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「家庭の運営という概念 その47」/母の介護 この週末はくたびれました。

前報で記しましたように、弟が出張で週末家を留守にするということで、福祉施設の方に朝と午後訪問していただいたものの、私自身も連日母を訪れました。

木曜日の祝日は既報しましたが、ベッドスペースの確保のための掃除と整理整頓、翌金曜日の夜は、トイレの確認と寝かしつけでした。


少し大変だったのは、土曜日

午前中、業者の人と時間を合わせてベッドのサイズと置く場所、向きを確認して、正式にベッド導入を決めました。
天気が比較的良かったので、近所のスーパーへ母を連れ出して昼ご飯と夕飯のための買い物をしました。
昼ご飯を一緒に食べて、総菜のビビンバとキムチに天ぷら、とチーズパンを二人で食べ、そのときは母もおいしい美味しいと言って食べてくれました。
また、ポカリスウェットを飲ませるとこれも喜んだので水分とミネラルの補給も上手く行ったなと思いました。

しかし、問題は夜でした。
一旦午後の二時ごろ、母の住まいを引き上げて自宅戻り買い物をし、夕飯を食べて、再度夜の9時ごろにトイレの確認と寝かしつけに来たのです。

買ったアルカリイオン水の500mlボトルを9本抱えて持ってきました。

重さを解除して、ふーっと言って、
ドアを開けてカーテンの向こうを見ると、何か支度をしている様子。
近づいてみると、「外に泊まるから連れて行ってくれ」とのこと。そして、「さっき、鍵を閉めてたはずだけど、近隣のあの人が入ってきて騒いだ」ということ。これはたびたびある幻聴、幻覚です。ただこうなるともう本人は怖くて、家にいるのが嫌で出ていこうとします。

1,2時間話をしていると、落ち着いてくることもあるので耐久勝負と気持ちを固めて持久戦に入りました。

しかし今度ばかりはなかなかああでもない、こうでもないと持っていくものを選別してバックに入れることを繰り返し繰り返しやるばかりで、決意を変えません。

9時に来ましたが11時を過ぎました。もうこれは帰れないな、と思ってタイミングを見て、「一晩中一緒にいるから、もう寝よう」と繰り返し繰り返し言いました。
そうしているうちにトイレに行ったり、いけなかったりして夜中の1時頃、ようやく寝そうな感じになりました。

小さな進展もあった

この間、いい進展だったのは、立てないでいるところを私の方も疲れたので無理に助けてやらずに少し厳しめに、自分でコタツを支えにして立てるか、何回か試したところ、立ち上がることができたことです。
これは大きな進展でした。

そして、しばらくはグダグダしてましたが、2時には寝ることができました。また、夜中トイレに一人で行く物音がしたのを見ていると、母はひとりで立って行っていました。それも2回も。

翌朝私は6時半に起きて、朝食を買いに行き、家に戻って食べました。
母は、疲れたのか、まだ寝ており、声掛けすると、8時に施設の人が起こしに来てくれるまで寝るということでした。
そして、立ち上がってトイレに行けた、と独り言を言ってました。機嫌は直ったようでした。
私は、あとは施設の人に起こすのは任せて、まともに寝てなく、歯磨きも風呂にも入ってなかったので帰宅しました。

翌日曜の夜は?

日曜は、朝帰宅してから、風呂に入り、しばらくして買い物に行き、妻と食事に出かけ夕方帰ってきました。

さあ、夜です。
夜のトイレ確認と寝かしつけは、ちょっと恐る恐る、結構緊張しました。また、土曜の夜のようであれば、また寝不足、翌月曜は会社を休むか、と覚悟しました。

夜8時過ぎに自宅を出て、母の住まいに恐る恐るついたのが8時半過ぎ。
鍵を開けてカーテンをめくると、、、、、
姿が見えません、あれ、どうした?
部屋に入っていくと、蒲団の中ですやすや、いてほっとしましたが、まだ安心できません。
「もう寝てるの?僕だよ、ゆっくり寝るんだよ」と声掛けすると、
「もう眠たいから寝てる、おやすみ、、、」とのこと、
「じゃあおやすみ、帰るからね」というと
「うん、おやすみ」

なんとか今晩は眠れるか、と思って、静かに母の住まいに鍵をして帰路につきました。

今後

もう少しこういう場合の作戦は考えないといけないなと思っています。今回、施設のショートステイが空いていなかったのでそこで止まってもらうわけにいかなかったのですが、今後は早めにわかればショートステイしてもらうようにしたいと思います。

また、もしかすると水分とアルカリイオンの補給は、立ち上がれることになったのに役だったかもしれないので、アルカリイオン水かポカリスウェットの類を飲ませることは気を付けてやっていこうと思いました。








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