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フランス、ボルドー、シャトー・ブラネール‐デクリュ、ル オーメドック ド ブラネール‐デクリュ、2011
ストーリーなんかどうでもいいや、とセラーの奥にあったシャトー・ブラネール‐デクリュのサードであるル オーメドック ド ブラネール‐デクリュ2011を開栓。まだ、こんな年のがあったんだ、と思いつつ、買った状況を思い出せない。エノテカさんのセット販売で残ったやつなのかなあ。
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ボルドーは、あまり飲んだことがなく、どちらかというと右岸のお値打ちばかり飲んだことしかなく、左岸のものは本当に経験がない。ただ、このル オーメドックは、メルロ比率が高い。
ただ、2011。今年は2022年である。11年寝かすほどのものでもなく、果たしてどうなっているのかと恐る恐るあけて見ると、香りはとてもよい。
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ダークチェリー、タバコ、プルーン、スミレ、アーモンドのようなナッツを感じる。開栓直後は、バランスを欠き、酸味が強く、果実味がイマイチという雰囲気だったが、30分経つと、穏やかなタンニンの中にプルーン、いちじく、ブルーベリー、クランベリーの味わいが。
サードワインとして恐るべしだなあ、と思いました。
私のオーメドック体験は、その当時住んでいた麻布十番にニッシンという外国人向けのスーパーがあって、そこで勧められたシャトー・カントメルル2005、2006、2009と飲んできたことくらいしかない。全然わからなかったので、勧められて美味しいと思ったので、飲んで来た。2010年以降は、子どもも生まれたこともあって、控えた。バセドー病を発症したというのも大きいか。
子どもが生まれた年は2011。震災のあった年だ。あのとき、新宿のビルの20階にいた。ブンブン振り回され、生きた心地がしなかった。すぐに、ネットでホテル予約し、夜は快適に過ごせたが、翌日諏訪に帰ろうとしても、電車がなかった。
新宿から高尾まで震災翌日4時間もかかった。高尾で電車が出ないので、しばらく待機し、そして甲府まで鈍行。途中、四方津で止まったり。結局、小淵沢まで着いたときには午後4時過ぎで、車で迎えに来てもらった。そのとき、おなかに子どもがいたのだ。
2011年のヴィンテージを飲むと、そのことをいつも思い出す。翌日、仕事を休んで、ガソリンを入れに行ったり、食料品を買い込んだり。東北や関東に比べ、そこまで緊迫感はなかったが、スーパーから商品が消えたのは確かだ。原発が爆発したら、おなかの子どもと一緒に死んじゃうかもなあ、と小さな頃に見た「核の冬」の映像があたまをよぎった。
結局、1999年も生き延び、2011年も生き延び、2022年になってしまった。次は60歳なのかな、節目は。そのときまでワインを楽しめるように、健康でいたいものだ。
部屋が少し片付いた。嬉しい。納戸だが、書斎である。
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