行政不服審査法を考える 総務省行政不服審査会令和5年度答申第21号【その②】

【その①はこちら】

第5 感想

1 付言と行政運営の改善

審査会は、答申第3の3(付言)で通達の不備を指摘している。具体的には、改正前(処分時)の0412第1号通達には、「標準報酬月額を確認する資料として、厚生年金保険の標準報酬月額に関する資料(被保険者記録照会回答票又はねんきん定期便)のみが記載され、健康保険の標準報酬月額に関する資料(健康保険資格証明書)は記載されていな」かった点である(答申第3の3⑷)。
しかし、上記第3の2のとおり、改正前0412第1号通達には「厚生年金保険等の被保険者記録照会回答票又はねんきん定期便」とあるため、「等」の中に健康保険も含まれていると読むことは可能と思われる。
それでも、厚生労働省が、上記第4のとおり改正したのは、おそらく、ここの「等」には、国家公務員共済や地方公務員等共済などの、厚生年金保険に相当するものが含まれ、健康保険を想定していなかったことから、法を確実に実施するためであると推察される。答申を契機に行政運営の改善がされたと評価できる。
ところで、審査会の答申には、行政運営の改善のための付言が付されることが多い。しかし、行政が付言で指摘された点を改善しても、付言が契機となって改善されたのかが明らかになることは少ない。また、行政が改善しないという判断をした場合には、それが公開されることはない。本件は、上記第4の1(1)のとおり、通達内で改正の端緒となった答申を紹介し、付言で指摘された点を改善したことを明らかにしていることから、その意味では、行政不服審査法の実務としては価値ある事案と評価できる。

2 審査請求後に発覚した事情への対処

本件では、処分に至る過程では厚生年金保険の標準報酬月額しか判明しておらず、審査請求時に提出された資料で本件被災者の健康保険の標準報酬月額が判明した。
このように、審査請求後に追加資料が提出され、処分時には不明だった事情が発覚した場合、審査庁は当該事情を踏まえて、処分の是非を再検討すべきである。
この点、本件の審査庁は「処分庁は、これらの通達に従い、厚生年金保険の標準報酬月額を用いて被災者の平均賃金を算定しているから、その算定方法に違法又は不当な点は認められない。」と判断して審査請求人の主張を排斥している。この文章から推測すると、審査庁は、処分時に存在した資料のみから処分庁の判断(本件決定処分)が正しかったかどうかという観点から検討しており、審査庁が審査方法について独自の見解を採用している可能性が高い。
取消訴訟においては、処分時に違法があったか否かが判断され(処分時説)、審査請求でも同様である。あくまで違法の判断基準時が処分時であって、処分の違法性を判断する際に、処分時までに出てきた資料に限定する意味ではない。取消訴訟であれば、裁判所は、口頭弁論終結時までに提出された証拠を基に、処分時の違法性の有無を判断することになる。また、処分後の事実であっても、処分当時の事情を推認できる場合もある(-改訂-行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究(司法研修所・編)182、183頁参照)。
審査請求には、訴訟でいうところの「口頭弁論終結時」が無いが、審理員は、審理終結時までに提出された資料を基に審理員意見書を作成・提出し、審査庁は、諮問前までに提出された資料を基に諮問書を作成・提出することになる。
本件被災者の健康保険資格証明書は、本件被災者の離職時の標準報酬月額を示すものである。つまり、処分庁の判断(平均賃金を2万0,585円73銭と決定する処分)が誤っているとする審査請求人の主張を根拠付ける資料であり、当然に審理員・審査庁が判断の基礎とすべきものである。

3 通達の硬直的適用

審査庁の、改正前0412第1号通達の解釈については、次の二つの観点から相当ではなかった。
まず、上記1のとおり、改正前0412第1号通達には「厚生年金保険等の被保険者記録照会回答票又はねんきん定期便」とあるため、「等」の中に健康保険も含まれていると読むことは可能と思われる。むしろ、休業補償給付の制度趣旨及び労働基準法12条8項の委任の趣旨からすれば、そのように解釈することが望まれたように思う。
次に、上記第4の2による改正前の平成25年2月22日付け基監発0222第2号厚生労働省労働基準局監督課長通知「平均賃金の算定に係る労働者の賃金額の十分な調査の実施について」(以下「0222第2号」という。)にも、「平均賃金の算定に当たっては、1号通達又は193号通達等に基づく推算を行う前に、当該労働者の賃金額が客観的に確認できる資料の有無について十分に調査すること。」(記1)との記載がある。つまり、厚生労働省は、通達が改正前から、平均賃金の決定について、できるだけ実際の賃金額を調査することを求めており、各種通達に明記されていなくても賃金額を客観的に判断できる資料の活用を推奨していた。
このような通達の記載からすれば、仮に、改正前0412第1号通達の「厚生年金保険等」の「等」の中に健康保険も含まれると解することができなくても、0222第2号からすれば、当然に健康保険の標準報酬月額を平均賃金算定の基礎にすることはできたと思われる。
以上からすれば、審査庁の見解は、改正前0412第1号通達を相当硬直的に解釈したといえ、法令の趣旨や0222第2号通達との関係を考慮しておらず、相当ではなかった。

4 労災実務への影響

結論からいえば、本件及び本件による通達改正は労災実務への影響は小さい。
その理由は、厚生年金保険の標準報酬月額上限を振り切って、健康保険の標準報酬月額と大きな齟齬が出る事案が極めて少ないと思われる点にある。

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