『とある戦士の苦悩』 読切

 俺の名はヘシオール=ボギット。
 成り行きで勇者パーティの戦士をやらせてもらっている。
 全戦士の中でも中の中……ごめん、中の下程度の力しかない俺が、なぜ魔王を倒しに行くという大義を掲げた勇者パーティにいるのか?
 
 ……話は半年ほど前に遡る。

 その日ギルドに顔を出すと、俺達が住む世界とは別の世界から特別なスキルを持つ勇者が召喚されたから、魔王倒すためのパーティメンバーを募集しているという紙が、クエストボードと呼ばれるボードに、普段なら依頼書・討伐リストの紙が所狭しと貼っているのを押しのけるようにデカデカと貼られていた。応募者数が多ければ募集というよりも選抜試験になるが、上手くいって勇者パーティになれれば戦士としては名誉なことだ。更に遠い昔、魔王を倒した勇者パーティのように魔王を倒せれば名が残り、その後何不自由ない生活が約束される。勇者パーティに入れなかったとしても、選抜試験でいいところまでいけば、優秀な戦士として名を売ることが出来る。

 俺はその選抜試験を受けることにした。
 そしてそれが間違いの始まりだった。

***

 「君しかいない!」

 体力試験を受けて参加者は試験結果の上位10人に絞られ、ギリギリ10位(9位とは大差、11位とは僅差)だった俺が、次は実技試験ということで勇者と連携できるかを見定めるためか、危険区域の洞窟に勇者と潜る時に勇者言われた言葉だ。

 「え?」

 色々な意味で意味が分からなかった。
 俺はただ、これから危険区域の洞窟に潜るのに勇者の装備は、ひのきの棒に布の服だったから。

 「……そんな装備で大丈夫か?」

 と聞いてみたら、勇者は笑って

 「大丈夫だ、問題ない」

 ーーと答えた、瞬間である。
 先ほどまで悪く言えば木の棒、良く言ってもひのきの棒だったモノは、眩い光を放ち、伝説の勇者が使っていたと聞いたことがある光の剣、エクスカリバーに変化した。更に勇者が身に着けていた良く言っても悪く言っても布の服も眩い光を放ち、それも御伽噺程度に聞いていた伝説の鎧、イージスに変化した。

 「ーーこれが、僕の力」

 そして勇者は恍惚とした表情をしてからの「君しかいない!」発言である、もうわけがわからないよ。

 「ちょっと待ってください」

 そう俺は言うが勇者は待ったなしという感じだ。

 「君の名前は?」

 「……ヘシオール=ボギットと言います」

 「君ぃしかぁ!いないぃぃぃ!」

 だからなんでだよ。

***

 「僕の持ってるスキルの名はフラグブレイカーというんだ」

 勇者の高揚した気持ちが少し落ち着いてから、宿屋での話である。

 「はあ」

 選抜試験を勝ち抜くというより、途中から引っこ抜かれたような俺は、まだ気持ちが上の空というか、イマイチ頭に内容が入ってこないが勇者は説明を続ける。

 「とりあえず、一緒にこの宿屋の一階の広間に行こう、ボギット」

 「……はい」

 そして宿屋の2階の部屋から、1階の広間へ行くと宿屋の主人をはじめ、他の冒険者も複数名、勇者へのアピールか、それとも勇者の顔だけでも拝みにきたのかワラワラといた。ところがその人達に対して勇者は。

 「こんな殺人鬼がいるかもしれないところにいられるか!僕は自分の部屋に帰らせてもらう!」

 と、いきなり怒鳴るように叫んだ。

 「「勇者様!?」」

 俺も含めて困惑する人々、そして勇者は困惑する人々の中に俺を入れてはくれず、俺の手を引っ張って二階の自室に戻った。
 怖くなった俺は勇者が手を放してから、勇者の部屋を出ようとしたが、扉のノブに手を伸ばした瞬間、手が弾かれた。

 「え?」

 急に息苦しくなったような、強力な結界に閉じ込められたような閉塞感。
 嫌な予感がして俺は腰に差していた剣でドアを叩き斬ろうとするも、その剣すらも簡単に弾かれた。

 「ーーこれが僕の力だよ、ボギット」

 恐怖でしかなかった。
 勇者のスキルも勇者もただただ怖かった。

 ……俺達の世界にはないが、勇者のいた世界には「フラグ」というものがあるらしい。ようするになんらかの前触れという意味で使われるらしいが、ようは勇者のスキル、フラグブレイカーは良くも悪くもそれを破壊するらしい。

 宿屋で一晩勇者の部屋から出られないのが確定した俺は、勇者の説明をただただ聞くしかなかった。頭がおかしくなりそうだった。

 勇者パーティから抜けたい、マジで。

***

 今振り返ってみると勇者パーティから抜けることが出来たのは、北に住む魔物を討伐しに行った時に、雪山で遭難したのが最初で最後のチャンスだったのかもしれない。

 「もう疲れたよボギット、なんだかとっても眠いんだ……」

 極寒の環境下で勇者は低体温症になり、どんどん体温が下がり顔は青ざめ、寝たら凍死するというのがわかる時だった。なぜ俺はあの時……

 「寝るな!寝たら死ぬぞ!」

 と言ってしまったのだろうか。
 俺がそう言った瞬間、勇者の口角がつり上がっていたような気がしたが気のせいだろうか、結果としてそれが勇者のいうフラグだったらしい、それがきっかけでフラグブレイカーが発動し、勇者は全回復してしまった。
 そしてその出来事から「やっぱりボギットだね!」と更に信頼されてしまった、というよりも更に依存されてしまった気がする。

 またある時は恋愛相談をされたりもした。

 「僕は女性と恋愛関係に発展しないんだ……」

 悲しそうに言う勇者。

 「そうなのか?」

 勇者ともなれば、引く手数多で歴史上の勇者も一緒に冒険した女性や、国の王女と結婚していて、ハーレムを作ることも簡単だろうといった感じだが違うのだろうか。

 「簡単に言うと僕のスキルはハーレム展開や、パーティメンバーの女性や王女と恋愛関係になることをフラグと判断し、それを破壊する」

 「えええ」

 流石にそれは可哀そうだと思った。

 「だからね……ボギット、わかるだろ?」

 さりげなく俺の手に手を重ね、頬を染め、上目遣いで俺を見てくる勇者。
 
 「……わ・わかりません」

 思わず敬語になる、冷汗が止まらない、怖い。

 「ボギットは僕のこと、どう思う?」

 どうもこうも勇者様ではないだろうか。

 ただ一つ言えることは、俺は戦士だが体力試験では10番目の成績だったというのもあり、普通に勇者の方が力が強い。

 だから勇者は嫌がる俺を無理矢理滅茶苦茶にすることができる。
 
 ーーそして一夜明け、新しい朝が来た頃には、新しい自分に目覚めていた。隣にはあられもない姿の勇者がいて、俺はポツリと呟いた。

 「……もう何も見たくねえ」
 
 ***

 「ヘシオール=ボギット!、勇者パーティ戦士の座を賭けて俺と勝負しろ!」

 そう怒鳴るような声で決闘を挑まれたことがある。
 相手は世界最強の戦士と名高い男、ハイリッヒ=フリューゲルだ。
 勇者パーティ選抜試験の体力試験でぶっちぎりの1位、戦士の中では憧れであり素手で竜を倒したという伝説を持つ男でもある。

(勝負なんてしなくていいから、交代してほしい)

 俺は正直そう言って代わって欲しかったが、俺が発言する前に勇者が割って入ってきた。

 「ようは選抜試験の結果に納得がいかないということだね?」

 「いかにも!」

 フリューゲルの言い分は最もだと思う。
 9位の人とは大差で11位の人とは僅差、ギリギリ試験で10位に滑り込んだ俺が、2次試験が始まって直ぐに合格、勇者パーティ入りしたら、一次試験はダントツの1位で、2次試験も受けずに不合格扱いにされてしまったフリューゲルの立場やプライドはどうなる?という話だ。

 「なるほどね、じゃあボギットの力をみせてあげよう、付いてきて」

 そう言って勇者はフリューゲルと修練場に向かった。
 俺も半ば無理矢理連れていかれた、この人っていつもそう。

***

 修練場には打ち込み用の太い丸太が突き刺さっていた、それを見ると勇者は自身が着ている伝説の鎧イージスを脱ぎ、その丸太に着せるとこう言った。

 「この鎧に傷をつけることが出来たら、勇者パーティに入っていいよ」

 「ほう?そんなことで良いのですか?」

 数多の竜を自慢の両手斧で叩き斬ってきたフリューゲル、鋼よりも硬い外皮に覆われているというダイヤモンドドラゴンですらその愛斧で両断し討伐したという実績がある男だ。

 「そんなことが出来るといいね」

 煽る勇者。

 「フッ」

 勇者の挑発を鼻で笑いながらもフリューゲルの愛斧を握る手に力が宿る。
 傷をつけるどころかその鎧、丸太ごと両断しても構わんのだろう?といった感じだ。フリューゲルの斧の銀色の刃が黄色から赤、更には白へと変色し、尋常ではない熱を帯びていく、そしてその熱は様子を見ている俺まで届いていた。

 (どんだけの熱量だよ)

 この世界に住む人族は火・水・風の3つの属性のどれか一つに適性がある。その3大属性といわれる属性の中で、フリューゲルは火属性の炎使いの頂点だった。

 「ぜあああああ!」

 フリューゲルが雄叫びを上げながら自慢の愛斧を振るう。
 自分の筋力も火力も十分に、存分に乗った一撃だった。

 バキャア!

 ‥‥しかしその数多の竜を葬ってきた自尊心も斧も、伝説の鎧イージスの圧倒的防御力の前にガラスのように砕け散る。

 「な、ば、バカな……」

 信じられない、そんな筈はない、という顔をするフリューゲル。

 「これがボギットの作った鎧の力、そしてこの神剣エクスカリバーもまたボギットがいなければ作れなかった」

 勇者はその結果に、うっとりするような顔をしながら剣を抜き、その刀身を見つめる。

 「で、でしたら武具はボギットに作らせ、私と勇者殿がその武具を用い、冒険すれば良いのでは!?」

 フリューゲルの言い分は最もだ、というかそうしてくれ、頼む勇者。

 「……フリューゲル、君はまだボギットを過小評価というか、下に見ているところがあるね」

 勇者は明らかにイライラしていた、こんなに機嫌が悪い勇者は見たことがない。

 「いいかいフリューゲル、正直言って君は斧を振ることしか出来ない戦士だ、それに対してボギットはヒーラーとしても優秀で、日々僕の心も体もケアしてくれる」

 やめてくれ、それは一方的にそっちがやりたい放題してるだけで、俺をケアしてくれる人がいない日々を、もうやめさせてくれ。

 「な・納得できるかぁあああああああ!」

 フリューゲルは壊れた斧を捨て、勇者に殴りかかろうとするも。

 「はぁ……」

 勇者はそれをひらりと躱し、渾身のボディブローをフリューゲルに叩き込んだ。

 「がっはぁ!」

 体を貫通するのではないかという鳩尾への痛烈な一撃。フリューゲルは倒れ、そしてまもなく動かなくなった。

 「……この程度で僕のボギットの代わりになれるとでも?」

 その時、勇者は恐ろしいほど冷たい目をしていた。

***

 勇者パーティを抜けたい。
 しかし抜けれる、勇者から逃げれるビジョンがまるで湧かない。

 この前、魔王直属の部下、四天王が全員襲ってきた時のことである。
 今の時代の魔王は惜しみなく勇者討伐に戦力を投入してきた。
 苦戦しつつも俺達は何とか四天王の内3人を倒し、残り一人は逃げる算段をしているところだった。

 「くっ!ここは引かせてもらう!」

 完全に逃げられるタイミングだった。最後の一人は飛行能力にワープ能力持ち、スピードも四天王の中で最速。しかしだ、しかしそれでも逃げられなかった。逃げようとする敵に対し、勇者が一言。

「逃がすか!」

 といった瞬間である。
 おそらく宿屋で勇者の部屋に貼られた結界と同様のものが逃げようとする最後の四天王を中心に箱のように展開した。そいつはおそらく箱の中で絶叫していた。物理でもその箱は破れず、ワープ能力を使うような素振りを見せていたが、おそらく使えなかったのだろう。上空にあった箱はゆっくりと地上にいる勇者のところに向かって降りてきた、そして勇者の目の前に降りたところでその箱は消え、それと同時に勇者の剣、エクスカリバーが箱の中身だった者を両断した。

 「これがッ!僕のッ!ちからぁ……」

 恍惚とした表情を浮かべる勇者。
 この人はホントに勇者なのだろうか、恐怖でしかないんだが。

 そして結論だが俺達は魔王を倒すことに成功した。
 だが魔王は死の間際、自分はたまたま地上世界に出てきた地下世界の魔物の一体に過ぎず、地下世界には自分よりも遥かに高みにいる全ての魔物の神、魔神がいると言っていた。

 俺の正直マジ無理勇者パーティ抜けたいと思う日々は、まだまだ続きそうだ。

 そしてそう思いながらも勇者に洗脳されてきているであろう俺は、勇者の言うとおりにこの言葉を言い、この物語を一旦締めたいと思う。


 「俺たちの!」
 「冒険は!」
 「これからだああああ!!」


<あおり文>
ご愛読ありがとうございました!
秋風赤空先生の次回作にご期待ください!







『フラグブレイカー発動 読切フラグを破壊します』




『とある戦士の苦悩』 あらすじ|秋風赤空(あきかぜしゃっくう)|note





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