デタラメで、メチャクチャで、ウツクシイ

 なんと驚くべきかな、この世界には不思議なことがたくさんある。この驚きをどんな言葉で表そうか。このデタラメで、メチャクチャで、ウツクシイ事実はなぜだかその事実を一眼見ただけでも元気が出てくるのである。

 今回はつい最近私が体験した不思議な話をしよう。と言っても、これはどこにでもあるような何の変哲もない話でもある。1週間以上前にヤリモクの女性とマッチングした。プロフィールには後ろ姿のみが写っており顔は分からない。体型もこれといった特徴はなく、特筆すべき部分があるとすれば茶髪でミディアムヘアであることくらいだ。誰であろうと卒業できるのであるならば、是非とも身体の方もマッチングさせていただきたいものだ(そしてその後に前回の女性とマッチングするのである)。

 ついにその日は来た、先週のリベンジマッチということで妙に意気込んでいた。今度こそ欲求が満たされるのだと思うとその度に下半身が疼く。少し早めに食事を済ませ、シャワーを浴び準備をした。前に省いたが私はSNSで出会った人間とリアルで会うときは最低限の金しか持たず、クレジットカードや保険証、ポイントカードまで全て家に置いていく。なぜなら自分がトイレに行っている隙などに財布や携帯を巻き上げられて逃げる可能性があるからだ。私はこの点において誰よりも臆病であり、絶対に人を信頼しなかった。というのも、金を巻き上げられても一方的にマッチを解除されれば泣き寝入りするしかないからである。クレジットカードを抜きさる時にやはり思ってしまう。あぁなんと悲しいかな、身体で繋がっているにも関わらずほんの一瞬でも心を許すことができないなんて。これなら電車やバスの隣の席で数分雑談した人間のほうがよっぽど心を許せる。いや、どこまでも近い距離にいてどこまで遠い距離にいるあなたを一瞬でも愛してしまったら、愛しいのに愛することのできないその切なさでこの身が張り裂けてしまうだろう。だとしたら何も考えずただ性器を繋げるしかないのである。そんな悲しさとワクワクを胸に電車へとかけていった。

 先に着いたので駅の西口で待つことにした。さて、どんな人間が来るのだろう。今回の女性はある程度魅力的だと良いな。だが、そんなことを考えていたら彼女が私に声をかけた。彼女は小柄でなんとも可憐な姿をしており、どこか高校の時の同級生に似ていた。そういやあの子って最初は自分のこと好きだったんだっけな。でもその後家庭科の授業でふざけまくってたら愛想つかされたんだっけ。懐かしい高校時代の思い出が蘇った。でも目の前の彼女は似ているだけであの子とは違う。それに目の前の彼女は大学生ということもあって、薄化粧ではあるもののけばけばしい格好をしている。幻に惑わされてはだめだ、彼女は今からただ性器を繋げるだけの人である。とにかく余計なことは考えないようにした。

 バイト帰りでご飯を食べていないとのことなので、ホテルに行く前にコンビニによることにした。パンを数分選んでいたがやっぱりご飯はいいとのことだ。腹が減っているなら食えば良かろう、女心はよく分からない。そしていま所持金があまりないみたいでお金を下ろしたいらしくATMを探した。お金がないのになぜご飯を買おうとしたのか、乙女の考えていることの難しさをさらに実感させられた。だがATMが見つからなかったのでコンビニで下ろすことにした。コンビニで下ろすだけなのにやけに時間がかかっている。人が並んでいるわけでもない。それとも人のカードを使っているのか? まてまて、彼女がビッチで人の財布を盗んだと決まったわけではないじゃないか。

 くだらないことを考えていたらようやく出てきた。歩いてホテルに向かった。「今日何をしていたの?」と聞かれたのでずっと卒論を書いていたと答えた。我ながらつまらない答えだとは思うものの、本当に卒論書く以外何もしてなかったのだから仕方がない。何研究しているのか聞かれても説明するのは難しいし、それ以上話が広がることはないのでやらかしてしまったとは思った(でも仕方ないじゃん! 本当に大変なんだから)。話を合わせてくれたのか、彼女も卒論で今忙しいと言ってくれた。何だか申し訳なくなってきた。適当に歩いているとホテルが近くなってきた。自分は経験人数が少ないことをいつカミングアウトしようか迷っていたら、彼女が親から電話がかかってきたから一旦電話に出ると言ってきた。彼女は電話に出るとそのまま私から遠ざかるように電話しながら歩いた。電話すると言ってもそんなに遠く離れなくてもいいんじゃないのか? というか、電話がかかってきたという割には着信音も鳴っていない。まぁこれは言葉の綾みたいなもので、親からもうすぐ電話がかかってくるくらいの意味なのだろう。そこを厳密に考えても仕方ない。彼女は等々曲がり角の近くまで行ってしまった。おいおい、そのまま角を曲がったらもう帰ってこないんじゃないのか? 様子があまりにおかしいので彼女の後を着いて行ってみた。今何をしているか連絡をとろうと思ってアプリを開いてみるとマッチが解除されていた。そう! 彼女は本当に帰ってこなかったのである!!!

 その瞬間、私は呆気に取られてしまった。お金を盗まれないように常に気をつけたし、遠目から私の姿を見てドタキャンする可能性も考えた。だが、会ったのに逃げられる可能性は考えていなかった!!! しかも数秒前にまさか起こるまいと思っていたことがその通りに現実に起こったのである。私の中では悔しさよりも驚きの情の方が優っていた。それは「なぜ逃げられたのか」というような原因に対する驚きではなく、「逃げられた」という事実が起きたことそのものに驚いているのである。そんなことが本当にあるのか、いや冷静に考えてみれば不思議な話ではない。なんとなく気が乗らなかったり、写真と顔が違ったりしたらうまいこと理由をつけて帰ることもあるだろう。ましてやお茶や飲みではなくセックスのことなら。マッチして実際に待ち合わせ場所に来たことから私は完全に油断していた。そしてそれも「まさか起こるまい」と思っていた事実が私に突きつけられたのである。大笑いにも似た驚きを胸に私は帰路についた。こんな事が起こるのか、こんな驚くべき事が起きるなら世界もまだまだ捨てたものではないとなぜだか元気付けられた気分でいた。特段何かを失った気がしなかったのはそれだけセックスが非現実であったからかもしれない。この出来事を神の啓示として受け取るのは野暮なことだろう。そんなことはわかっているものの、この出来事は私にとって意味不明な意味を帯びてしまっている。もし禁忌が許されるならこの出来事を物語として心に刻み込み、神への祈りを強めたことだろう。

 その事実が私に突きつけたのは驚きだけではない。情欲(及び恋愛)においては常に自然状態であるというなまの事実である。そこにはルールも法律も整備されていない。カッコいい(美しい)人や魅力的な人間に惹かれていくのであり、ポイント制にもなってなければ、好感度を高めれば誰でもセフレや恋人をGETできるのではない。魅力的でない人間はどんな約定を結ぼうともプイとそっぽを向かれてしまうのである。私はオスとして魅力がなかったのだろうか。話がつまらなかったのか、服がダサかったのか(ふと目を離した隙にパクられないようお気に入りの服は着て来なかった)、髪型が変だったのか。分からないが確かなことは一つ。お世辞にもセックスしたいとは思わなれかったのだろう。より強いオスがサバンナを支配するのと同じように、魅力的でないと一瞬でも思われた男は欲の蔓延る夜においては生きていけないのである。残された選択肢は二つ。ライオンのごとく強く魅力的で異性に一目置かれるか、ハイエナのごとくコソコソと誰かが既に食べたビッチを漁るか。ではハイエナが実は誰にも見向きされていなかったとしたら? そう思うとそこにネクロフィリアにも似た歪さと吐き気を私は感じてしまうのである。

 マッチングアプリは信用できない。いくら体を重ねても心は届かず、届くのはちんぽだけである。だから常に金を盗まれないか気を張ってなきゃいけないし、自分に被害が及ばぬよう自分のことは自分で守らなければいけないのである。それはまさに万人の万人に対する闘争であり、そこには一切の規則も協定もない。だがそれは人間社会のルールがないだけで自然界の掟は存在する。人はより魅力的な異性に惹かれるという決まりであり、生き残る事ができるのはわずかな魅力的な人間だけであるという自然法則である。これは決してマッチングアプリの中だけではない。どの場所においても自然は眠っているのであり、ライオンが入ってきてしまえばそこがビルの中だろうが学校の中だろうが自然になるのである。だから運命の赤い糸もアバンチュールもその可能性は常にあるのだ。私はヤリモクの女性なら都合さえつけばいつでも誰とでもヤレるだろうと思っていた、それは甘かった。この契約が効力を果たすのは人間社会の中においてルールが整備されている場合であって、本能の赴くままに荒れ狂う自然の前では掟の力などいとも簡単に吹き飛んでしまうのだ。そう、私は振られてしまったのだ! むき出しの自然において敗北したのだ! 私があの事実に驚いたのは単純に事実が存在することの不思議さに対してだけではなく、この猛き自然の雄大さをかすかに感じ取ったからである。

 悔しくないわけではないが、人間の本能が渦めき情欲がむきだしのサバンナの姿をひとめ見る事ができただけでも収穫である。この驚きをなんと言葉に称すればいいのか。勝手で乱暴で無道徳的にも近しい自然の無秩序性はどんな言葉でも切り取る事ができない。情欲と色恋がそのような本能に秘められた無秩序性を孕むというなら、理性も道理も置き去りにしてしまうほどただただ強く魅力的な男を目指して自分を磨き続けるのみである。(その世界でライオンとまではいかなくともそれなりの肉食獣でいたいならの話だが。)

 と言った矢先になんだが、しばらくは休止することにしよう。連載してすぐだが私の精神的な負担が日に日に大きくなっていっている。本能の呼び声に従って極楽の境地を目指したものの近づいては陽炎のごとく消えてゆき、その残像に恋のイデアを重ねてみては私を悩ませる。そうやって悩み事が一つ増える度に一つの子種が欲を増長させ、我を忘れて性欲の海へとに沈む。あてもない南の島を目指しては永遠に溺れ続け、息継ぎ代わりの快楽も泡沫のごとく消えゆく。深海の奥底でふと我に帰った時にはどれほどの時間が経っているのだろうか。時が過ぎ去っていくのを嘆く度に私の精神は摩耗されていく。「今お前が本当にやるべきことはなんだ?」

 だがどれほど狂い続けても真正の狂人にはなれはしない。どれだけ逃げ続け、気を紛らわせ、見ないようにしても自分が本当にやるべき事をこの両の目が見逃さない。この幾分かの理性によって精神が永遠に傷つけられたとしても永遠に耐え続けることができてしまうのだ。理性がこの永久機関を完成させていたとしても、その理性だけは失いたくない。私が本当は何をしたくて、本当はどうしたいかまで忘れてしまうと深く絶望してしまうからだ。何が君の幸せ? 何をして喜ぶ? この問いに対する答えを完全に本能に預けるわけにはいかないのである(そーんなのーはいーーやだっ!!)

 この迷妄の世界において信じられるものは何か、やはり永遠に削りとられたとしても削られることのない確かなものだろう。それさえ見失わないならきっと私は進んでいけると信じている。いや進んでいけなくても進んでいかなければならない。その先が桃源郷でも、約束の地でもなかったとしても私はこの目で見届けなければならない。最果ての地に眠る宝箱の中には何が入っている? なんともいじらしい恋のイデアなのか、荒れ狂う情欲の化身なのか、もう二度と叶わぬ青春の日の祈りなのか。そこから目を背けてはあのメビウスの輪の上で永遠にさまよい続けることになるだろう———存在するはずのないオアシスを求めては、ないはずだが存在する流砂の中で永遠にもがき続けるあの迷宮に!———。この旅路には始まりも終わりもなく、目的も法則性もない。もし楽園があるとすれば、それは進んだ先ではなく迷いの中にこそ存在するだろう。何の悔いも残さずこのむせかえるようなサバンナに迷い暴れることを誓った。

 もう一人のアポもいつ取れるか分からないし一旦割り切ってしまうのもありだろう。いつの日にかまた必ず再開する。もっとも理性とは無関係に本能は疼くのであり、そんな私を今日も欲の悪魔が嘲け笑っているのだが……

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