![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/103408073/rectangle_large_type_2_8dceb3ed6ffef437a82771ad062a58d9.png?width=1200)
短編小説 『幻の痩せ薬』
地方都市の、とある医科大。
地元の小規模な製薬会社と共同開発で、ある効果を持つ薬を研究していた。
研究開始から数年、地元の特産品の野菜に含まれる成分を加工する事で、膝、腰などの軟骨を形成する成分を非常に効率よく補給、強化できる経口薬の開発に進展があり、研究チームは盛り上がっていた。
「Aくん、開発は順調に進んでいるようだね」
大学教授は嬉しそうに准教授のA氏に言った。
「おかげさまで、かなり進展しております」
A氏の返事に教授は満足気な表情を浮かべて、サスペンダーをパチパチ鳴らしながら研究室を後にした。
教授と入れ替わりに製薬会社の研究員が入ってきた。
「B! ちょうど良かった。話があるんだ」
「なんですか? 先輩」
AとBは同じ大学、同じサークルの先輩と後輩だった。
「研究の途中段階で気になるデータがあって、ちょっとマウスを使って実験してみたんだ」
Aは小声でBに言った。
「もしかして……」
「もちろん教授には内緒さ」
「ダメじゃないですか!研究費を勝手に使っちゃぁ!」
「まぁまぁ、固いこと言うなって」
Aに注意したBだったが、正直どんな内容か気になっていた。
「で、どんな実験をしたんですか?」
Aは少し焦らすようにノートパソコンを開くと、そこには軟骨研究の有効成分の構造式がずらりと並んでいた。
Aがキーボードを少し叩くと、整理された式やグラフがディスプレイに現れた。
「今回の軟骨の研究では、まずZという薬を飲んで軟骨の状態を変化させて、Yという薬を飲めば、軟骨に非常に効率よく有効成分が吸収されるって結果が出てるよな?」
「そうですね」
Bは真剣な表情で頷いた。
「それでだな……この成分を少し増やしてYという薬ではなく、Tという薬を投薬した結果が、これだ」
Aはディスプレイを指差した。
「これは……痩せてますね」
「そう、一回の投薬でマウスの体重が体脂肪の1パーセント、十日間減り続けた」
「という事は」
Bが計算を始めた。
「体重百キロ、体脂肪率三十パーセントの人だと、一日、三百グラム。十日間だと三キログラム!」
「そう、月に三回の投薬だけで、九キロ痩せるんだよ。厳密には毎日減っていくから割合は減少するが、それでも確実に痩せることに変わりはない!」
二人は頷き合いながら、握手を交わした。
「でもねぇ……」
Bが残念そうにAを見る。
「そうなんだよ……」
Aも残念そうな表情をした。
「需要がねぇ……」
二人同時に言葉がこぼれた。
西暦2040年、医学の進歩により、肥満が起因の生活習慣病などは皆無となった。
また、裕福さと寛容さの象徴として、『太った方がいい』『太った人がカッコイイ』と、世界的に流行し定着した。
唯一の困り事としては、足腰に負担が掛かるという事ぐらいであった。
「二十年前なら、大喜びなんだけどなぁ……」
二人はサスペンダーをパチパチ鳴らしながら悔しがった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?