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実践とリスク管理          ~その手をとって 第三話

 所在ない。どうしたら、いいかな。結構、長めの髪。あれが濡れると、・・・うーん。頭の中に、まばらに、想像が点在し始める。湯の音がする。不思議な感じだ。一人が長いというのは、そういうことなんだろうな、とか思ってみたりする。

 上がって来たら、何か、飲みたくなるかな。湯上りに自分が飲んだのは水だが、聞いてみれば、いいか・・・ああっ、着替えだ。そうだ。何か、なかったか・・・?ああ、新品のスウェットの上下はどうか?下着なんて、あるわけないから、それはまあ、彼女の範疇として・・・。慌てて、寝室の押し入れを見る。あった。グレーのスウェット。何となく、御揃いみたいになるが、まあ、いいか。新しいというのが、大事だからな。

 えーと、脱衣所の扉、開けても大丈夫か?そっと開けてみる。湯の音が大きくなった。

「すみません。洗濯機の上に、スウェット、置いときますから、使ってください」
「・・・はい?」
「着替え、置いときますんで」
「ああ、すみません。お借りします。助かります」

 変だが、確かに、彼女がいるんだ、と思ってしまった。嘘みたいに感じているのは、どうかしているな。

 十分程、リビングで、所在なく過ごす。音楽をかけながら、新聞を見ることにした。なんとなく、これが、夫婦だったら、よくある風景だろうな。そして、テレビがついているのが、定番かもしれないな。

「ありがとうございました」

 リビングの扉が空いて、声が同時にした。そちらを見ずに、返事する。

「あったまりましたか?」
「はい、気持ちのいい、お風呂でした。ありがとうございました」

 掃除しておいて良かった。・・・ああ。

「うふふ、いいですか?こちらにかけても」

 つい、見てしまった。化粧は薄いのか。あまり、印象が変わっていない。タオルを頭に撒いている。いかにも、という感じだった。

「すみません。すっかり、リラックスの舞台裏です。うふふ」
「ああ、リラックス・・・なら、良かったです・・・あ、お水、飲みますか?」

 グラスを出し、ペットボトルを冷蔵庫から出して。

「ありがとうございます・・・ああ、美味しい」

 美味しそうにグラスを煽る。居酒屋の時より、いい感じだ。それに、なんか、私服の時より、小さく見える。男物のスウェットの所為なんだろうな。

「はあ、落ち着きました。ダメですね。さっきは、冷えちゃったみたいで」
「まあ、あったまったなら、良かったです」
「目が覚めちゃいましたね・・・」

 立ち上がって、窓の方に行く。

「わあ、積もってますね。無理しなくて、良かったです」
「ああ、本当ですね」

 覗き込むと、その通りだった。

「先程は、すみません。ベッド奪ってしまったみたいで」
「ああ、いいえ、少し休めたのかな?」

 奪って、って、そんな言い方するかな?

「あの時、瞬間、深く寝たみたい。ふっと目覚めたら、急に寒く感じられて」

 すると、頭に巻いたタオルを外した。濡れた髪が現れた。ゆっくりと、それで髪を拭き始めた。

「ああ、ドライヤーありますよ」
「もう少し、タオルドライして、仕上げだけ、お借りします」

 そういうものなのか。なるほど。・・・って、まあ、あまり、見てはいけない気もする。チラリと見ると、彼女の視線は、宙を見ていた。何を見てるわけでもない感じだ。

「あの・・・」

 なんとなく、聞いてみたくなった。

「今日、泣いてらしたのは、・・・ああ、嫌だったら、いいですよ」
「ああ、ごめんなさい。急にね、昔のこと、思い出してしまって」
「昔のこと?」
「主人とね、来たことあるお店で、メニューもね、知ってて・・・なんて、言うのは、失礼かなと、あの場では思ってて、黙ってたら、なんか、ふと、きてしまって・・・」
「ああ、そうだったんですか」
「ごめんなさい、びっくりしたでしょう。急に泣きだして・・・本当、言うと、穂村さんのね、オーダーが主人そっくりだったから、なんとなくね、懐かしいやら、不思議な感じで」
「・・・ああ、そうかあ。なんか、すみません」
「ううん、謝ることなんてないですよ、おかしかったのは、私の方だから」

 じゃあ、違ったのか。男のことじゃなくて、亡くなったご主人との想い出絡み、ってとこか・・・まあ、他の男には違いないか。想像した件とは違ったんだな。それは良かったが。

「ごめんなさい、本当に、お騒がせしました。ちょっと、疲れていたみたいで」
「そうだったんですね。こんな時にお誘いして、すみませんでした」
「ううん、それは、大丈夫です。なんか、スッキリしました。実は・・・」

 あ、何か、言おうとしてるな・・・

「はい」
「穂村さん、何か、ご存知なのかなと思って」
「何をですか?」
「・・・社内の方のこと、何か、聞いてますか?」
「何か、って、どういった・・・?」

 あ、やっぱり、男関係の噂とか、そういうことかな?

「どういうことでしょうか?」
「まあ・・・ちょっと、最近、お誘いが多くて、どれも、お断りしていて」
「はあ・・・」

 え?どれもお断りって、・・・ということは、今日はお断りしなかったってことですね。やはり、そうなのか、穂村さんは安パイだっていうやつ・・・ってこと?

 それとも・・・?・・・聞いてみるか。

「お誘いって?」
「あること、ないこと、言われてるんじゃないかと思って」
「どういうことですか?」
「・・・なんかね、最近、給湯室に行くのが怖くて」

 あああ、若い子たちだな。渡会が言ってた。あれの吊し上げになるのは、かなり、辛いからなあ。俺も一時期、よく解らない理由で、色々と言いがかりつけられたけど・・・御大の子が転勤して、噂は立ち消え。まあ、根拠がないんだ。当たり前で。

 その、まだ、やってるのが、いるんだな。

「気にしないのが、一番ですよ。ああいうのは、集団心理で」
「・・・そうなんですよね。一人一人と話すと、普通なんですよね」
「じゃあ・・・」
「でもね、男関係みたいな風に言われるの、とても、嫌です」
「ああ、そうなんだ・・・そういうの、女性は好きですよね」
「私は、嫌いです」

 そうなんだ。解る気はする。彼女なら、人のこと、意地悪な顔して、言わない感じがする。

「っていうか、そういう人たちがいたとしても、別に無視というか、まあ、なんていうのか、あっても別に・・・人の事だし」
「・・・そう思われるのね、穂村さんは・・・」
「まあ、大人だから、あっても、不思議はないと・・・噂になるようなことを、要領よく、隠しながらしてる人、いるかもしれないですね、多分」
「こないだ、テレビで、そういうことを、リスク管理できればとか、恋愛の評論家みたいな方が仰ってたけど・・・」
「そう、それ、最近、そういう言い方するみたいですね」

 馬鹿でも、社内で、キスしたりとかしない、って、やつですよ。・・・まあ、そんなのも、噂になったりして、あれは下手打ったと、皆、思ってたろうな。その人達も、転勤でいなくなってるが。

「わざと、噂を流したりして、面白がるというのか、・・・なんか、色々と言われてるみたいで・・・、そんなことないのに、・・・お誘いが多くなって、最近。・・・理由が解りました」

 要は、噂だ。俺が聞いたのも、その一つだったってことか?・・・というか、火つけ役がいて、動かされてる・・・?

『いるんだろ?』

 まさかな、渡会まで?・・・俺も嵌められたか?・・・あの薬、多分、・・・効いてない気がするし・・・、やられたか・・・?

「それって?」
「なんか、・・・色々と職員の方に吹き込む方がいるみたいで。私が、寂しがってるとかって・・・」
「察しがつきました。やっぱり、若い子たちですね?あああ、酷いな」
「なんか、別に、普通に仕事をしてるだけで、仕事のことで話をしていても、色眼鏡で」

 『未亡人』って感じとか、そういうのかな。渡会も、そういう言い方してたもんな。

 そういう立場の女性が、皆、そう言われるわけではないだろうから。つまりは、その、貴女が、それなりに価値があるからなんじゃないかな?確かに、そういうことを言う奴の、浮ついた目線を感じたこともある。それは、・・・申し訳ないけど、俺の中にも理由があるから、そういうことに気づくんだろうけど。

 飲みの席で、何回か、端々で出ていたりする。冗談でも、なんとなく、評判というか、そういう感じで、皆が、卯月さんを褒める。すると、居合わせた若い子が囃し立てる。場合によっては、母親に近い齢になるんじゃないか。気に入らないのか、自分より、年上の女が、そんな風に話題になるのが。・・・仕事ができて、気が利いて、物腰や言い回しが柔らかく、女性らしくて、直接、話をする時に、受け取る側によっては、それに何か、付加価値がついて、感じられるのかもしれない。

『俺に、気があるんじゃないか?』

 そういう、勘違いなのもいたりする。・・・え?・・・じゃあ、俺もか?なんて。

 うーん、そういうことか・・・それで、ストレス、溜まってたのかもな。でも、多分ね、・・・要は、モテるんだ。

 今、何時だろう?

「コーヒー、もう一杯、淹れますか?身体が冷めないうちに」

 展開、運びやすくなってない?・・・こんなん、渡会だって、想像はつかなかったんじゃないか・・・、今、少し、くすぐったい感じがしてる。

 って、なんて、自分勝手なんだろうか・・・、彼女は憂いでいるのだから、慰めてあげないと・・・それからだな・・・って、結局、同じじゃないのか?

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 実践とリスク管理~その手をとって 第三話

 何やら、彼女の憂いの原因もわかり、少し、距離が近くなってきたりしていて・・・。さてさて、寒い夜、丁度、季節的に良いですね。わあ、来週は、バレンタインだったのね💜・・・展開はどうなりますか、お楽しみになさってください。

 このような恋愛小説系のお話は、こちらのマガジンに纒めてあります。
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