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「小説 雨と水玉(仮題)(63)」/美智子さんの近代 ”O その1”

(63)O その1

Oは啓一とは大学入学以来、同学部同学科でまた同じサークルで活動してきたこともあり、最も親しい友達だった。すでに入学以来十年経ったが、変わらぬ付き合いをしていた。
Oは昨年結婚したのだが、啓一は奥さんのえみ子とは婚約する前から紹介されてよく一緒に飲みに行ったりしていたのだった。
美智子にとっても、最初は啓一を単独で知ったというよりOと啓一というかなり上位学年の二人組ということで知ったというに近かった。

啓一と美智子が待ち合わせ場所で待っていると、六時ちょうどにO夫妻が現れた。
「よう、久しぶり。田中さんも久しぶりです。」
と快活にOが挨拶をした。啓一はこういうOの素直な明るさが会った時から好きで友人として付き合ってきたようなものだった。今日も気持ちの良い時間が始まった。
「よう、久しぶり。
えみ子さん、お久しぶりです。こちらが田中美智子さんです。」
「田中美智子です。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、わたしもよろしくお願いしますね」とえみ子が言った。

居酒屋に入り、ビールで乾杯をしてまず男二人が早速打ち解け始めた。
Oが、
「ところで今日は最初から本題に入ろうやないか。
二人はいつごろから俺の知らないところで付き合いはじめたんや?」
「別にお前にことわる必要はないけども、去年の秋からかな」
「お前に七月に会った時に、俺が田中さんのこと、勧めたやろそれとなく。
それでお前から声掛けたんか?」
「七月のことは覚えてるけど、それとちゃうねん。
十月にお前とこに泊めてもらったことあるやろ、阪大の学会出張の時。
あの時の朝な、偶然曽根の駅で二人で鉢合わせしたのがきっかけなんや」
「それは奇遇やな、それでその時に話が弾んでお前がアプローチしたわけやな。
そうなんやろ?ちょっと詳しく説明しろよ」
「根掘り葉掘り聞くなあ、そのときはあんまり話はせんかった」
「えっ、そしたらどうしてこうなったんや?」
えみ子が口を挟んで、
「なんや、面白い話なんちゃうの、そやろ?なあ、なあ詳しく話して聞かせてや、始めから。二人は五、六年前から知り合いやったんやろ、
いろいろあったんちゃうの?きっとあったはずや、さあ、早う聞かせて!」
啓一が、
「面白くはないけど、俺がアホやっただけなんや。
実は、ちょうど三年前の四月に一度だけ二人でデートしたことあるんやけど、俺がアホでド緊張してしまって、もうあかんと思い込んでそれっきりになってた」
美智子は啓一に目配せして「茶化すからね」という意味の合図をして、
「もうね、ほんまにひどいんですよ、Oさん、聞いてください。
わたしはデートに誘ってもらって嬉しかったんです。そやのに、いざその場では何にも言うてくれへんのですよ。それから後も全く無しのつぶてで、ずうっと二年半も放っておかれたんですよ。もうひどいでしょ」
「それは確かにひどいな」とOが言うと、えみ子が、
「えっ、ちょっと待って。それって初めてのデートでしょ、佐藤さんはその時はもうだいぶ前から好きだったいうことなん?」
「そう、ぼくは知り合った時、六年前くらいかな、そのときからいいなあと思ってた」
「六年、うわっ!すご!えっ、ちょっと待ってよ、そういう場合はそれは男でも緊張するわな、それはわかる。美智子さんの方もその時、OKやったんやろ、OKのサインとか出してなかったんちゃうの?それは出さなあかんよ、佐藤さんばっかり攻めてもそれは違うかもよ」
すると美智子が啓一に「言ってもいい?」と訊くと啓一が、
「もう何でも言うてください、俺がドアホでした」
「なんや、おもろなってきた」とOが言い、
美智子が、
「わたしね、そのときほんまにデートを誘ってくれて嬉しかったんで、新しい服を買ってね、白地に黒の水玉のワンピースを着て行ったんです。それってね、その前の年に二人でお話ししたことがあったんですけど、『雨に唄えば』っていう映画があるでしょ、啓一さんがそのときその『雨に唄えば』のことをね、もうそれはそれは熱心に話してくれたんです。
そやからそれは覚えてるはずやろから、『雨』を現わそうと思って水玉のワンピースを着て行ったんですよ。それやのに何にも言うてくれへんかったんです。
だから気付いたのに何も言わなかったのかもしへんと思って、わたしがっかりしてしまって」
Oが、
「それはあかんわ、佐藤お前。
でも、それは佐藤には難しいかもしれん、鈍感やから」
えみ子が、
「それは佐藤さんあかんわ、そやかてワンピースを着ていくっていうのは女の子にとっては特別なことよ、そもそも。それにちゃんと水玉で『雨』を現わしてんやろ、それはなんぼなんでもあかんわ、佐藤さん、気付かなかったん?水玉?」
「はい、気付きませんでした。」
「佐藤、これはお前が悪い!」
とOがダメを押した。
「ほんまにその通りです、面目ない」と啓一。
少し間をおいて、えみ子が、
「でもな、ちょっと待ってよ、そこまではわかったけど、この十月に偶然会った時も話はせず、で、どうしてこうなったん?佐藤さん、ずっと気付いてなかったん、水玉のこと?」
「全くこの十月まで気付いて無くて。
十月に曽根駅で会ってから、これもほんまに偶然なんだけど、阪大に行く途中の、あの阪大坂で水玉の服着た女子学生が二人で雨と水玉のことを話してたのを聞いてね、もうその時、ハッとしてびっくりして気付いたということなんですわ」
「それで?」
「うん、彼女に手紙を書いて、謝罪して、もう一度チャンスをくださいってね」
「それで田中さんは許してあげたっていうわけ?」
「はい、まあそうです。」
「は、は、は(笑)、
でも気付いた良かったなあ、佐藤」
「いや、ほんまに」
えみ子が、
「でも、そこで気が付くっていうことは、なにかあったんやろね。
佐藤さん、六年間も思ってたわけやろ、ちょっとどんくさいけど、純やないのほんまに」
Oが、
「寅さんやな」
美智子がすぐ
「ほんまに寅さんなんです。
でも、わたしが待ってたからいいようなもんの、本当にひどいでしょ」
えみ子がすかさず、
「美智子さん、待ってたんや」
啓一が
「本当にごめんなさい」
と言うとOが、
「ごちそうさまです。は、は、は(笑)」

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