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書評「考えるよろこび」(講談社文芸文庫)江藤淳/再々に渡る繰り返し読みに応え得る講演録、近代の個の確立とは個を超える公の価値にコミットすること

「考えるよろこび」江藤淳の60年代の講演録を文庫化したもの

講談社文芸文庫「考えるよろこび」には江藤淳の60年代の六つの講演が収録されています。
いずれも非常に興味深く、講演そのままの口調で江藤淳の声が聞こえてくるような気がする優れた読み物になっています。

主題は近代

主題は、近代というもの、近代そのものと言って良いと思います。
近代が日本人に強烈に求めるのは、文字通り「個の確立」であります。自由と独立とに不可分なものは「個の確立」に違いありません。

1)考えるよろこび
2)転換期の指導者像ー勝海舟について
3)二つのナショナリズムー国家理性と民族感情
4)女と文章
5)英語と私
6)大学と近代ー慶應義塾塾生のために

上記六つの講演が掲載されています。

最初の1)考えるよろこび から、いきなりの主題の結論を提示しています。
近代における個は、深く自分自身を知る、このことでしか個の確立は成立しない、そのことをギリシャ悲劇オイディプス王を引用して明確にします。
そして近代の祖型というものが、同じくギリシャにあり、一つは深い思惟を繰り返した哲学者であり「悪法も法なり」として祖国アテネに殉じたソクラテスを紹介しています。そして米国に殉じたエドマンド・ロス上院議員で締めくくっています。ソクラテスもエドマンド・ロスも個を超える価値にコミットする人生というものを考えさせる人物として引いているのがわかります。


2)と3)は、日本の近代の幕開けに、英知に満ちた形でその「個」を表現した勝海舟。
そういう意味で、勝海舟の、江戸無血開城後の人生を述べています。
これは、別の著作「海舟余波ー―わが読史余滴」(文春文庫)に結びついおていきます。


4)、5)は、文人としての言語と文章についての深い考察の中に、これも「個」と不可分の創造性に関して述べたものです。
5)には、かなり激しい江藤淳の個性が現れてきていて、6)の「大学と近代ー慶應義塾塾生のために」ではさらに激しい気性が横溢する講演になっています。

この激しさというのが、ファンが江藤淳に惹き付けられる非常に重要なファクターだと言えます。
その激しさについては、「一族再会」の中の、祖父の宮治民三郎のこと著わした部分に書かれてもいます。
私自身は、江藤淳の中で「一族再会」のこの部分がもっとも好きで、私自身にも強烈に存在する激しさを再確認できる下りとなっています。
ある種、「個の確立」とは、気性の激しさと不可分のものなのかもしれません。


「考えるよろこび」は、

再々に渡る繰り返し読みに応え得る講演録であり、近代の個の確立とは個を超える公の価値にコミットすること、とのことを強烈に激しく感じさせてくれる秀逸な著作だと思います。


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