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守護の熱 第二章                   第二十八話 カレーライス

「さあ、着いたぞ、雅弥、ああ、暑くて、すまなかったなあ」

 雅弥の叔父、父親の弟の福耳晴彦は、東都の下町で「何でも屋」を営んでいた。事務所は、自宅にあった。

「こっちだ。来年度になったら、ここをお前に空ける予定で、あっちにな、増築中なんだが。今は、ここで働いてもらってる、若いのが二人な、一緒に寝泊まりしてる。まあ、そこに、今日から、お前も入ってもらう。うん。雅弥、お前なら、力仕事、あっちでやってきたから、きっと、仕事は熟せるだろうと思うんだ」

 その離れの建物に、福耳は、雅弥を連れていった。簡易に後からつけられたような、そのドアを、福耳は開けた。

「うぉーい、帰ったぞ」
「あ、おやっさん、お帰り・・・あ、」

 中から出てきた、タンクトップの若者は、福耳が車の中で言っていたように、雅弥とは年の頃は近い感じだった。

「ああ、義雄、こいつな、うちの甥っ子で、雅弥だ、今日から入るから、よろしく頼む」
「よろしくー」

 雅弥は、軽く会釈をした。

「おやっさん、・・・こいつ、何、やったの?」
「ああ、うん、何もやってない」
「うっそ」
「うーん、今、ちょっと、元気がないんだ、まあ、今は、そっとしておいてやってくれねえか」
「祐樹、新入りだって」
「ああ、おやっさん、帰って来たの、おかえり」
「ああ、祐樹も、そういうわけでさ、雅弥だ。よろしくな。多分、祐樹と同い年で、義雄は一つ上だから。雅弥、部屋に入って。ああ、朝飯は?」
「お母さんが、取ってあるって」
「お前たちは?」
「もう、食ったよ」
「あ、そうか、今日はなんだっけな・・・ちょっと、事務所に行ってくるから、雅弥を迎えてやってくれ、頼むぞ」
「へーい」
「今日の仕事の予定を見たら、朝飯な、一緒に食べような、雅弥。ちょっと、ここで休んでな」

 福耳は、その後、一頻り、義雄と祐樹という若者に声を掛けて、母屋の方へ小走りに向かった。

「じゃ、どうぞ、入って」

 義雄は、大きくドアを開けて、雅弥が中に招き入れようとした。雅弥はまた、小さく会釈をした。

「こんちわ、あ、おはようか」

 中に入ると、Tシャツに短パン姿の祐樹が、軽く頭を下げて、雅弥に挨拶をした。雅弥はまた、小さく頭を下げた。

「ああ、座れよ、ここ、一応、机、ここ使っていいらしいから」

 義雄が指を刺した机は、見覚えのあるものだった。遊びに来た時、ここでよく星の図鑑を見たことを思い出していた。ドアを入って、すぐ左にそれは置かれていた。

「今日から、仕事あったら、入んのかな?」
「わかんねえけど、多分、辰真たつまさんの指導があってからじゃねえかな」
「そうか、そうだってよ、雅弥、で、いいんだっけ?な?」

 雅弥は、机の前に膝を抱えて座っていた。二人の会話には反応できていない。ずっと、目線は落ち、自分の抱えた膝の辺りを見ている様子だった。

「え?耳が、ダメだとか?おいっ」

 祐樹が雅弥に近づき、左の肩をポンと叩いた。雅弥は、意味もなく、頷いて見せた。

「喋れねえの?お前?」
「ああ、よせって、祐樹・・・雅弥、まあ、なんか具合が悪いなら、横になってもいい。お前、顔色悪いぞ。俺も、初めて、ここに来た時は誰とも話したくなかったからな・・・まあ、でも、何かあったら、言えよ」

 義雄と祐樹は、そういうと、少し、雅弥から離れた。

 雅弥は、ズボンのポケットを思い出したかのように探る。
 小さな、洋酒の瓶があった。

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「あらあ、来たのねえ」
「良い匂いしてた」
「ああ、これね」
「カレーだ」
「食べて帰ったら、バレるかな?」
「いい、外食したというから」
「そお?」
「あ・・・これ」
「・・・もう、いいって言ってるのに、持ってこられても、ただのタンス貯金なのよ」
「でも、何かあった時にも使えるかもしれないし」
「何か、って、何?」
「うーん・・・ここを出て、」
「えー?出てどうするの?」

 その時、雅弥は、喉まで出ていた言葉を飲み込んでいた。

「夢の、素敵なお話かなあ?・・・うふふ、私はさ、もう、これで充分よ」
「・・・」
「こうやって、ここで、雅弥にね、たまに会えるから、それでいいの」

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ガチャッ

「ああ、今日の所は、急ぎ、呼ばれる仕事もないからな、今日は掃除だな、祐樹、手ぇ抜かないでしっかりやれよ」
「へいへい」
「あ、雅弥、そうだ。この机、懐かしいだろ?おばさんが、朝飯、お前が来るから、カレーライス、こさえてあるから」
「ああ、だから、朝からカレーだったのか」
「まあ、いいよ、お母さんの美味いから」
「じゃあ、飯、食いにいくか、いいよ、雅弥、荷物は置いてけ」

 促されるまま、雅弥は、靴を履き、福耳について行った。
 思えば、懐かしい筈の、東都の叔父の家だった。

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「晴彦叔父さんね、保護司を始めたんですってよ。まあ、あの方は、面倒見がいいからね」
「あ、お父さんの弟さんですよね?」
「入り婿に入って、なんだろうな、親爺とは正反対のタイプというかなあ、俺は叔父さんに、よく遊んでもらった記憶があるんだが、雅弥はまだ、小さかったからなあ、そんなでもなかったか?」
「私も結婚式の時、お会いしたっきりで、本当に優しそうな方で」

 母と兄と兄嫁が、叔父の噂をしていたことを、雅弥は思い出していた。

「東都大学に入ったら、晴彦が面倒みてくれるそうだ。良かったな、雅弥」

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 父の事も、思い出してしまった・・・。雅弥は、小さくため息をついた。

「まぁちゃん、よくきたね。さあ、暑いから、早く入んなさい」
「腹へったなあ、雅弥、さて、食べるか」
「沢山、食べてね、お代わりもあるからね」

 食堂という感じの広い台所に、大きなテーブルと椅子があった。昔と同じかどうかの記憶は、雅弥にはなかった。とにかく、言われるままに座った。

「いただきます」

 その、叔父の声に合わせて、軽く頭を下げた。その後、手を合わせて、食事を始めた。

 ・・・こんな時でも、腹は空く、

 雅弥は、カレーライスを、口に運ぶ。

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「美味しい?」
「ん、なんか、これ・・・」
「お、解った?」
「なんか、入ってる?味付けに、なんか・・・」
「すごいねえ、よく解ったね・・・これ」
 
 うふふ、と笑いながら、清乃は、小さな洋酒の小瓶を振って見せた。

「雅弥、これあげる。これね、カレーの最後の隠し味。ランサム産のお酒なんだけどね。偶然、前に見つけたの、入れてみたら、すごく、美味しくなってね。これはね、まだ、未開封のやつ。・・・記念に持ってて」
「記念って?」
「んー、初恋記念」
「え・・・あ・・・」
「違う?」
「・・・うん」

 初恋、だなんて、そんな、今更な言い方、女って、こういう言い方、好きなんだな・・・羽奈賀が聞いたら、また、皮肉りそうだなぁ・・・。

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「・・・まぁちゃん、どした?」
「・・・」
「まあ、夜中に来たから、疲れてるんだろう。今日は、ゆっくり、部屋で休め。なあ、雅弥」

 雅弥は、清乃のことを思い出していた。
 自分でも、人前で、こんなことに浸り込むようなことをしていたのに驚いた。でも、それは、留まらず、頭の中で展開していく。こんな隙だらけで、締まりのない、自分の感覚が信じられずにいた。それでも、それは留まらず、点在して、現れる。夢を見ているかのように。

 食事が終わった。自然に食器を下げ、片づけをした。

「ああ、まぁちゃん、ありがとね。流石だね。ちっさい時から、いい子だったものね」
「まあ、良かった。できることからな、何かするのはいいことだから」

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「えー、茶碗洗うんだ。偉いのね」
「御馳走になったから」
「律儀」
「別に、家でしてるし」
「やっぱり、きちんと躾けられてる、男の子なのにねぇ」

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「まぁちゃん、水、水、止めて」
「・・・!・・・」

 雅弥は慌てて、水を止める。手が止まったまま、頭だけが記憶を辿っていたらしい。

「じゃあ、今日は、部屋で休むといいから、夜、徹して車に揺られてきたからなあ、疲れてんだろ。部屋に戻って寝るといいから」

 雅弥は、また、言われた通り、離れの部屋に戻った。
 部屋には、祐樹が一人、寝転んで、雑誌をみていた。

「なあ、雅弥、お前、マジ、何してきたの?」
「・・・」
「当ててやろうか?」

 雅弥は、近寄ってくる祐樹から、離れて、例の机の所で、また、膝を抱えて座った。

「お前、頭良さそうだし、おやっさんの親戚だから、院帰りじゃねえんだろ?」

 雅弥には、祐樹の言葉は、意味の分からない雑音にしか聞こえなかった。

「ガッコ、辞めてきた感じ?」
「・・・」
「なあ、話そうや、なんか。ああ、これ、漫画、邪魔我飛来の新作、読んでない?これ、面白いぜ」
「・・・」
「俺なあ、万引きの常習犯だったんだ。その後、それがエスカレートして、結局、窃盗でお縄。盗みをやってさあ。まあ、そういうことなんだけどね。で、福耳のおやっさんとこ、ここに来ることになりましたぁ」

 祐樹はおどけながら、自分の境遇を話してきた。

「あ、お前、面がいいから、ひょっとして、女?・・・なんか、ヤバいこと・・・え・・・あ・・・」

 雅弥は、顔を上げた。祐樹を見つめる顔には、表情はなかったが、目に力が入っていた。

「あ、なんか、わりぃ・・・え、図星かよ・・・怖え顔すんなよ・・・」

                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 守護の熱 第二章 第二十八話「カレーライス」

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