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十九の春 舞って紅 第九話

 それからの五年間で、アカは、既に諸国に流れ巫女としての役割を果たしつつあった。評判となり、殿上人の間でも、その名が、密かに、知れるようになった。


 そして、焼き打ちが起こった。桜の散った頃、薹の一団が、海の民の里に押し入り、それぞれの住まう小屋に火をつけ始めた。同時に、その中で、首魁のアグゥと、その娘であるアカは、里が見降ろせる、例の見張りの高い木に、その身を吊るされた。逃げ惑う全ての者が、年寄りから赤子まで捉えられ、惨殺された。近くの森の中の隠れ場所に逃げても、敵は、全てを知り尽くしたように、見つけ出され、その場にいた者は、皆殺しにされた。

 それを指揮した、覆面をした首謀者は、宿と名乗っていた。首魁にとって、自分の護る、同胞たちが無残に殺される姿を見るということが、どのような辛いこととなるか、首謀者は解っていたのだ。里の者が全て、焼き殺された後、首魁のアグゥは、木から降ろされ、首を刎ねられた。アカは、更に、その全てを見せられる。

 アグゥは、木から引きずり下ろされると、身体を捉えられ、ひざまずかされた。その首の後ろに、大きな曲剣ごじれが宛がわれる。その時、首謀者の男は、しゃがみこんで、アグゥの顔を覗き込み、その覆面を一度捲って見せていた。アグゥの表情が瞬時に変わった。首を落とされる、その瞬間のことだ。しかし、アカは、そんな細かいことまで見ていない。最愛の父親である、海の民の首魁のアグゥの最期を見ることはできなかった。曲剣が振り下ろされた瞬間、アカは、目を瞑った。開けた時は、泪で周囲は曇った。大木にぶら下げられた、自分の重みで、身体が揺れたのを感じていた。

 次はあたしだ。でも、なんで、・・・あたしが、最後なんだ?最後は、アグゥなのではないのか・・・?

 薹の一団の首謀者、宿が自ら、木に登ってきた。アカは、不思議な感覚がした。その首謀者は、この木に慣れている。どこをどう辿れば、最速で登れるのか、まるで、日々、訓練していたかのような速さで登ってきたのだ。しかし、それよりも、アカは殺されるに違いないという思いが迫り、そんなことは、すぐ、どうでもよくなった。

「あたしの首も刎ねるのだな。良いわ。ここで、とっとと、やってくれ」
「・・・待たせたな。アカ、やっと、帰ってこれた」
「・・・あ、」

 聞覚えのある声だった。首謀者の男は、覆面を取った。綺麗な面長の顔は、冷やかな微笑を浮かべていた。

「誰だ?・・・お前、能面のような顔だな・・・」

 アカは、その感情を失ったような表情の男の顔を見た。誰だかは、解っていた。でも、それは、自分の知らない男の顔だった。また、涙が溢れた、その顔をしかと見ることが適わない程に・・・。最後に会ってから、六年の月日が流れていた。

「五年前、薹に捕らえられてから、間者の報告を零れ聞いた。首魁が、若い妻を迎えたと」

 男は、アカの顎を掴んだ。

「まあ、間者には解らなかったろうが、俺には解った。禁を破った。俺を待てなかった、お前たちの咎だ。その制裁の結果が、これだ。・・・なんで、待てなかった?アカ?」
「・・・何故じゃ、里の者は関係ない。我の咎じゃ」
「首魁の罪だ。首魁が受けるべき、罰だ。それを下したまで。だから、漂白は犬畜生以下だと言われる。父娘が契るなど・・・!!」
「・・・サライ、何故だ。六年前、ちゃんと戻ってきたのに」
「薹の御館様は、俺を引き上げた。武功の分、これだけの衛士たちを配してくれた。力が違う」
「サライ・・・」
「その名は捨てた。宿というのが、今の俺の名だ」
「・・・解った。早く、殺ってくれ。もういい」
「そうはいかぬわ。下りるぞ」

 宿と名乗ったサライは、アカの紐を解き、背に負ぶって、木を素早く飛び降りた。昔、同様なことをしてもらった時よりも、サライの身体が大きく、大人の男になっていることに気づいた。悪い癖だ。流れの習性なのかもしれないが、アカは、強くサライにしがみ付いた。宿は、それに反応する。心に甘く苦い感覚が襲った。アカは、懐かしいサライの臭いを嗅ぐ。アグゥとは違った。こんな時でも、自分はこんな風に振る舞ってしまうのか・・・いや、サライだからなのか・・・?

 アグゥの身体が、砂浜に倒れていた。頭がなかった。頭は、長槍に刺され、掲げられていた。海の民を殲滅したことの、これが証となるのだ。宿は、首魁の首を打ちとったこととなる。これを、薹の本拠地に持ち帰るのだろう。

 アカは、声も出なかった。今、里を離れていたのは、イブキとキチの一団だった。ヤエもその子も、ウズメも、仲間たちは誰一人、生き残っていなかった。小屋の中にいた者は、そのまま、火を点けられ、焼け死んだ。・・・戻ってきてはいけないと、里を離れている、イブキとキチたち一行に知らせなければならない。遺されたアカは、自分の役割を思ったが、いや、もう、それもできないだろうと悟っていた。

「証拠のものはない。この女だけだ。俺が調べる。残党が戻ってくるかもしれないから、しばらく、ここで見張れ」

 宿は、衛士たちに指示をし、アカをそのまま背負い、岩場の方へ向かう。

「窟、あそこへ行くのか?」
「そうじゃ」
「・・・」
「命乞いをしろ」
「・・・もう、いい。あたしを、サライの好きにして、それから殺せばよい」
「・・・そんな楽にさせるつもりはない」
「楽?」
「お前には、生きて、償ってもらう」
「もう、歩ける。・・・逃げないから」

 宿は、アカを窟の中に連れて行く。足場が悪いので、言葉を受けて、宿はアカを背中から降ろした。手を握り、引いていく。

 あの時と変わらない、窟の様子だった。たき火にまた、宿は、火を点けた。

「海の側は、夜はまだ寒い」
「そのようじゃな。最近はまた、野宿が多くなり、熟れてきたが」
「普段は、絹の上掛けか?」
「そんな宵もあるが・・・」

 宿は、懐から、なめし皮で包んだ、道具入れを出した。アカは見たことがあった。小さな小刀が、綺麗に並んでいる。几帳面なサライの道具を見て、アカは時が巻き戻った気がした。しかし、窟から出たら、もう、焼き払われて、里はない。

「すまないな。アカ。ただで、お前を抱くわけにはいかない」
「殺すのだろう?構わない」
「だから、殺さない。俺を、・・・俺を忘れるな、アカ・・・」

 宿は、アカを抱き締める。

「蜂の子をやろう」
「・・・懐かしい・・・ん・・・うっ・・・」
「苦くて悪いが・・・」
「毒か?」
「軽い痺れ薬じゃ」
「な・・るほど・・・」
「感じにくくなるのが、残念じゃが・・・」

 宿は、アカの上位を剥ぎ取る。更に、豊かになった胸が現れた。徐に吸いつき、舐る。

「・・・!!・・・はあ・・・サライ・・・」
「アグゥにも、そんな顔をして抱かれたのか?」
「・・・何を言っている、サラ・・・イ・・・うっ・・・」

 瞬間、宿は、手のひらに隠れる大きさの、なめし皮の中の小刀一本を取り出し、アカの右の胸の下から、スッと挿し入れた。そこには痺れ薬と同時に、薹の呪詛の薬が塗り込められていた。アカは、激しい痛みを感じ、ヒッと悲鳴を上げると、途端に、朦朧としてきた。更に、もう一本、胸の付け根、上の内側に挿し込んだ。

「ううっ、ああっ・・・」
「痛いか、もう少しすれば、痺れて解らなくなるぞ。ふふふ。これが仕置きよ」
「・・・サライ」
「俺を待てず、あの親父と契った罰じゃ」

 アカは、宿を見つめた。涙が溢れた。宿は、アカの下衣の紐を解き、脱がせた。

「アグゥには負けない自信があるぞ。今なら、帝の妹御のお相手もした俺だ・・・アカ、ふふふ、こんなになって・・・」
「サライ・・・あっ、うっ・・・」

 身体を動かすと、胸の傷が疼く。宿の施しにも、鋭く反応する。これはこれで・・・。アグゥとは違う、宿の手に入れた手練手管なのだろう。

「何故、待たなかった。許せない。・・・俺を忘れるな、アカ・・・」

 宿は、積年の念願を遂げる。アカは、半身痺れ乍ら、サライを受け入れた。

・・・・・・・・・・・

 海の民の里から多くの煙が上がっていた。狼煙ではない。暇(いとま)もなかっただろう、その様子を、山中を移動する、山の民のクォモの一行が異常に気づき、海の民の里に駆け付けた。ただ一人、窟の中で、息も絶え絶えのアカを見つけた。凌辱され、殺されかけた、流れ巫女だろうと推測され、白太夫の指示で、クォモはアカを援けたのである。ただ、それは、麻布が掛けられ、傍には、毒下しの混じった水も置かれていた。クォモは、違和感を覚えたが、意図的に、この娘は、被害を受けつつも、援けられたような印象も持った。胸に小刀が二口、薹の呪詛が施された後で、何か、この娘が生かされている意味があることをも、この時、クォモは感じ取っていた。

                            ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「十九の春」舞って紅 第九話

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 あれれ、水曜日なのに・・・とお気付きの方。そうなのです。
 月が替わりまして、色々と考えまして、連載作品投稿の曜日の順番を変えさせて頂くことにしました。これには、理由があります。1日が水曜日なので、変更のスタートにさせて頂きました。あまり、曜日は関係ありませんが、ちょっと、実験的にみとぎやが試してみたいことがあるので、そのようにさせて頂きます。落ち着いたら、正式にご説明しようと思います。

 焼き討ちの日の全容が、これで明らかになりました。
 今後、アカを取り巻く人間関係は、様々な形に変化し、また、その彼女自身の位置、役割も変わっていきます。同時に、周囲の状況も、大きく動いてくると思います。さて、どうなっていきますか。お楽しみになさってください。このお話は、こちらのマガジンから纏め読みができます。



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