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籠の鳥 A:朝


 うーん・・・。

 最近、多い。こういう感覚。家に居ても、なんか、慣れない感じ、起きて、天井見上げて、それで、あああ、そうだった。ここ、家だった、ってね。うーん・・・。

 って、違うよね・・・あれ?・・・ここ、どこ?

「おはよう、・・・ございます」

 え、ええと、あああ、そうだった、そうだったんだ、よね。
 来た、来た。あああ、解った。解りましたってば。

「・・・」

 なんか、笑ってる。この感じは、よく見てきた。でも、この一連の感じは・・・今朝が初めてだよね。・・・ああ、近い。もう、近すぎる。

💖


 何やかや、色々、言ってたけど・・・。何が、ダメなんだか。あれがダメ、これがダメ・・・、最初は、本当に難しいと思っていた。当たり前に、そうだと。でも、口で言ってるのは、全部、本人とは関係のない理由だということが解って、・・・意地悪だったかもしれないけど、全部、言わせてみた。ずっと、聞いてやれば、きっと、もうネタが尽きるに決まってる、と踏んだ。俺にしては、この瀬戸際で、随分、留まった。動けなくなるのは、いつもだし、そうなってしまうのは、習い性なぐらいに・・・つまりは、とんでもない臆病者(チキン)だってことだけど・・・。

 でも、昨日は違った。確信があって、留まった。聞いてやればいい。気づいた。同じ所に向かって行ってるのが解った。彼女は、話しながら、水が重力に従って、零れるように、こっちに向かって、ゆっくりと、流れてくる感じだった。なんだか、本当に、気恥ずかしいが、それは、思った通り、望んでいた通りになった。

「それ、なんで、ダメなのかな?」
「うーん、だから」
「理由になってないと思うんだけど・・・な」

 彼女は大きく頭を振る。何度、そんな必死な顔つきで、何度、同じ仕草をするんだろう。まだ、するのか・・・?でも、その度に、顔つきが変わっていった。段々、目が潤んできて、溢さずに堪えていて、その後は、それが堰を切って、溢れだした。

「そんなに泣くの、・・・つまりは、嫌だってこと?」

 また、大きく頭を振った。結局、これ、儀式みたいの、だったんじゃないのか?

 ここで泣いちゃ、ダメなんじゃないの?その理屈じゃあ。

「誰かが見てたら、どうするの?」

 そうだよね。
 顔を隠せば、大丈夫なんだから、
 
 ・・・思わず、初めて、触れた。抱き締めてやった。

💖💓


「・・・」
「また、潜ったな」
「うーん・・・」
「ふふふ、まあ、解ったから、いいや」
「えー、何?」
「さあ・・・っていうか、つまりはさ、納得させるまで、段取りが要るんだよな」
「えーと・・・また・・・」
「またって?・・・そんな、もう一回、始めっから、押し問答する気?」

 こんな人だったっけ?すごい、自信あり気に見えるんだけど。

 ・・・こういうの、何回か、見てきたよね。男の人が変わる瞬間だ。

 こないだまで、普通に、そこら辺、歩いていて、たまに会って、何らかの絡みはあったけど、付加価値が付く時が訪れて・・・ほら、ゲームのあれみたい。なんだろう、視界が狭まって、ロックオンされていく。ギュウって、視点の円が狭まってきて、真ん中に、えーと、つまりは標的にされて。

 ―――気づいたら、見降ろされて、近づかれて、こっちの視界は奪われて、まるで本当に、取り込まれちゃうんじゃないか、っていうような・・・もう、思うに、・・・あああ、ダメだ。・・・やっぱ、同じかぁ・・・、ううん、違うよ。その実、その度、全然、違うんだけど・・・。

 何を考えてるのか、我ながら・・・

 ダメなんだけど、少なくとも『ダメ』を『何か』が越えたには違いないんだけど・・・。

💖💓💓

 昨日の夜が嘘みたいな、見たことのある、リアクションだけど、もう、そうじゃないでしょうが。ねえ?・・・ほら、証拠が、あちこちにあるじゃない・・・「既成事実」という言葉が、なんとなく浮かんだ。きっと、今、俺は、ここ何年か、いや十年間ぐらいの間で、一番、悪い顔をしてるかもしれない。いつものような、勘違いじゃないんだ。だって、ここに、貴女がいる。

 もっと、色々と難しくて、厳しいのものかと、考えていたし、現実的に不可能と感じていた。ずっとしていた、敗北宣言。背中を向けてきた筈のことに、スイッチが入った。自分じゃないみたいだった。もしかしたら、また、超勘違いだ。今だって、そんな感じだ。ダメだ、調子に乗る。

 見ていたいのだが、ついぞ、顔を背ける。酷い顔してるに違いない。だらしない。こういうのが、脂下がるっていうんだろうな・・・。

 ・・・でも、こんなこと、次って、続きって、あるのだろうか・・・
 
 あああ、それも考えてしまう・・・、

 もう、いいんじゃないか?・・・それとも、違うんだろうか?

💖💓💓💓


 ちょっと、助かる。また、繰り出されちゃうのかと、てっきり思ったから、今一つ、覚醒がまだ利いてないし・・・。言い訳じゃないよ。本当だから。

「今度、昨日話してた、魚屋の直営店、行こうか」

 今、それ?

 にしても、・・・あああ、いわゆる、そういう顔、「いい顔」っていうのかな?ちょっと、距離取ってくれてるんだけど、退きで見られてる。最初、嘘でしょう、と思ったけど、やっぱり、そうだったんだね。・・・今となっては、解ったんだけど、たまに、そうやって、見られてたんだよね。質問よりも、それが気になる。っていうか、今、かなり、無遠慮に、それ、してるのよね。・・・この人の癖だ。こういう風にされてる、って、意識したことがなかった。何がいいんだろう?・・・そんな感じ、ずっとしてたのに、今さっき、気づいた所で・・・。

「また、やってる。首を横に振られる度に、ガッカリさせられちゃってたけど、今は、違うよ。質問に対して、嫌々してるんじゃないの、解るから」
「え?・・・あ、ごめんなさい」
「いいよ、癖なんでしょ。一応、一回、ダメ、ってするの、ふふ」

 うわあ、余裕の鼻で笑う、ってやつ・・・これ、似合う人と、そうでない人がいる。どっちかっていうと、・・・ごめんね、あんまりかな・・・。

「行こう。今度」

 顔が近づいてきた。今、それなの?なんか、本当に、段取り、下手くそかも・・・。

「ね?」

 まあ、いいけど・・・

「・・・うん」
「・・・あ、そうか。良かった。うん・・・」

 来た、来た。あったかい。やだやだ、馴染み始めてる。相手の動きを互いに遮らないで、添って行けるの・・・

 不安は、不安なんだよね。何人かの過去が浮かんで、比較するわけじゃないけど、少し、心許ない。だから、ダメを繰り返してた。多分、理解してはくれていると思うけど。

 これは、高い要求だと思う。セキュリティの提示。過去の恋人から教わった、初期設定ともいうべき約束。いつも、相手から提示されて、それで納得できるなら・・・という確認をし合う。これは、業務的かと思いきや、大事にして、続けていきたいから、取り決めをした、ということが、今なら解る。つまりは、無駄に、自分の感情だけで、相手を振り回さないことルール。・・・言われなくても、そんなことルール、当たり前だと思って来たから。

 あの時は、若かったから、それが理解できる器か、はっきり、こちらが確認されたと思う。相手にとって、足引きになる存在にはなりたくない、その価値観は間違ってなかったんだな。・・・それなら、充分、覚悟はできてる。相応のわきまえ―――これは、相手にも大きな価値になったと、今なら解る。でも、気持ちが上がれば、この枠を護ることが、却って、難しくなる。それも知っている。・・・禁を破りかけたのは、お相手の方だったから。結局は、良い形で離れていくことになったけど・・・。

 うーん、まだ、こんなことしてるんだねえ。とか、思っていたりって、なんか、この期に及んで、こんなの、冷静すぎるかなあ・・・。

💖💓💓💓💓


 やった。

 単純だけど、次の約束を取り付けた。・・・だけじゃなくて、まだ、時間はある。入り口に手をかけたばかりな気がする。なんとか、繋ぎ止めたような・・・って、そんな謙遜する程でもなかった筈だぞ・・・。

 朝の光は、そんなことも忘れるぐらいに、爽やかにリセットかけてくるのか?

「コーヒーもいいけど、その前に・・・」

 あ、また、そんなに、困った顔しないでよ・・・

 まあ、でも、もう、いいよ。存分にすれば・・・

 その実、ごめん・・・
 いくらでも、見たいぐらいだから・・・

 その困った顔・・・すごい、気に入って・・・

                       ~B:部屋 につづく~


みとぎやの小説・ラベイユプチ連載中 籠の鳥 A:朝

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 ラベイユで「朝」ですからね。「夜」を超えているわけです。
 そこからのお話です。
 まったく、何、もちょもちょしてるんでしょうか?この二人は。
 二人の関係性は、読んでいて、勘の良い方は解ると思います。
 なんといっても、タイトルは《籠の鳥》。
 お話ですからね、楽しんで頂ければと思います。
 
 実際には踏み出せなかった所を、ラベイユの魔法が背中を押したら?
 今まで、お伝えしなかったのですが「ラベイユ」のお話には「if」を含んでいるものがあるのです。「if」は夢で、ファンタジーです。

 こんな感じの恋愛のお話が集まっているマガジン「ラベイユ」はこちらです。宜しかったら、お立ち寄りください。


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