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論文の大原則:逆波紋(G2S)と波紋(S2G)

僕だって、僕だけじゃなくて、
すべての芸人には自分の面白いと思うことがあるんですよ
でも、それを伝えなあかんから!
そこの努力を怠ったら、自分の面白いと思ったことが、なかったことにされるから!
【又吉直樹】火花、より

論文執筆においても、伝える努力があります。今回は、自分がとても意義がある・面白いと思って作り上げた「あなたの研究」を、最良の形で読者に伝えるための論文の大原則について考えていきます。
このnoteの大黒柱とさせていただいていたのは、以下の論文に記載されている『追い込み漁の原則』です。
ほぼ、この原則の紹介に尽きています。こちらも参照ください。

松原茂樹. "論文作成 ABC: うまいケースレポート作成のコツ (第 5 回) ケースレポートの structure." 周産期医学 43.4 (2013): 535-545.

▶︎イントロダクションの原則:逆波紋(G2S)

お腹が空いているとします。
『南米の超奥地にしかいないエスカルゴ専門店』という看板のお店があった。
あなたが、このお店に入店する可能性は非常に低いでしょう。

かたや、『まごころ込めたおいしい洋食店』という看板のお店がありました。
先ほどのお店より、あなたが入店する可能性は高いでしょう。
そして、店の中のメニューの中に、『南米の超奥地にしかいないエスカルゴ料理、はじめました!!』というものを見ました。
もしかしたら、「面白そうだからサイドメニューで頼んでみよう」となるかもしれない、少なくともメニューは読むと思います。

この前者のようなことをしてはいけない、後者のようなことをした方がいいのが、イントロダクションです。
序論の役割について、木下は以下のように述べています。

序論の使命は読者を本論にさそいこむ,読者が抵抗なく本論にはいっていけるように準備をととのえることにある.読者の側にその文章を読もうとする強い動機がない場合には,導入部のでき次第で読者が読んでくれたり,くれなかったりする. だから,随筆の筆者は書出しに格別に気をくばる
(a) 読者が本論を読むべきか否かを敏速・的確に判断するための材料を示し,
(b) また本論にかかる前に必要な予備知識を読者に提供すること
【木下是雄】理科系の作文技術、より引用

いきなり狭いところから入ると、面白かったとしても、読者は読みません。
今回は、誰でも読めるfree journalの中から、参考となる文献を1つ選び、例題としてみます。

論文題目:機能的転帰に悪影響を及ぼすことなく、入院患者の脳卒中リハビリテーションの在院期間をベンチマーク化する
Durand, Anne, et al. "Benchmarking length of stay for inpatient stroke rehabilitation without adversely affecting functional outcomes." Journal of Rehabilitation Medicine 52.10 (2020): jrm00113-jrm00113.

この論文のイントロダクションの要点を並べてみます。

1. 脳卒中は世界の死因の第2位であり、罹患者数は非常に多い
2. カナダにおいては、脳卒中後の入院リハ中の在院日数(LOS)が1日短縮すると年間200万ドル節約できる
3. LOS短縮のための戦略として、退院時期目標を事前に決め、それについての説明責任を負わせるベンチマーキング戦略の有効性が報告されている
4. 【Knowledge Gap】これまでのベンチマーキング戦略ではベンチマークの促進要因や阻害要因が明らかではなく、どのようにベンチマークされた目標日の情報を利用するかが不明だった。

これを読んでいる読者の心理描写(勝手に想像)

[1] 脳卒中には、興味がありますね → 読み進めましょう
[2] 脳卒中リハにおいて、LOSはコスト面で大事なんですね → 面白い、読み進めましょう
[3] LOSを短縮する方法として、ベンチマーキング戦略というものがあるのですね → 面白そうですね、読み進めましょう
[4] ベンチマーキング戦略において、具体的な実践方法がまだ不明だったんですね → じゃあ、どうやるのですか?方法を読んでみたくなりました

このように、方法や結果まで読者を引っ張ってくる、方法・結果を理解するために必要な前提知識や背景について理解してもらうのが、イントロダクションの役割です。
そして、ウルトラ大事なことが、『順番』、です!!

例文の [4]が、一番はじめにあったら、どうでしょうか。

【Knowledge Gap】これまでのベンチマーキング戦略ではベンチマークの促進要因や阻害要因が明らかではなく、どのようにベンチマークされた目標日の情報を利用するかが不明だった。

これを読んでいる読者の心理描写

ベンチマーキング戦略とはなんですか?、誰の何に役立つのですか?、ぼくは何のためにこの論文を読む必要があるのですか? → 興味ありませんね、読みません。

1個の研究で扱っていることは、実はかなり範囲の狭いマニアックな世界で、その1点につながる背景が、読者をその世界に誘ってくれるのです。
広い一般的な事項(General)から、狭い特異的な事項(Specific)に進むから、読者はついてきてくれるわけです。

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▶︎ディスカッションの原則:波紋(S2G)

坂本竜馬:「人に時計をくれてやっても、その使い方を教えてやらねば何もならぬ」
後藤象二郎:「もっともな事だ」
坂本竜馬:「八策ある」「言うぜ」

【司馬遼太郎】竜馬がゆくより

多くの幕末の志士は、幕府を破壊することに終始しており、幕府が破壊されたあとの政権をどうやって運営することが望ましいのか、国づくりのコンセプトは不明でした。
坂本竜馬が偉いのは、その部分をしっかり考え続けてきたことだと思っています。

「なんの話やねん!?」と思われたことでしょう。
だが、これこそが、ディスカッションにおいて重要な側面なのです。
イントロダクションでも述べたように、1個の研究において扱える部分は針の先ほどに、狭く鋭い。
その針の先ほどの結果だけでは、「そこから何がいえるのか?」、「学術体系の文脈においてどういう位置付けになるのか?」「この研究を実際の臨床にどのように役立てることができるのか?」といったことが不明です。

その結果何が起こるか?

「客観的な結果から何がいえるのか誰も理解できない」
「学術体系の1滴として組み込まれない」
「臨床に応用されず現実を変えない」

ことごとく、臨床研究が目的とすることが、達成されないのです。
ディスカッションの役割を思い切っていえば、マニアックな当該研究の結果と学術体系・現実の臨床との橋渡しをすることです。
そのためには、以上のようなステップを踏み、マニアックなところから、一般的に用いられる事項まで拡大していくことが必要です。

①当該の研究結果にしっかりもとづいて「何がいえるか?」を明らかにする
②類似の先行研究の結果と比較して学術体系内の位置付けを確立する
③当該研究から浮き彫りとなった「何がいえるか?」が、どのように臨床を変えるのか、どう使っていけるのかという『臨床意義』を考察する
④Limitationで、当該研究における課題 ≒ つぎの研究の種となる課題を提示する

例文を見てみます。

1. 促進要因と阻害要因リストを用いてベンチマークされた目標日についてチームミーティングで話し合う戦略は、LOSを平均21日短縮したこの→戦略をとることで、脳卒中者のLOS短縮を促進する
2. この研究の平均LOSは37日であり、先行報告値よりも短く、(ベンチマーキング戦略をとった)Meyerらが達成した平均35.3日(中央値30日)に近い値である。
3. この戦略をとることで、脳卒中者のLOS短縮を促進し、コストを削減することに役立つ。
4. 【Limitation】①サンプルサイズが小さい、②スタッフの入れ替わりによる患者の評価や治療に変化があった可能性、③コストや促進要因、障害についての詳細な分析は行われていない、etc…

この部分の努力が、当該研究の学術体系の中での位置付けを規定し、現実をどのように変えていくのかを提案することになるのです。
狭い特異的な事項(Specific)を広い一般的な事項(General)にどうつながるのか・どうつなげるかを明らかにするから、読者が世界を変える一員となれます。

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▶︎「ラミのトポス」:波紋を狭めたり広めたりする自己質問ツール

フランスの数学者ベルナール・ラミによる「ラミのトポス」という自己問答のための質問セットがあります。
これが、論文執筆におけるイントロとディスカッションにとても役立つツールなのです。
以下が、質問のセットです。

類:〇〇は何の一種か?
差:〇〇は同じグループの中で他とどこが違うのか?
部分:〇〇を構成する部分を列挙すると?
定義:〇〇とは何か?
語源:〇〇の語源は?
相反:〇〇の反対は?
原因・由来:〇〇を生じさせる(た)ものは?
結果・派生:〇〇から生じる(た)ものは?

『独学大全』より引用

例えば、「類」の質問を自分に向けてみます。
「失語症は何の一種か?」→「高次脳機能障害の一種である」
じゃ、高次脳機能障害の中の失語症は・・・、と考えることは波紋を広げることです。

また、「部分」の質問を自分に向けてみます。
「失語症を構成する部分を列挙すると?」→「感覚性失語、運動性失語などである」
じゃ、失語の中でも感覚性・運動性にフォーカスして考えみると・・・、は波紋を狭めることです。

このように、ラミのトポスを用いていろんな自己質問をして先行文献レビューや考察を進めてみると、非常に効率的・効果的に作業が進むと思われます。

▶︎ まとめ:全体イメージ図

臨床研究とは、逆波紋に位置を決めて(introduction)、潜って泳ぎきって(methods, results)、水面から勢いよく波紋を広げて現実世界に飛び出す(discussion)もの、です。

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