょ?」
「ああ、別に、用はないんだけどね」

 その子は、あっしの方を見て、もう一度、頭を下げた。

「今日は、お芝居、見てくだすって、ありがとうございます」
「あ、はい、こちらこそ、ありがとうございます」

 あっしは、つい、同じように返してしまった。
 艶楽師匠は、それを見て、笑った。すると、その子も笑った。

「えらいんだねえ。仕事してるのかい?」
「はい」
「これ、終わったら、お食べ」
「あ、ありがとうございます。でも、これって」
「なんだい?」
「役者への土産ではなかったのですか?」
「ううん、違うよ。また、買うからね。大丈夫」

 師匠は、芝居を見る前に買った、井筒屋の団子の包みを、その子に渡した。

「役者じゃないのに、頂いて、すみません」
「いいんだよ。あんたにあげたかったからね。すみませんじゃなくってさ」
「あ・・・ありがとうございます」
「そうだねえ、その方がいいねえ」

 師匠は、その後、あっしのことを見た。

「えっと・・・」
「何か、話したかったんじゃないのかい?ケンさん」
「あ、えーと・・・」

 その時、咄嗟に思ったことを言ってしまった。

「あの、ここで、働かせてください。こういう片付けとか、お茶出しとか・・・」

 その子が、びっくりした顔をしたその時、奥の暖簾を押して、恰幅の良い、中年の男が出てきた。

「ああ、艶楽さん、来てくれたんだね」
「御無沙汰してました、座長」
「ありゃ?ちょっと、見ねえうちに、こんな大きな子が?」
「うふふふ、・・・預かってるんですよ」
「ほお」
「こないだ、紺屋が焼けたでしょ。あそこの小僧さん。行く所がなくなったから、うちで面倒見ることになったんですよ」
「それは、奇特な。艶楽さんが、そんなことするとは」
「あらあ、しますよ。した方がいい時は、するんですよ」
「ところで、ちょっと、うちの綾に、何か、言っとったようだが」

 あ、座長さんって、この人、ここの一番偉い人。そうか、この人に頼めばいいんだ。

「あの、おいら、帳研市とばりけんいちといいます。北睦きたむつから来ました。さっきの話通り、紺屋が焼けて、奉公先もなくなって。何か、仕事をさせてもらえないかなと思って。片付けでも、お茶出しでも、何でもします」
「急だな、それは。うーん、片づけもお茶出しも、手が足りてるんだ。役者の家族が、こういう、芝居以外の仕事をしてるもんでね」

 ああ、そうかあ。あの綾って子がやってるのなら、あっしでもできるなあと、あの時、咄嗟に、そう、思ったんだけど。・・・残念だな。

「ああ、だったら、ねえ、座長、見ておくれな。この子の手、指・・・紺屋が焼けてよかったんだよ」
「ん?・・・どういうことだい、そりゃ、艶楽さん」
「綺麗でしょ?ほら、この子の手と指先」
「ああ、まあ、確かに・・・」
「今から仕込んで、役者にでも、いいんじゃないか、とか思ってね」
「なるほど・・・」

 すると、座長は、あっしの両肩に両手を添えてきた。

「喋って御覧」
「あ、はい。えーと、何を」

「はい、ケンさん、あたしのことを、おっかさんだと思うんだよ」

 え?・・・艶楽師匠、急に、何、言ってるんですかい?

「ほら、それで、あたしの言う台詞を、感じ出して、言って御覧な・・・おっかさん、はい」

 あ、そういうことか。

「あ、はい、・・・おっかさん、
あっしは、これから、城下に出て、一世一代の花形役者になってみせますから、心配しないで、待ってておくんなせぇ
「えっとぉ・・・おっかさん、あっしは、これから、城下に出て、・・・立派な役者になってみせますから、安心して、いてください」

 腕組みをしていた、座長さんが、難しい顔して、あっしのことを見てる。

「いいじゃないか・・・どうだい?真菰の座長。この子、うろ覚えでも、ちゃんと、台詞、意味合わせして、賢いねえ」

 座長の顔を覗き込んで、小首を傾げる師匠。
 その時もそうだったが、師匠は、男と話す時、こういう感じのことをするのを、よく見る。

「要は、つまりは、艶楽さん・・・」
「うーん、そうなのよ、うふふ」
「この子を役者にしてえということかい?」
「うん、そうそう。丁稚奉公先も、火事でなくなっちまったしねえ・・・」
「うーむ・・・」

 座長さんは、あっしの回りをゆっくり回りながら、頭の先から、足の先まで、見回していた。

「で、どうなんだい?ケン、お前は、やる気があんのかい?」

 えっとお・・・
 
 この時の、あっしは、あの綾って子みたいな仕事ができそうだと思ってたんだけど・・・

「ケンさん、もう一回、さっきの台詞、言ってみな」

 師匠、おいら、それで、いいんですかね、紺屋の職人じゃなくても・・・

花形役者ってね、そこのところは、ごまかさないで、言うんだよ、はい」

 えっとぉ・・・

 戸惑ってると、師匠は、あっしの顔を、両の手で挟んで、自分の方に向けて、追い打ちをかけるように言った。

「こっち見て、大きな声で、しっかり、言うんだよ、はいっ」

「は、はいっ。・・・おっかさん、あっしは、・・・火事で、紺屋の職人にはなれねえが・・・芝居は、こっちに来た、その日に、伯父さんに連れてこられて、とても、気に入ってて、おいらは、花形役者、っていうのに、なれるか、わかんないけど、なりますから、その時は、見にきて、おくんなせぇ・・・」

 師匠が、座長さんに目配せをしているのが、解った。
 自分でも、あんまり、上手くねえのは解ったが、気持ちは言った心算だったんだが・・・

「声は、思ったより、出るみたいだな、ひょろっこいなあ、ケン・・・研市だっけか?」

 なんか、駄目かもしんないな・・・

 と思った、その時、師匠は、座長に擦り寄った。
 あんなに、猫みたいに、女が男に甘えて、子どもながら、半分、色仕掛けなんじゃねえか、とか、思ったぐらいだったんだが・・・

「ねえ、研之丞っていうのは、どうだい?役者っぽくて、いいじゃあないか、ねえっ」

 取り縋るように、師匠は、座長さんの胸元に手を当てた。
 あっとは、ちょっと、目を反らした。

「・・・艶楽さん、あんた・・・」
「観たいのよ、この子、いい男になりそうだからさ、紺屋で、この綺麗な指先、青くしたくなかったんだよねえ・・・」
「うーん・・・」
「ねえ、いいじゃあないかあ、まずは、やらせてみて、もし、だめなら、あたしんとこに突っ返してもらえばね、いいからさあ」
「そうだ、ならば、艶楽さん・・・あの、人情本の台本の話」

 パッと、その時、師匠は、座長さんから離れた。
 それこそ、芝居のようにみえた。

「あ、ああ、いいよ、解った」
「半額で」
「・・・んーっ、解った、解ったよ、いい本にして差し上げますから・・・はあ、よかったねえ、ケンさん、話が決まったよ、アンタ、今日から、ここの役者見習いだよ」

 あっしが、大人のやり取りを、ぽかんと口を開けてみている間に、何やら、話が纏まったみたいだった・・・んだが。

「じゃあ、お前さんは、今日から、研之丞だ。この真菰座の、新しい役者見習いだ」
「は、はいっ・・・あ、ありがとうございますっ」

 あっしは、すかさず、頭を下げた。なんだか、よく分からない内に、話が纏まってしまった。でも、何か、あっしは、この時、段々、胸が、どくんどくんとなってきて、不思議と、やれる気がしてきた。

「はぁ、これで決まりだねぇ、ケンさん、あーあー、良かったねえ」

 艶楽師匠が、満面の笑みで、あっしの頭を撫でてくれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「どうしたんだい?ケンさん」

 はっと、気を取り戻す。

「まぁね、今やまあ、真菰座の花形役者、なんだからね。本気で泣くことない舞台で、涙流すとか、巷では噂になってるぐらいでさあ・・・、まあ、ほんとに、よかったねえ」

 ちょっと、笑けてきた。もう、大丈夫かなと思ったのに、また、涙が出てきちまって、泣き笑いになった。

「馬鹿だねえ・・・ケンさんは、何かあると、すぐ、そうやって、泣くんだからねえ」
「ちょっと、昔のこと、思い出しちまって・・・すいません」
「もう、そろそろ、おっかさん、呼んでおやりよ」

 師匠は、あっしの顔に手拭てぬぐいを宛がった。
 それは、見覚えがある。あの後、建て直していた、あの店の、藍染に作ってもらった手拭だった。

 あっしは、それを受け取って、大きく頷いた。
 師匠は、満面の笑みで、あっしのおでこを小突いた。

 季節が巡って、もう少し暑くなって、北睦から雪が消え、出やすくなったら、おっかさんに来てもらおう。
 美味い、井筒屋の団子を、食べさせてやろう。手紙だけで知らせてた、嫁さんになった、可愛いお雪にも会って貰って・・・。

 それと、勿論、お世話になった、艶楽師匠にも、会って貰うんだ。

 その為に、とにかく、今は、芝居の稽古を、しっかりやろう。
 あっしは、そう、心に決めて「真菰屋 帳研之丞」と刻まれた、その藍染の手拭を握りしめた。

                               ~結~


みとぎやの小説 「あの頃、出会い」後編 ~艶楽の徒然なる儘

艶楽師匠、新年になって、戻ってまいりました。今年の小説、1作目です。
お読み頂きまして、ありがとうございます。
今回は、艶楽師匠と、研之丞の出会いでした。
この連載は、不定期なのですが、先日、マガジンフォローをしてくださった方がいらして、本当に、ありがとうございます。嬉しいばかりです。

確かに、みとぎやの小説、色々な形のお話が出揃ってきました。
先日、知り合いにnoteに来てもらった所、沢山の色々な話、というようなことを言われました。
読んでくださる方、スキ💜をしてくださる方の傾向が、それぞれ、あるのだなあとも、最近は思います。
色々なお話を、今後も描いていけたらな、と思っております。
今年は、イラストも含めて、そんな意味でも研鑽の年となると思います。
顔晴って(頑張って)行きたいと思います。よろしくお願い致します。
このお話の前編は、こちらになります。
よかったら、ご一読をオススメです。



この記事が参加している募集

スキしてみて

日本史がすき

更に、創作の幅を広げていく為に、ご支援いただけましたら、嬉しいです😊✨ 頂いたお金は、スキルアップの勉強の為に使わせて頂きます。 よろしくお願い致します😊✨