パワーハラスメントには6種類ある? パワハラ6類型について解説!

0 はじめに

皆さんこんにちは、今回はハラスメントの中でもなじみのある「パワハラ」について詳しく見ていこうと思います。

まずパワハラと聞いたときに皆さんが頭の中で思い浮かべるのは、あるいは日常生活の中で感じるときに、「精神的苦痛」、「肉体的苦痛」どちらの方でしょうか
肉体的パワハラは決定的な証拠が残りやすいという点から、精神的嫌がらせの方が多いようにも感じます。厚労省が出しているデータによるとパワハラの中で精神分野に該当される割合は全体の7割を占めています。

またパワハラの中でも、精神的攻撃、身体的攻撃といった6分類に分かれており、総称して「パワハラ6類型」と言います。詳細は、
①精神的な攻撃
②人間関係の切り離し
③過小な要求
④個の侵害
⑤過大な要求
⑥身体的な攻撃

この記事では分類された6種類について一気に見ることで知識を深めていきましょう。

1 精神的な攻撃

今からパワハラ6類型の中の「精神的な攻撃」を紹介していきます。

<精神的な攻撃とは>

この「精神的な攻撃」は恐らく皆さんがパワハラとイメージするものそのものです。「精神的な攻撃」とは職場の同僚の前で人格を否定するような言葉を高頻度で発したり、必要以上に長時間叱責することです。人格を否定するような言動には、相手の性的指や性自認に関する侮辱的な言動も含まれます。また、相手の性的指向・性自認の如何は問わず、一見、特定の相手に対する言動ではないように見えても、実際には特定の相手に対して行われていると客観的に認められる言動も含まれます。

<対処法>

1.労働者側

「精神的な攻撃」をされた場合、1番解決策として有効なのはそれをメモや録音などで記録することです。その際に5W1Hもしっかりと記録することが重要です。

そして、それらの記録を社内相談窓口に持っていき相談することが大切になります。その際、プライバシーなどが気になるかも知られてしまうかもしれません。しかし、会社側は相談した者が不利益を被らないように、相談者のプライバシーの確保をするように求められているのです。

それでも、会社が信用出来ないと言った場合や会社に相談窓口が設置されてない場合は社外の相談窓口を利用すると良いでしょう。各都道府県労働局、全国の労働基準監督署内など全国379箇所に総合労働相談コーナーが設置されています。ここでは無料で相談を受け付けており、予約等も不要です。


https://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/soudan.html

総合労働相談コーナー

2.会社側

「精神的な攻撃」を未然に防ぐために、会社側に出来ることはハラスメントに関する社内勉強会を開くしかないでしょう。これを開くことによってどういったことがパワハラにあたるかなどをしっかりと従業員に周知させることが大切です。そうすることによって、職場で起きているパワハラを周囲の従業員が気づくことができます。早期に気づくことが出来れば早期に対応することができるのです。また、全員がパワハラについて理解することによって職場における労働環境の維持・向上に繋がるでしょう。

しかし、それでもパワハラが起きてしまう可能性は大いにあります。それに備えて会社は社内に相談窓口を設置する必要があるのです。この相談窓口はしっかりと相談者のプライバシーの確保をする必要があります。相談したことが上司にバレ、不利益を被ったり更にパワハラを助長するといったことがあってはならないのです。それでは実際に会った裁判例を見ていきましょう。

日研化学事件を取り上げます。
『薬品の製造販売を業とする会社で医療情報担当者(MR)として勤務していた者が自殺したことにつき、その妻が遺族補償給付を申請したところ不支給とされたため、これの取消しを国に求めた事案である。 東京地裁は、担当者の自殺が業務に起因するものか否かについて、勤務状況、上司との関係、3回にわたる顧客トラブル及び心身の変化について詳細に事実を認定し、担当者は精神障害(発症時は適応障害、その後は軽症うつ病エピソード)を発症したところ、その原因には、「上司とのトラブル」等があり、業務に起因してICD-10のF0~F4に分類される精神障害を発症した。当該精神障害に罹患したまま正常の認識及び行為選択能力が当該精神障害により著しく阻害されている状態で自殺に及んだと推定され、この評価を覆すに足りる特段の事情は見当たらないから、担当者の自殺は故意の自殺ではないとして、業務起因性を認めるのが相当とした。そして、担当者の自殺が業務に起因するものでないことを前提にしてなされた本件処分は違法であるとして、妻の請求を認容した。』

https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/08599.html

これは上司の「精神的な攻撃」によって部下が自殺をしてしまったという事件です。
具体的な投げかけられた言葉としては「お前は会社を食いものにしている、給料泥棒」、「存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑している。お前のカミさんの気がしれん、お願いだから消えてくれ」、「どこへ飛ばされようと、おれはお前が仕事をしないやつだと言いふらしたる」、「お前は対人恐怖症やろ」、「誰かがやってくれるだろうと思っているから、何にも堪えていないし、顔色一つ変わってない」、「病院のまわり方がわからないのか。勘弁してよ。そんなことまで言わなきゃいけないの」などでです。
これらの言葉の積み重ねによって1人の人間が精神障害を発症し自殺に追い込まれてしまったのです。
自殺に追い込まれる段階まで行ってしまうと、自分から抜け出すのは殆ど無理に近いでしょう。パワハラへの対抗はやはり周りの力が不可欠なのです。自分自身や同僚を守るためにも労働法に対する理解は不可欠です。


2 人間関係の切り離し

<人間関係の切り離しとは>

みなさんは、「人間関係から切り離された」経験はありますか?

この一言だけ聞くと、頭の中に「?」が浮かぶ人も多いかと思いますが、要するに、
「ハブられた」ことがあるかどうか、ということです。

厚生労働省が発表したパワーハラスメント6類型の一つに、「人間関係の切り離し」があります。
【参考】
●厚生労働省 あかるい職場応援団:「ハラスメント基本情報」ハラスメントの類型と種類

「人間関係の切り離し」の中には、具体的に、


  1. 隔離

  2. 仲間はずし

  3. 無視

といった行為が含まれています。

皆さん、今自分が所属している組織(会社・バイトの職場、部活、サークル、学校のクラス...etc)を思い浮かべてみてください。

ある日突然、同僚や友達だと思っていた人達から無視をされたり、必要な連絡が自分にだけ来なくなったりしたら。想像するといかにも恐ろしいですよね。

松陰学園事件(東京地判平4・6・11)では、高等学校における女性教諭に対して、10年以上にわたる仕事はずし、職員室内隔離、一人部屋への隔離及び自宅研修等の措置に対して、精神的苦役を科する以外の何ものでもなく、隔離による見せしめ的処遇は、名誉、信用を著しく侵害するものであったとして、高等学校に慰謝料の支払いが命じられています。
また、平成24年に厚生労働省が行った調査(企業に勤務する20歳から64歳の男女を対象)では、過去3年間にパワハラを受けたことがあると回答した人は、全体の25.3%となっており、その中でも、人間関係からの切り離しはパワハラ全体の24.7%を占めています。
【参考】
パワハラの相談件数~厚労省データ|労働問題の窓口
つまり、「人間関係の切り離し」は、いかにもTHE悪質なパワハラですが、決して珍しい事例では、ないということです。

こういった行為の背景に焦点を当てると、相手を孤立させ、職場から追い出そうとする意図が含まれていることがわかります。

今までの人生を思い返してみて、気に入らない同期や後輩に、少し冷たく対応してしまったことがある人は、意外と多いのではないでしょうか。

日々の人間関係の軋轢によって引き起こされるハラスメントだからこそ、私たちは、被害者にも、加害者にも簡単になってしまう可能性を秘めていることに、十分留意して働く必要があるのです。

それでは、どのようにすれば、「人間関係の切り離し」というパワハラを防ぐことが出来るのでしょうか。

<対処法>

会社側(雇用主や上司)が気を付けるポイントは、「相対評価」と「他責」です。

「相対評価」においては、社員や部下の中で評価を付けるため、必ず集団の中で順位が生まれてしまいます。そしてそれは、必然的にビリ(最下位)に位置する従業員が存在することを意味します。相対評価が浸透した職場においては、従業員はみな「ビリになりたくない」という気持ちを抱き、特定の人に厳しく接し、そして避けたりすることが生まれます。(必ずしも故意とは限らない)こうした積み重ねによって、「人間関係の切り離し」が完成します。

だからこそ、「相対評価」ではなく一定の基準を設けた「絶対評価」が必要です。
そして上司には、その人の能力値を、相対的に優れているかどうかではなく、ある種の個性として捉える視点が求められるでしょう。

とはいえ、一定の基準に満たない社員はどうすればいいでしょうか。

その際は、「他責」になってはいけません。

・精神的な攻撃を通じて、本人の意識やパフォーマンスの改善を促す
・追い出し部屋に入れ、自主的な退職を促す。

これでは、部下が仕事をできない根本理由を投げ出しており、何も解決に向かいません。
同じことを繰り返すだけです。

・より精度の高い研修プログラム、OJTを推進させる。
・社員の得意分野を見極め、本人の同意を得たうえで、適性のある部署・仕事を割り振る

...等の対応が求められます。
簡単に従業員をクビにできない日本の労働社会においては、あくまで会社側が責任をもって社員に十分な教育をおこない、能力に見合った適正かつ粘り強い人事をすること。そして、従業員全員がより良いパフォーマンスを発揮できるような職場環境を整備する必要があるのです。

3 過小な要求

では次にパワハラ6類型の中で「過小な要求」に該当する部分を見ていきましょう

<過小な要求とは>
業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないことを指します。

一見他の人よりも仕事を楽に済ませることができるので、他の5項目と比較するとダメージがあまり大きくないようにも見え、6類型の中での割合は全体の中で7.2%と最も低い数字となっています。

「過小な要求」と認められる指針について厚生労働省は以下の規定を設けています。

【 該当すると考えられる例 】
① 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。 
② 気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。 

【 該当しないと考えられる例 】
① 労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること。

なるほど、この規定を読む限りでは、

「業務負荷の軽さが労働者に精神的苦痛を与えるか否か」という判断基準よりも

「過小な要求」という行為の先に、「退職勧告という狙い」や「嫌がらせの意図」があるか否かがパワハラと認定される基準となっているようにも見えていきます。

単純に仕事量がほかの従業員よりも過小だという主張では、該当しないととらえられてしまう可能性があるのではないでしょうか。では過去の裁判例を実際に見てみましょう。

<裁判例>
東武バス日光事件(東京高判令3.6.16)

ことの発端は、バスの運転手である原告労働者が、乗客の高校生らに暴言を言う、料金をごまかした疑いのある女子高生へ「学校、クラス、名前」を強引に申告させようとする解いた問題行為を行ったことです。
その行為が明るみに出た後、原告は上司から、「指導、教育目的と称した叱責」「過小な要求」を通して退職勧奨をされました。

上司らが命令した「過小な要求」とは以下の通りです。
①運転士服務心得をもう一度読ませる、写させる、感想文、反省文を書かせる
②「黄色いバスの運転手」という小説を読んで感想文を書かせる
③デスクワークと言いただ座らせておく

上司らはその後1ヶ月以上「過小な要求」を継続し、また原告の面談を通して罵詈雑言を交えながら何度も退職勧告を促すという行為を繰り返しました。
その結果原告は、本件退職勧奨における上司の発言や、その他上司の侮辱的発言や業務指示が違法だとして、会社及び上司らに対して慰謝料200万円の支払等を求めました。
 
なるほど、原告が問題行為を行ったという事実もありますが、この「過小な要求」は果たして、労働者の能力に応じてのものか、それとも執拗な退職勧奨、嫌がらせに該当するものかどちらなのでしょうか。裁判所の見解を見ていきましょう。
 
裁判所の見解は以下の通りでした。
原告の行為に問題があったことは事実であり、教育目的を持ったある程度の叱咤激励は、社会通念上許容の範囲での業務の指導であるとした。

一方で「過小な要求」とされる3項目に関しては原告が問題行為を行ったという背景を踏まえた結果、
①運転士服務心得をもう一度読ませる、写させる、感想文、反省文を書かせる
②「黄色いバスの運転手」という小説を読んで感想文を書かせる
これらの行為を教育目的で行うのは問題ないとしました。

しかし明確に期間を設けていなかったところ、繰り返しやり続けているところから、

原告の業務改善よりも、「過小な要求」というパワハラを通して自主退職に追い込もうとしている違法に退職させようとしていると判断し、
最終的に裁判所は原告への66万円の支払いを命じました。

<対処法>
裁判例を見てきましたが、この判決が違法性にあたるという理由は
①原告に過小な要求、いわゆる運転をさせない期間を明確に設けなかったところ
②「過小な要求」をする目的が明らかに退職をさせるためであったというところ

この2点を抑えることができるのではないでしょうか。これを踏まえた上で、「会社側」「労働者」側が気を付けるべきことはなにか押さえておきましょう。

〇会社側
会社側は、「退職勧告」と「仕事量の減少」を同じタイミングで行うと本来意図していなくても「過小な要求」と判断されてしまう可能性があります。
教育目的、労働者の能力を見て仕事量を調節する際には具体的な期間を設ける必要性や、業務改善の見込みのある仕事内容を与えることは必要なのではないでしょうか。

〇労働者側
一方で労働者側は、「過小な要求」を通して精神的苦痛を受けているという主張だけでは、認められない可能性が大いにあります。
これは、過重負荷で労働者が精神的苦痛を受けるという構図に比して、業務負荷の軽さが労働者に精神的苦痛をもたらすという構図が分かりににくいことが挙げられます。

パワハラと認められるためには、
①仕事の量や質を下げられている意図が嫌がらせである証拠
②教育目的になっていないものである証拠
③また明確に期間を定めてもらえずに繰り返しその作業を行っている証拠
これらの要因を抑えておきましょう。


4 個の侵害

<個の侵害とは>
 みなさんには職場の上司から私生活について立ち入られた経験はないでしょうか。職場外で上司に写真を撮られる、秘密にしていたことを暴露されるなどの行為はパワハラに当たる可能性があります。このような場合に該当する可能性があるのは「個の侵害」型のパワハラです。

 「個の侵害」型パワハラとは私的なことに過度に立ち入るパワハラです。

 「私的」な内容に対して「過度」に立ち入るという2つの要素があると考えられます。もっとも、これだけでは漠然としているため一般的に取り上げられる具体例を紹介します。

⑴個の侵害に該当する例
①労働者を職場外でも継続的に監視する
②個人の私物を写真で撮影する
③労働者の機微な個人情報について、本人の了解を得ずに他の労働者に暴露する
→上記の3つの例を見ると、どれも「私的」なことに「過度」に立ち入っているといえます。

 逆にパワハラとならない例にはどのようなものがあるのでしょうか。そちらの具体例についても紹介します。

⑵個の侵害に該当しない例
①労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行う
②労働者の了解を得て、当該労働者の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促す
→こちらの2つの例は「私的」なことに立ち入っていますが、目的や了解を得ているという事情から「過度」な態様であるとはいえないようです。

「個の侵害」に該当する例、しない例を比較すると行為自体は同じでも目的に正当性があるか、労働者の了解を得ているかに違いがあるといえます。

<個の侵害に関する裁判例>
 ここまでは一般的に「個の侵害」に該当すると言われる例を紹介しました。もっとも、それらの例は漠然としているともいえます。そのため、より詳細な裁判例を見ていきます。判例を通じて現実の事例に対して裁判所がどのような判断をしたのかを見る事にしましょう

⑴誠昇会北本共済病院事件(さいたま地判平成16年9月24日労判883号38頁)

◯事案
A(男性)はX病院の准看護師でした。Bが一番上の先輩で、Aが一番下の後輩でした。BからAに対していじめや嫌がらせがあり、Aが交際している女性に対してAの携帯電話を無断で使用し、メールを送る等した。

◯判決
 他にも執拗な暴言や飲酒の強要など悪質ないじめを行っていたことが認定され、Bに慰謝料1000万円の支払いが命じられました。

◯この判例からわかること
 Aの交際というのは特に私的な事情であるといえます。また上司がその地位を利用して部下の携帯電話を操作するという態様はとても悪質であるといえます。これらの事情から本件の上司Bの行為が「個の侵害」型パワハラに当たるといえます。

⑵ダイエー事件(横浜地裁平成2年5月29日労判579号35頁)

◯事案
 X会社の社員AはBから住居を賃借していました。BからAに対して明け渡しを求めたところ、Aはこれに応じませんでした。そこで貸主BはX会社の専務に対して協力を求めました。
 専務と上司Cは直属上司たる地位を利用して左遷や人事上の不利益取扱を示唆しながら、明渡しを強く迫った。

◯判決
 企業において、上司が部下に対して私生活上の問題につき一定の助言、忠告、説得することもできます。
 しかしながら、会社が優越的な地位を利用して明渡し要求に応じるように強要することは、許容される範囲を越え、部下の私的問題に関する自己決定の自由を侵害するものであって、違法であるといえます。

◯ポイント
 Aの上司であるCが仕事と無関係な賃貸借関係に直属上司の地位を利用し不当に介入しています。この点はまさに「私的」なことに「過度」に介入しているといえるでしょう。個の侵害に該当するものであるといえます。

⑶判例からわかること
 どちらの判例も上司が優越的地位を利用して部下の私的領域に対し過度に介入することで「個の侵害」型のパワハラが認められていると考えられます。

<対処法・予防策>
 どのような場合に「個の侵害」型パワハラに該当するか説明してきました。ここからはそのようなパワハラに対する対処法・予防策を会社側、労働者側に分けて説明します。

⑴会社側
 裁判例からわかるように、会社が社員の私的なことに口出しすることは一切禁止されているわけではありません。それが違法なパワハラとなるかどうかの分かれ目は「程度」と「目的」です。
 程度が許容範囲内であればパワハラに当たりません。その許される程度とは事例ごとに異なります。しかしながら「個の侵害」の具体例に当たることは本来業務に必要ないことが多いです。そのため社員のプライバシーに関することには極力介入しないことでトラブルを避けることができます。
 また業務上やむを得ない場合は、その介入の目的を確認しましょう。目的が社員にとって有益なものであればパワハラに当たらない場合もあるでしょう。
 トラブルを回避するため社員の私的な事情に介入することはやめるようにしましょう。

⑵労働者側
 上司による「個の侵害」はパワハラに当たり得るということを認識することが重要です。裁判例にもあったように人事上の不利益等をチラつかせて労働者の私的な事情に介入すること等は非常に悪質です。
 労働者は雇われているからといって、会社による上記のような介入を我慢する必要はありません。
 問題となった時に有利になるように上司からのメール、SNS等は証拠として保存しておくことも重要です。

参考文献
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/pawahara-six-types/type6

厚生労働省HP


5 過大な要求


<過大な要求とは>
続いてもパワハラの一類型である「過大な要求」について、裁判例を交えて紹介します。過大な要求!って聞いたことはありますか。簡単に言うと、必要以上の業務命令のことであります。厚労省は過大な要求について、「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害[1]」と表現しています。
 
では実際に、どのような命令がこれに該当するでしょう。厚生労働省は「過大な要求」について以下の例を示しています。
【該当すると考えられる例】
①長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずる
②新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責する
③労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせる
【該当しないと考えられる例】
①労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せる
②業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること
[2]
以上の指標より、下記のような命令が「過大な要求」に当たると言えるのではないでしょうか。
例)
◆1:新卒者に対し、必要と考えられる指導・助言を行うことなく、到達できない業績目標を課し、達成できなかったことに対して、強く叱責する。
◆2:仕事でミスをした社員に対し、業務とは関係のない雑用(草むしりやトイレ掃除など)を課す。
 
ただ、疑問が残る方もいるのではないでしょうか。というのも、該当しないと考えられる例にあるように、「社員を育成する目的で現状よりも高いレベル以上の業務を任せる」場合の判断基準であります。この判断について、国は明確な基準を設けていません。ただ、実際にこれらの判断が求められた判例があります。
 
<裁判例>
損害賠償請求事件(鹿児島地裁平成26年3月12日判決)判例時報2227号77頁[3]
人物の詳細
・女性教員A(私立中学の教員、精神疾患を有しており、パワハラの影響を受けて自殺)
・校長B(Aさんが勤務する学校の校長)
・指導官C(県教育委員会の研修担当者)
<概要>
教員の精神疾患の悪化・自殺に至った原因は、校長らのパワーハラスメントによるものであるとして、遺族が損害賠償を請求した事件
<内容>
当時精神疾患を患っていた女性教員Aに対し、必要以上の業務を命令し実施させたことによってAさんが自殺した事件。Aさんは精神疾患を有しており、その長期休職明け、校長BはAさんに対し、本来の業務の家庭科と音楽に加え、教員免許外科目である国語を担当させた。また、BはAさんが休職明けに提出した医師からの診断書を確認することなく、県教育委員会に対し、「指導力や素質に問題がある」などと報告をしていた。また、県教育委員会の指導官CもAさんの状態について認識していたにもかかわらず、Aさんに対し、本来受ける必要のない研修への参加や退職を促していた。
 
まとめると、BはAさんが「休み明け」であったにもかかわらず必要以上に業務量を与え、さらには、「業務量を軽減する必要がある」との医師からの診断書をBは確認することはありませんでした。さらにはCの言動も精神状態が良好でないAさんに心理的負荷を与える行為であり、これらB・Cらの行為とAさんの自殺との相当因果関係があると判断されました。
 
では、本章のテーマである「過大な要求」に着目してみましょう。Bによる担当外科目である国語を任せる要求は、Aさんの状態からして「到底達成できる業務の量ではない」と考えられます。過大な要求に該当しないと判断される一つの理由である「社員の育成」という目的から外れた要求であり、本事件はパワハラにおける「過大な要求」に当たると判断されました。
 
→以上の判例から、客観的に判断して、「社員の育成」という目的から外れたと判断できる要求が、「過大な要求」に当たると考えられます。ただ、このような精神疾患を有した状況でない場合であると、判断はさらに難しくなります。そこでは、本人の身体的・心理的状態を考慮した上で、周りの同僚と比べ明らかに過大な仕事量、達成目標であるかどうかを判断することが求められます。
 
<対処法>
最後に、「過大な要求」を防止するために取り組むべきこと、意識すべきことについて、会社側・労働者側の双方からお話していきます。

◯会社側
 会社側からは、大きく二つの観点から捉えることとしました。まず初めに、会社が労働者を大切にする方針を社内に浸透させることです。パワハラが起きる職場の特徴として、上司の部下指導に対する認識の誤りから、従業員を雑に扱ってしまうことが挙げられます。社員は使用者(監督者)の奴隷ではありません。社員を大事にする方針を強く示し、明確化させることで、過大な要求を防ぐことができるのではないでしょうか。また、指導命令する立場である者を対象にした「社員教育」も重要であると考えます。新卒者指導では、社内における指導方針の共有やメンター制度の重要性を説くことが求められるでしょう。また、長期休暇明けの社員に対しては、上司との面談回数を多く設置し、日々の身体的・精神的状況をチェックすること。このように、会社や上司が積極的に「社員が安心して働けるような環境づくり」の実現に向けて一つひとつ取り組むことが、会社側ができることになるのではないでしょうか。

◯労働者側
 こちらも二点ほど上げます。まず初めに、自分が異常な要求を与えられていることに気付くことが重要です。周りとの仕事量・達成目標の差から、自分にだけ過度な要求が与えられていると感じた時点で、同僚や人事部に相談することが大切です。二つ目に、周りからの期待を過度に尊重しないことです。過大な要求に対し、「私は期待されているかから」「上司は私の成長のためを思って仕事を振ってくれる」などと思い込むのではなく、客観的に考え、不必要な要求まで与えられた場合であれば、それを「異常」、「あってはならないもの」であることに気付き、社内や近くの人に積極的に相談することが大切です。
以上が労働者側に考えられる対処法となります。

参考文献
[1]
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html 引用:厚生労働省HP)
 
[2] (https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf
引用:厚生労働省資料)
[3] (https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/09006.html
参考:労働基準判例検索)


6 身体的な攻撃


<身体的な攻撃とは>
文字どおり、殴打・蹴るなどの暴力行為を指します。
シンプルが故に、どの程度からが暴力行為にあたるのか、線引きが難しい類型です。
 
【該当する例】
・指導に熱が入り、手が出てしまった(胸倉を掴む、腕を引っ張る)
・狭いところで危険なものや重いものを振り回す(当たらない場合でも、危険な行為をするだけで「身体的な攻撃」にあたる)
・物を投げて怪我をさせる
・ヘルメットの上から叩くなどの体罰を与える行為

上記の行為が「身体的な攻撃」に該当することは、皆さん想像できるでしょう。
しかし、
・輪ゴムを当てる
・ボールペンで突っつく
・頭を軽く小突く
など、一見子供じみたような行為であっても、被害者の心情によっては苦痛に感じ、「身体的な攻撃」に該当してしまいます。
※業務上関係のない同じ企業の同僚間での喧嘩等は、「身体的な攻撃」に該当しません。
 
<裁判例>
ヨドバシカメラほか事件 (東京地裁平17.10.4)
家電量販店で携帯電話の販売業務に従事していたAさんが教育担当の従業員から暴行及び謝罪の強制を受けたとして損害賠償を請求した事件です。
 
Aさんは従業員から以下の暴行を受けた

会話練習の際、従業員はAさんに対して怒号を発し、暴行を加えた。
・丸めたポスターを用いて約30回に及び頭部を殴打
・ポスター破損後、クリップボード(表面、側面)を用いて約20回に及び頭部を殴打
 
Aが業務上ミスを犯し、従業員に謝罪をした際、従業員は激昂し、暴行を加えた。
・大腿の外側膝付近を3回にわたって強く蹴る
―Aの膝付近は緑色のあざとなり、その後、赤く変色し5日程度残った。
 
Aが遅刻したにも関わらず、遅刻していないと虚偽の報告が発覚し、従業員から叱責を受けるとともに頭部及び顔面等を手で殴打された。
・左の頬を手拳で数回殴打
・右大腿部を膝を使って蹴る
・頭部に対して約30回に及び、肘や拳骨で殴打する暴行
・便所を掃除して、掃除結果を確認するために便器を舌でなめることを強要する発言
―実際には便所掃除、確認は行われていない。
 
上記の暴行を受けたことで、Aは従業員の指示に反し、事務所を訪ねなかった
 
従業員はAが事務所を訪ねなかった理由を問いただす際に暴行を加えた。
・ソファーの上に四つん這いにさせ、約30回に及ぶ手拳や肘、足などの暴行
―Aはこの暴行により頭部・顔面打撲,左眼窩部皮下血腫,口腔内挫創,聴力障害,胸腹部打撲,左第8・9肋骨骨折,左耳介部血腫兼擦過創の傷害を受けた。

裁判の結果、Aは慰謝料として150万円を受け取った
 
<対処法>
〇会社側
パワハラが起きてしまった場合、会社は使用者責任による損害賠償金、職場環境を十分に整えられなかったことによる安全配慮義務違反による債務不履行責任に問われる可能性があります。実際に上記の裁判例では、使用者責任が認められ損害賠償が発生しています。そのため会社は就業規則や書面を用いて明確にパワーハラスメントを定義し、会社がどのような対応をしていくのかを従業員に周知する必要があります。また、研修やセミナーを通して従業員にハラスメントに対する理解を促す必要があります。
 
〇労働者側
パワハラ被害を受けた場合
記録を残す
5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、何のために)で記録を残すことにより、後の事実確認で有効に働きます。―音声も有力な証拠になります
周囲に相談する
パワハラは時間がたてば解決するものではなく、逆に悪化してしまう可能性が高いものです。そのため、まずは同僚や上司に相談し周りの協力を得ましょう。
相談窓口や人事に相談する
自身の上司からパワハラを受けていて上司に相談できない場合、人事部や相談窓口に相談しましょう。
―会社は相談者の不利にならないようにプライバシーの確保を配慮することが求められているため、安心して相談することが出来ます。
医師による診断書をもらう
「身体的な攻撃」はほかの種類に比べて証拠を残しやすいパワハラです。
感情による訴えだけでは取り扱ってもらえない場合もあるため、確固たる証拠を確保しましょう。

7 おわりに


今回の記事では、パワハラについて説明をしました。
一口にパワハラ、といっても、その類型は多岐にわたります。
パワハラの被害者・加害者にならないためには、どのような行為がパワハラに該当するのか。そして、いかにして対処すればよいのかを組織全体で周知していなければいけません。
また、時代とともに社員のライフスタイルや働き方の常識は変化し続けます。
だからこそ、上司は昔の基準で推し量るのではなく、実態に即した職場環境の整備をしていく必要があるでしょう。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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