帝都の地の底へ 舞って紅 第十八話
一方のクォモは、アカと別れた後、白太夫に連れられ、公の屋敷を後に、森の中を進んで行った。白太夫は、すぐには、御所には行かず、公の屋敷と、御所の中間点辺りの、山の中の隠し陣地に、ひとまず、クォモを連れて行った。それも、真っ直ぐに進まず、わざと複雑な獣道を通った。薹の勢力の者たちに、足取りを掴まれないように、このような、面倒なやり方をするらしい。
その陣地には、既に、その場を取り仕切る者が到着していた。
「ふーん、お前が、あれか、『流れ巫女のアカ』と、アレの」
その者は、無遠慮に、クォモの顔を覗き込み、息を吹きかけた。
「うわっ・・・」
「ふふふ、少しだけ、酒(ささ)をな」
「寛算、差し支えなき程にせよ」
「ああ、白太夫様、拙僧が、酒でしくじったことなど、ございましたかな?」
「・・・ふふふ、この生臭め・・・ああ、そうじゃ、お前の望む所の間者に相応しい奴を連れてまいった。クォモじゃ」
クォモは、寛算に一瞥し、そのまま、頭を下げた。
「ふ、愛想のない奴だな」
「クォモは、我の腹心よ」
「拙僧と同じと」
「クォモ、館付きではあったが、本日より、帝都入りと相成った。寛算は、こう見えても、間者としては手練れ。我の片腕ぞ。今後、帝の御周りの警護をするに当り、寛算が取り仕切りとなっておるが故、よう、言うことを聞くように」
「はっ」
クォモは、また、寛算を一瞥する。見れば、やはり、酒盛りの最中、どこで仕入れたのか、貴族様の酒の宛に違いない、鹿肉の干したのを肴に、酒を煽っている。
「んで、あのアカとは、夫婦約束しとる算段だな?」
「は・・・?・・・いいえ」
「違うというのか?ずっと、ここのお手当て、しとったそうじゃないか」
寛算は、クォモの右の胸を軽く叩いた。
「いえ、それは・・・白太夫様のご命じに、従ったまで」
クスクスと、寛算は笑いながら、クォモの顔を覗き込みながら、酒を煽った。
「良い女だな、羨ましい」
「・・・」
「その通りだ、寛算」
「ああ、白太夫様、羨ましい・・・いいなあ、まったく・・・」
「そなたは、女人気があるのではなかったのか?寛算」
「まあ、女子から謀の兆しを聞くこともな・・・まあ、ないわけでもないが・・・」
白太夫は、ふふふ、と笑った。
「我は、ずっとこちらに、というわけにはいかん。ここでは、この寛算に従って、よう務めよ、では、寛算、頼んだぞ」
「合点承知」
「はっ。・・・では、館まで、見送りを」
クォモが申し出るが、白太夫は、それを遮った。
「はは、それでは、送ってきた意味がないが・・・案ずるな、この間者との用向きがあり、しばらくは、それと共に動く」
襖の奥に、顔が少し見えた。日焼けしたガタイの良い男が、いつの間にか、侍していた。
「行くぞ、キチ」
「はっ」
・・・・・・・
白太夫が帰った後、寛算は、訥々と語り始めた。
「あの、キチという若い間者、海の民だったそうじゃ」
「海の民・・・では?」
「そうじゃ、あの、アカの同胞ということになるがな。たまたま、薹の襲撃の折、別の役目で、里を離れていたらしい。その一派の四人が、命を存えたそうだ。今は、白太夫様が匿っている。アカが、お前によって、助けられた後、白太夫様を頼ってきたと聞いたが」
「・・・なるほど」
すると、海の民は、アカ以外の男衆が、四名、生き残ったということになる。しかし、このことは、アカはまだ知らないのだろう。仲間が生きていた。聞いたら、喜ぶかもしれないが。しかし、白太夫様のお考えもお有りだろう。これを知らせるかは、白太夫様の御意向次第と、クォモは、そう思った。
「まあな、もう、どのくらいの心得があるかなんぞ、確かめたりはせんぞ。そんな面倒臭いことはせず、務めてもらう。キチも戻ったら、同じ任に就くこととなる」
「わかりました」
「ああ、もうええわ。堅苦しい感じは・・・で、どうだ、一杯」
「いや、俺は、酒は・・・」
「まだ、キチが戻るまでは、ここで、儂とまあ、見聞きしたことなど、話しあうかの」
「・・・」
喋りがこんなに好きだとは。これで、間者は務まるのか?クォモは、寛算を危ぶんで見た。
「まあ、そう、アカのことが聴きたいのじゃ」
また、来たか。
「明るうて、可愛らしいな。場にいると、花が咲いたようになる」
そんなだっただろうか?・・・賑やかではあるが。
「師匠のお屋敷で、アカに会ったぞ」
ああ、そうか。得意の愛嬌を振りまいたのだろうな。それが、流れの手練手管の一つだ。寛算は、漏れなく、引っかかっているに過ぎないな、とクォモは思っていた。
「なんというか、少し肌が焼けている感じがするのだが、でも、衣の下は違うのではないか?どうじゃったか?」
全く、この男は、つまりは、女好きで、そういうことなのだろうな。近くにいたら、いずれ、アカとも懇意になる機会もあるだろう、と、クォモは単純に思ったが、その後は、考えるつもりもないが・・・何か、少し、嫌な気分がした。酒臭い、自分より、いくらか、年嵩の生臭坊主という体の寛算だ。いくらなんでも、アカが気の毒に感じた。・・・いや、流れというのは、そういうものだから・・・。しかし・・・。
「右の胸は、どす黒く、紫色になり、薹の毒が周り、目も当てられない程に病んでおりました。狂ったように痛がり、触ることも殆どできず、空から布を落として宛てがうのが精一杯、この世のものではございませんでした」
「なんと・・・それが、あそこまで、回復したとは、随分、懇ろに、綺麗に治して差し上げたのだな?」
はあ・・・、そういうことか。ならば、聴くまでもないのではないか。またも、揶揄われたか?
案の定、またもや、寛算は、クォモの顔を覗き込んで、がははとばかりに、大笑いをした。
「あまり、嘘が上手くないようだな、お前・・・まあ、いいだろう。同胞を護ろうと、庇おうと、その気持ちが強いのだな・・・まあ、安心せよ。お前の嫁御は、流れ以外で、余計な所で、胸乳を開くこともせぬだろう」
「違う、嫁ではない」
「まあ、よいわ。流れの身体は、それこそが、宝だからな。ああ、それから、喋りはそれでよいわ。拙僧には、敬いは要らぬ。同胞の首魁として、捉えてくれ。拙僧もこっち側の人間だということを心得よ・・・はあ、あの太腿の張り、膝枕だけでもいいんじゃが・・・」
「・・・」
「堅い奴とは聞いていたが、だから、アカの看病をさせたのだな、なかなかだな、白太夫様も」
まだ、言うか。坊主の癖して、本当に、生臭なのだな。クォモは、呆れてはみたが、寛算の指先や、居づまいの感じで、手練れのその感じを捉えていた。酒量も心得ており、もしも、誰かが襲って来ても、恐らく、すぐに武具を懐から取り出し、敵に迎えるようにはしている。たまに、周囲に視線が動く。自らに課してきた訓練と、同様な設えを、その身から感じることができた。どちらかというと、白太夫や、山の民の首魁のそれに近い。きっと、ここで、襲われたら、その反応は、寛算の方が、自分より速いかもしれない、とまで、見抜いていた。
「拙僧のことも、よう見ておったようじゃな。・・・ふっ、それでよい」
そう言うと、また、寛算は、クォモを見て、大きく、笑い、杯を煽った。
「白太夫様からの御命令じゃ。今から、お前とアカは夫婦ということにする。それが、アカの命を守ることとなる―――まあ、本当にそうなっても良い、ということでもあるらしいがな・・・理由は・・・」
~つづく~
みとぎやの小説・連載中 舞って紅 第十八話 「帝都の地の底へ」
お読み頂きまして、ありがとうございます。
アカと離れた後、クォモが連れていかれたのは、帝都の地の底と言われる隠れ家でした。そこには、最初、深山亭にいた寛算が、待ち受けていました。これから、御所の密かな警護に当たることになっているのですが・・・。
前回までと、ガラリと変わりましたね。そろそろ、きな臭いことが始まるのか?どうなりましょうか?次回以降、お楽しみになさってくださいね。
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