行政不服審査法を考える 総務省行政不服審査会令和5年度答申第21号【その①】

はじめに

行政訴訟とは異なり、審査請求は不当が取消事由となるし、「行政の適正な運営」の確保も行政不服審査法の目的となっていることから(同法1条1項)、裁決や答申は、行政訴訟の判決とは異なる観点からの指摘がされることもある。そこで、この記事では、私が関心を持った答申をテーマに、答申から読み取れること、参考になることなどを論じていく。

今回は、総務省行政不服審査会令和5年度答申第21号(平均賃金決定処分に関する件)を通して、審査請求後に発覚した事情をどのように考えるか、審査庁による通達の解釈・適用に対して審査会がどのような判断をしたのかを検討していく。
前半の【その①】では、答申の内容や、答申後の経過を説明し、後半の【その②】では、上記答申や審査庁(厚生労働大臣)の判断について、見解を述べる。

なお、総務省行政不服審査会の答申は、行政不服審査裁決・答申検索データベースで公開されており、誰でも見ることができる。

第1 事案の概要

本件は、審査請求人が、G労働基準監督署長(以下「本件労基署長」という。)に対し、死亡した審査請求人の親※1(以下「本件被災者」という。)の未支給の休業補償給付支給請求をしたところ、B労働局長(以下「処分庁」という。)が、平成22年4月12日付け基監発0412第1号厚生労働省労働基準局監督課長通達「業務上疾病にかかった労働者の離職時の標準報酬月額等が明らかである場合の平均賃金の算定について」(以下「0412第1号通達」という。)に従って、離職時の厚生年金保険の標準報酬月額である59万円を基礎として平均賃金を算定するのが適当であり、その算定方法により平均賃金の額を2万0,585円73銭と決定する処分(以下「本件決定処分」という。)をしたため、審査請求人がこれを不服として審査請求をした事案である。

※1 本件被災者は、昭和34年から平成10年までE社に勤務しており、昭和34年から昭和52年までの18年間で石綿に曝露していた。退職後の令和元年に石綿を原因とする疾病に罹患し、令和3年に死亡している。

審査請求人は、本件被災者の平均賃金は本件決定処分によって算出された金額よりも高額であり、離職時の健康保険の標準報酬月額を基礎として平均賃金を算定すべきであると主張し、審査請求の段階で、本件被災者の健康保険資格証明書を提出した。


第2 審査会の判断

1 結論

本件審査請求は棄却すべきであるとの諮問に係る審査庁の判断は、妥当とはいえない。

2 理由の概要

⑴ 厚生年金保険及び健康保険においては、標準報酬月額の等級区分及び最高等級の標準報酬月額が異なっているが、これは、厚生年金保険においては、保険料額の算定の基礎となる標準報酬月額が年金額にも反映される報酬比例制度を採用しているため、高所得であった者に対する年金額が余り高くならないようにするという過剰給付の防止の観点などから、健康保険と比較して、標準報酬月額の等級区分の範囲を狭くし、最高等級の標準報酬月額を低く設定しているからである(略)。

⑵ 一件記録によれば、処分庁が被災者の平均賃金を決定する処分(本件決定処分)をした当時は、被災者の離職時の厚生年金保険の標準報酬月額が59万円であったこと(中略)が判明していただけであるが、本件審査請求においては、審査請求人が提出した資料(健康保険資格証明書)により、被災者の離職時の健康保険の標準報酬月額が98万円であったことが判明している(略)。そして、(中略)被災者の離職時の支払賃金額に近似しているのは、厚生年金保険の標準報酬月額ではなく、健康保険の標準報酬月額であることが明らかである。

したがって、本件においては、健康保険の標準報酬月額を用いて被災者の平均賃金を算定すべきであるから、厚生年金保険の標準報酬月額を用いて被災者の平均賃金を算定した本件決定処分は、取消しを免れない。


第3 平均賃金が紛争化する背景と行政による対策

1 背景

労働者が業務災害に遭うと、当該被災労働者は、休業補償給付などの保険給付を受けることができる(労災保険法12条の8第1項、同法7条1項1号)。本件で問題となっている休業補償給付は、「労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができないために賃金を受けない」場合に支給されるもので(労災保険法14条1項)、実際に支給される金額は、平均賃金を基礎に計算される(労災保険法14条1項、同法8条1項、労働基準法12条)。

業務災害の典型的な事例として、工場で勤務していた労働者が、機械の操作ミスによりけがをしたという事例が考えられる。この場合、勤務中の負傷であるから、平均賃金の算定は、負傷時以前の3か月間の賃金総額から割り出されることになり(労働基準法12条1項)、平均賃金や、これを基に計算された休業補償給付の支給金額に異議が出ることはほぼない。

これに対して、石綿(アスベスト)による疾病は、曝露から長い期間を経て発症に至るという特徴を持つことから、発症時には当時勤務していた会社に賃金の記録がなかったり、会社が倒産していたりすることが多い。そうすると、証拠が散逸していることが多く、離職時の平均賃金がいくらであったのかを調査するにしても、調査手段が限られる。

このような事情から、石綿による疾病に関する労災は、業務災害かどうかだけではなく、平均賃金(保険給付金額)がいくらかという点も紛争の種になりやすい。

2 対策

厚生労働省は、平均賃金の算定が困難な場合に備えて、各種通達等を用意している(労働基準法12条8項、昭和24年労働省告示第5号「労働基準法第12条第1項乃至第6項の規定によつて算定し得ない場合の平均賃金」の2条)。各種通達等は、書籍や厚生労働省ウェブサイトで公表されている。

本件は、①発症時には離職している場合であって(昭和50年9月23日付け基発第556号労働省労働基準局長通達「業務上疾病にかかった労働者に係る平均賃金の算定について」)、②離職時以前3か月の賃金は不明であるが(昭和51年2月14日付け基発第193号労働省労働基準局長通達「業務上疾病にかかった労働者の離職時の賃金額が不明な場合の平均賃金の算定について」)、③厚生年金保険の標準報酬月額(0412第1号通達)及び健康の標準報酬月額が判明している事案である。

なお、下記第4による改正前の0412第1号通達には、「記1」として「申請者が、賃金額を証明する資料として、任意に、厚生年金保険等の被保険者記録照会回答票又はねんきん定期便を提出しており、当該資料から、労働者が業務上疾病の発生のおそれのある作業に従事した最後の事業場を離職した日(賃金の締切日がある場合は直前の賃金締切日をいう。)以前3か月(中略)の標準報酬月額が明らかである場合は、当該標準報酬月額を基礎として、平均賃金を算定して差し支えないこと。」と定められていた。

第4 厚生労働省によるその後の対応

上記第2の答申を受けて、厚生労働省は平均賃金決定に関する通達及び通知を改正し、同省ウェブサイトで公開している。

1 0412第1号通達

(1)令和5年12月22日付基監発1222第1号厚生労働省労働基準局監督課長通知「「業務上疾病にかかった労働者の離職時の標準報酬月額等が明らかである場合の平均賃金の算定について」の一部改正について」

(2)平成22年4月12日付け基監発0412第1号厚生労働省労働基準局監督課長通達「業務上疾病にかかった労働者の離職時の標準報酬月額等が明らかである場合の平均賃金の算定について」【改正後の0412第1号通達】

2 令和5年12月22日付け基監発1222第2号厚生労働省労働基準局監督課長通知「「平均賃金の算定に係る労働者の賃金額の十分な調査の実施について」の一部改正について」

~後半【その②】に続く~

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